ストライキ その4

 猫人たちによる抗議活動……。

 これを受けて、監督たる王子王女が見せた反応はといえば、様々であったらしい。


 まずは、全面的に要求を受け入れると約束した者……。

 これには、第二王子マサハや第24王子メキワ、第28王女ミケコなどが該当した。

 どうやら、彼らはケンに詳しく話を聞き、同様の待遇にすべく動くようだ。


 また、限定的に要求を受け入れることにし、猫人の代表者と協議へ入った者もいる。

 全面的に受け入れられないのは、早い話が、資金不足だからだ。

 そもそも、ケンが最初に行った待遇改善は、彼の身銭を切ったものであるらしく……。

 その後に行った新機材導入などは、最初の王族会議で得た報奨金を駆使してのものなのは、想像に難くない。

 既に相応の地位と財力を有する上位王族ならともかく、中堅以下の……小遣いでやりくりするしかない者にとっては、かなえたくてもかなえるだけの金がないのであった。


 余談だが、本来ならメキワもこのくくりに入るはずである。

 それが、全面的に要求を受け入れると確約できたのは、ミケコが資金提供をしたかららしい。

 第28王女ミケコ……こやつは、軍部の諜報力を持ってしても探れぬ闇のマーケットと関わりがあるらしかった。

 この辺りの底知れなさは、全兄であるケンに通じるものがあるといえるだろう。


 閑話休題。

 最後の勢力が、猫人たちの所業に怒り狂い、交渉を放棄した者たちだ。

 こやつらの策は、言ってしまえば兵糧攻め……。

 毎日配給している食事がなければ、猫人共はこれまでに蓄えたごくわずかな身銭を切り、自腹で食事を調達する他にない。

 無論、他の場所で働くなどという選択肢は取らせぬ。

 と、いうよりは、取りようがないのだ。


 ただでさえ、猫人たちは大量に流入してきた難民であり、生粋きっすいのルタカ王国人からは良い感情を持たれていない。

 加えて、国策であり、誰もが完成を待ち望んでいるスタジアム建築を放棄した労働者など、雇う者がいるはずもなかった。

 だから、食事と給金を打ち切り、しばらく待てば……。

 いずれ、音を上げて、渋々とではあるが働き始めるだろうというのが、この選択をした者たちの判断である。


 そして、第一王子ミチカチの下す判断は――。




--




「――ケンめ!

 してやられたわ……っ!」


 一言も発さず、猫人共としばし睨み合い……。

 結局、交渉のこの字もなく王宮へ帰還したミチカチは、自室へ入るなり、そう叫びながら執務机へ拳を叩きつけた。


「やられた……?」


 腹心である士官の一人が、そう言って小首をかしげる。

 どうやら、こやつには、ケンめの巡らせた策謀が理解できていないようだった。


「あやつの作ったという、酒場のことだ!」


 机を椅子代わりにして腰かけ、解説してやる。


「あやつは、猫人ごときに手厚い待遇をするため、一時、工事を中断させた。

 それにより、オレは逆転することができたわけであるが……。

 生じた差を埋めるべく、今度は、オレの工区を止めにかかったわけだ。

 そのための手段が、空き地に作ったという酒場だ!」


 再び、机に拳を打ち付けた。

 そんなことをしたところで、何かが解決するわけでもない。

 だが、胸の内に生じた激情……マグマのごときこの怒りは、何かにぶつけて発散する他ないのである。


「工区の隔たりなく猫人共を交流させることで、自然と待遇の差を感じさせる。

 差を感じた猫人共の取った行動が、今回のこれだ!

 ケンめは、操り人形の糸をたぐるようにして、猫人共の行動を操ったのだ!」


「まさか、そのような……」


 腹心の一人が、驚愕の表情を浮かべた。

 だが、全てを俯瞰ふかんして考えれば、それ以外の結論はないのだ。

 まさか、きわどい制服をかわいい猫人娘たちに着せ、エヘエヘ言いたかっただけなどということはあるまい……!


