ストライキ その5

「ついにやったぞ!

 おれたちは、この国へ物申すことへ成功したんだ!」


 すでに日も落ちたスタジアム建設現場の外構部……。

 ろくな照明もない中で、作業台に昇った猫人の声が響いた。


 ――オウッ!


 その言葉に応えた猫人たちの数は――多い。

 それも、そのはずだろう……。

 割り当てられた工区の隔たりなく、この国でスタジアム建設に関わっている猫人のほぼ全てが、ここへ集結しているのだ。


 彼らの目は、いずれもが高揚感に支配されている。

 いや、これは……熱狂か。

 国を追われてからこれまで、猫人たちは受け入れ先であるルタカ王国の言うまま、唯々諾々いいだくだくと従ってきた。

 生粋のルタカ王国人と比べれば明らかに少ない給与も我慢し、非人道的といえる扱いのひどさに我慢し、それで仲間たちが次々と倒れ、帰らぬ者となっていったことへも口を閉ざしてきたのである。


 だが、今日……それは決壊した。

 集団での座り込みという抗議により、ついに、反抗せしめることへ成功したのだ。

 しかも、これはただ、反抗したわけではない……。


「すでに、一部の王族は全面的に要求を受け入れ、動くことを約束してくれた!

 また、資金不足によってそれができない王族は、限定的に受け入れるべく、交渉の姿勢を見せている!」


 ――オオッ!


 またも、猫人たちが歓声を上げる。

 故国を滅ぼされてから、ここまで……。

 帰るべき場所を失った自分たちは、どこか、どうしようもない無力感に苛まれてきた。

 自分たちには、なんの価値もない……。

 また、何をすることもできないと、そのような感情が脳胸中を支配していたのである。


 だが、それは間違いだった。

 自分たちが一致団結すれば、遠くて強大な存在に思えたルタカの王族たちにも、意を通すことができるのだ。


「問題は、こちらの要求を呑まなかった王族たちだが……」


 若く、情熱的な猫人の言葉に、敷鉄板の上へ座り込んだ猫人たちが固唾を呑む。


「こちらに関しては、継続して抗議活動を続け、圧力をかけ続けていくしかない!

 同時に、ケン王子の工区で働く人たちは、このまま順調に作業を続けてもらう!

 聞けば、王族たちのレースは、ただ継承順位を決めるだけではなく、その後にも強く影響するという……!

 なら、どんどんと自分の監督工区が取り残されていく状況には、焦りを覚えるはずだ!」


 ――オオッ!


 たった今、問題となった工区の猫人たちが、意気盛んに声を張り上げる。

 猛暑を通り越し、熱暑といってよい外構部での抗議活動というのは、心身が大いに削られるものだ。

 しかし、くじけるわけにはいかない。

 ここを乗り切れば、地獄のようなこの労働環境にも、光明が差すのだから……。


「少し、いいだろうか……」


 立ち上がり、作業台の猫人へ話しかけたのは、一人の老猫人……。

 熟練の職人――ツスルである。


「ケン王子から、気がかりなことを言われている。

 第一王子の工区で働く者たちに関してなんだが……」


 ツスルがそう言って周囲を見回すと、問題の工区で働く者たちが緊張の色を見せた。

 それは、作業台に立った猫人も例外ではない。

 他でもなく、彼こそ第一王子ミチカチが監督する工区で、先頭に立つ男なのである。


「もし、ミチカチが軍を引き連れるようなことがあったら……。

 その時は、反抗せず従うようにとケン王子から伝言を預かっている」


 ツスルの言葉に、動揺が走った。

 ケン王子こそは、この国において唯一、自分たちへ目を向けてくれた救い主……。

 それがまさか、邪智暴虐の兄王子へ従うよう促すとは……!


