ストライキ その2
スタジアム建設レースにより、現在は継承序列へ変動の起こっているルタカ王家であるが、レース開催前の序列は当然ながら生まれた順番に基づくものである。
これがつまり、何を意味するかといえば、ケンのような若年者と異なり、年長の王子王女には、元々の地位や職務が存在するということであった。
例えば、死んだリョーオーは財務省で官職を得ていたし、マサハは魔道省において学習基盤審議官を務めている。
そして、長兄ことミチカチは、ルタカ王国軍において大佐へ任じられているのだ。
当たり前だが、大佐という年齢に見合わない地位は、第一王子というミチカチの立場を考慮してのものである。
だが、実際のところ……ミチカチが振るえる権能や影響を及ぼせる人物は、佐官どころか、将官のそれすら上回るものであった。
これも、ごくごく自然なこと……。
第一王子であり、かつては最も玉座に近い男と目されていたのだから、軍内のあらゆる将校にとって、ミチカチはいずれ仕えることになる主君なのだ。
その主君となる未来、一時は危うくなったが……。
先日の王族会議により、再び序列一位の座に返り咲いたミチカチは今、多忙を極めていた。
スタジアム建設レースに力を入れているから……といえば、これは否である。
ミチカチが、今行っていること……。
それは三ヶ月後、正式な王位継承者になってから必要となる各所への根回しだ。
いくら王の権力が強かろうと、一人で何もかもを決めることなどできない。
各省庁に自分の手足となって動く者を起用することで、ようやく、意のままに国を動かすことが可能となるのであった。
今、ミチカチが精力的に行っているのは、その手足となる者の選抜である。
連日連夜、様々な階層の人間と面談し、交流を深めていく……。
その際、忘れないのが、将来その者が就くことになるポストの約束だ。
――近々、オレが正式な王位継承者となったら。
――そして、その後、新たな王となったなら。
――貴様には、存分にその力を発揮してもらおう。
おおよその人間というものは、自身の能力を発揮できる場所に加え、地位や金を望むものである。
ミチカチが約束するのは、その全てであり……。
この提案を受けて、否と固辞する者などいようはずもない。
既に、ミチカチは将来的な自身の組織を、ほぼほぼ構築するまでに至っていたのであった。
配下の者により報告がもたらされたのは、そのような日々を過ごしていた時のことである。
「……スタジアム建設で使ってやっている猫人共が、労働を拒否しているだと?」
そう言いながら、ミチカチが配下に向かって振り返った場所……。
そこは、ルタカの王宮内に存在する私室ではない。
王都でそれと知られた高級宿――その中でも、最も高級な一室であった。
鍛え抜かれたミチカチの体を包み込んでいるのは、いつもの野戦服ではなく、バスローブ一枚であり……。
ベッドには、一人の年若い美女が、半裸で横たわっている。
この女は、昨夜面会した男の娘だ。
彼女の父は、半ば差し出すような形で、自分の娘を紹介してきたのであった。
政治的な繋がりのみではなく、血縁的な繋がりすらも狙ってのことなのは明らかであったが、女好きに関しては父王の性質を色濃く受け継いでいるミチカチであり、これを悪く思うはずもない。
ゆえに、昨夜はこの宿へと娘を連れ込み、なかなかに刺激的な夜を過ごし……。
上機嫌で目覚めたところへこの報告なのだから、顔を歪めてしまったのも無理からぬことであろう。
「はっ……!
外構部に座り込み、待遇を改善せぬ限りは働かぬなどと申しています……!」
かわいそうなのは、そんなミチカチの怒気を向けられてしまった若き士官であった。
この男とて、それと見込んで自分の腹心に起用した者の一人である。
しかしながら、獅子そのものといってよい精悍さを誇るミチカチに睨まれては、鍛え抜かれた軍人といえど、縮こまるしかなく……。
「ミチカチ様……。
いかにして対処いたしましょうか……?」
ただ、声を絞り出すようにして、そう尋ねてきたのであった。
「ふむう……。
知っているとは思うが、オレは今、将来の基盤を盤石のものとするために動き回っており、スタジアム建設に関わっている時間などない。
貴様らの方で、対処することはできんのか?」
「それが……監督する王子を出さない限り、話を聞くことはないとの一点張りで……」
しどろもどろとなりながらも、若き士官が答える。
その様子を見ると、自分へ与えられた才量なりの仕事と対処をしたのは明らかであり……。
出来る限りのことをした部下に対し、叱責を重ねるほど無体なミチカチではなかった。
それでも、溜め息を一つ挟んでから口を開く。
「……いいだろう。
魔動車を出せ。
このオレ自らが、赴いてやろうではないか」
「――ははっ!」
気をつけしながら答えた士官であったが……。
すぐに、新たな情報を付け加えてくる。
「……それで、抗議をしている猫人共に関してなのですが」
「む? まだ何かあるのか?」
野戦服に着替えながら聞くと、仕官が答えた。
それは、ひどく意外な事実だったのである。
「実は、抗議しているのはミチカチ殿下が監督する工区の猫人共だけでなく……。
ケン王子以外の王子王女が監督する工区も、その全てで抗議活動が行われているようです」
「――なに!?」
これには、目を見開かざるを得なかった。
--
クレーン等の重機がいかんなく性能を発揮するため、建築現場の外構部というものは、分厚く巨大な鉄板が溶接され敷き詰められているものであり……。
この炎天下で、かような鉄板の上に座り込んでいるのだから、猫人という種族の根性……存外に侮れぬものであると分かる。
しかしながら、そのことへ感心していられる立場ではないミチカチであり……。
ズカズカと現場内を歩き、集団で座り込む猫人たちの先頭――頭目と思わしき者の正面で立ち止まったのであった。
「貴様らの要求通り、このミチカチ・ラッカ・ルタカ自らが来てやったぞ。
せいぜい、ありがたく思うのだな」
腕を組みながら見下ろしてやると、先頭の猫人がじろりと上目遣いに睨みつけてくる。
日々、与えてやっている労働により、その身は痩せ細っており……。
目玉焼きも焼けるだろう鉄板の上に座り込んだせいで、全身が汗だくとなっていた。
水気というものがあまりに薄いその姿は、もはや、労働者というよりは――ミイラ。
立ち上がることなく向けてくる視線にも、不死者のごとき怨念が宿っているのである。
「…………………………」
猫人は……いや、猫人たちは、自分に恨みがましい視線を向けたまま、何も言ってくることがない。
ミチカチほどの偉丈夫を前にしてそのような態度を取れるのは、なかなかの度胸であるといえた。
「どうした?
要求通りに来てやったのだ。忙しい中、わざわざな。
こちらが応じてやった以上、貴様らには答える義務があるだろうが? ええ?」
そんな猫人共に対し、あごでしゃくるようにして言葉をうながす。
すると、ようやく先頭の一人が口を開いたのである。
「おれたちは、労働環境の改善……そして、待遇の見直しを要求する!
具体的には、ケン王子が監督する工区と同等にしてもらいたい!」
「……ケン?
ケンだと……?」
第一王子の口が、ピクリと引きつった。
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