「いくらケン王子の言葉でも、それには従えない!」


 作業台の猫人が、反射的に声を張り上げる。

 それは、彼のみの意思ではなく、同じ工区で働く猫人の総意であった。


「ケン王子は、こうおっしゃっていた。

 ミチカチを、決して侮ってはならないと……。

 きっと、それだけ恐ろしい相手なんだ……」


 ツスルが、必死に若き猫人へと訴える。

 彼とて、この場の熱気に水を差したいわけではない。

 だが、尊敬するケン王子がそこまで言っている以上、無視してはならないと考えているのだ。

 しかし……。


「軍でもなんでも連れてくればいいさ……!

 おれたちは、暴力には屈しないぞ!」


 作業台の猫人が、力強く拳を掲げた。

 第一王子の工区で働く猫人たちも、次々とそれに同調していく……。

 こうなっては、もはやツスルも何も言えなかったのである。




--




 その隊列には、一糸の乱れというものもなく……。

 ただ居並んでいるだけで、練度というものがうかがい知れた。

 いや、充実しているのは、練度のみではない。

 彼らが手にした装備もである。

 もし、軍事知識を持つ者が見たならば、彼らの手にした小銃が、外国で生産されている最新鋭のものであると気づくだろう。


 ――銃。


 言わずと知れた殺傷用の魔道具だ。

 本体へ仕込んだ魔石により、銃身内で小爆発を起こし、鉛の弾丸を発射する……。

 それに撃ち抜かれれば、タダでは済まない。


 統一された野戦服に身を包み、最新鋭の小銃で武装する者たち……。

 彼らは、ルタカ王国の国軍であると見て間違いない。

 その軍が、朝一番に工区へと押し寄せ、無言のままにこちらを睨み据えているのだ。


 いや、ただ無言なだけではない。

 彼らの口元は、加虐的な笑みに歪んでいた。

 とりわけそれが大きいのは、先頭に立った第一王子ミチカチであり……。

 彼はニヤニヤと……実に嬉しそうな顔で、猫人たちを見ているのだ。


「なんだなんだ! 軍隊なんか連れてきて!

 それで、おれたちが言う事を聞くとでも思っているのか!?」


 こうも剣呑な集団に睨まれていては、悠長に座り込んでもいられぬ……。

 先導者たる猫人の青年が、立ち上がり、ミチカチへと食ってかかった。


「………………」


 ミチカチからの、返答はない。

 その代わり、第一王子は手にした小銃の銃床で、猫人青年の顔面を殴りつけたのだ。


 ――バガンッ!


 鈍器と化した小銃で殴りつける音が、外構部に響き渡る。

 同時に、殴りつけられた猫人青年は、そのまま敷鉄板の上へと倒れ込んだのであった。

 ただし、気を失ったわけではない。


「がっ……ああっ……」


 血と唾液が半々となった体液を、口からこぼしながら……。

 這うような形で、うめいているのである。


 猫人青年が殴られて、倒れるまでの間は、時間にすれば、ほんの数秒といったところだろう。

 しかし、他の猫人たちにとって、その時間は数分にも、数十分にも引き延ばされて感じられた。

 そうして拡大した時間の中で、醸成される感情は――怒り。


「――てめえ!」


「――ふざけやがって!」


「――よくも仲間を!」


 猫人たちは、種族的特徴である尾の毛を逆立たせながら、次々と立ち上がる。

 もし、ヘルメットを装着していなかったなら、頭頂部の耳が同じように毛を立てているのも分かっただろう。


 軍手に包まれた拳を握り込み……。

 あるいは、ハンマーなどの工具を手にした猫人たちが、いきり立ち、ミチカチを先頭とする軍人たちへ襲いかかった。


 対するルタカ国軍の方に、言葉はない。

 ただ、侮蔑ぶべつに満ちた笑みを絶やさないまま、迎え撃つ姿勢を取ったのである。


 ――たかが猫人ごとき、恐れる必要なし。


 そう思っているのが、ありありと見て取れる態度であったが……。

 事実として、猫人たちは思い知ることになった。


 万全の体制で乗り込んだ正規軍に、訓練もしていない者たちが太刀打ちできるはずはなく……。

 効率的かつ効果的に振るわれる暴力は、人を狂騒から覚醒させるものなのだ。

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