「他者への妨害……。

 それは、当然ながらオレも何度となく考えた」


 溜め息と共に、天井を仰ぐ。

 おそらく、それを考えたのはミチカチのみではあるまい。

 むしろ、兄弟姉妹の中には、ミチカチよりもよほど、そういった企みを好む者もいるのである。

 だが、彼らもミチカチも、思案するだけに留め、実行することはなかった。

 その理由は、単純だ。


「だが、実行に移すことはなかった。

 単純に、リスクが大きすぎるからだ」


「リスク、ですか……?

 しかし、国王陛下いわく、今回の建設レースは、全てをかけた大戦おおいくさであるとか。

 ならば、妨害工作というものも当然、織り込むべきでは?」


 腹心の一人が漏らした言葉へ、首を横に振る。


いくさというのは、あくまでモノの例え。

 競争である以上、ルールというものは存在する。無論、明文化されてはいないがな。

 今回の場合でいくと、スタジアム建築へ意図的に遅れをもたらすような妨害はご法度だ。

 何しろ、我ら兄弟姉妹に与えられた共通の目標は、スタジアムを完成させることなのだからな。

 もし、そのようなことをして父上に露見すれば、ただ怒るだけでは済まないだろう。

 そして、他工区を遅れさせられない妨害工作など、やる意味はない」


 そこまで言って待ったのは、抱いて当然の疑問を口に出させるためだ。

 部下というのは、育てるもの……。

 こやつらも、権謀術数というものを学んでおくべきだろう。


「ならば、ケン王子も当然処罰されるのでは?

 何しろ、一人二人ではなく、自分が監督する工区以外全てを止めたのですから」


「そこよ。今回、ケンの奴が上手かったのはな」


 口を開いた腹心に、びしりと指を突き出す。


「確かに、奴が何らかの手段で工事を直に止めたなら、父上は容赦しなかっただろう。

 だが、奴は直に止めたわけではない。

 あくまでも、不満を覚えた猫人共が、自発的に抗議活動を行ったのだ。

 両者の間には、大きな隔たりがある」


「このやり方なら、言い逃れができる……?」


「そうだ」


 腹心の言葉に満足し、うなずいた。


「ほぼほぼ奴が煽った形とはいえ、これなら十分に弁明ができる。

 いや、もしかしたら、父上は追求することすらしないかもしれぬ。

 そもそも、爆発する寸前まで不満を溜め込ませたのは、我らケン以外の王族であるのだからな。

 父上がそう考えなかったとしても、ケンめがそう切り返せば、嫌でも矛先はこちらに向くだろう」


 やはり、何事も言の葉に乗せるというのは重要だ。

 こうして、冷静にケンの企てを分析すると、怒りが静まってくるのを感じる。

 いや、それどころか……。


「……面白い」


 にやりと笑って、そうつぶやく。

 これこそが――王者の余裕。

 やはり、このミチカチ・ラッカ・ルタカを置いて、他に王となるべき者など存在しないのだ。


「何もかもが順調に行き過ぎては、かえって興醒めというもの。

 ここは、ケンが見せた企みの見事さ……そう、あえて見事と言おう。

 その見事さを讃えようではないか」


「讃えて終わり、というわけではありますまい?」


 腹心の中でも、年長の男……。

 中佐の地位にある四十男が、同じく笑みを浮かべながら問いかけてくる。


 ――ここは、自分たち軍部の出番。


 それを、確信しているのだろう。

 そして、ミチカチが出した結論は、まさしくその通りのものなのである。


「もちろんだ。

 なるほど、ケンめは随分と知恵を絞ってきた。

 だが、この世において最も強き力は――暴力。

 そして、ルタカ王国において、このミチカチこそが最もそれに通じているのだ」


 ミチカチや中佐に釣られ……。

 他の士官たちも、笑みを浮かべ始めた。

 ここにいる者たちは、鍛え抜いた戦技を披露する機会に飢えており……。

 そして、猫人という難民共は、それを向ける対象としたところで、なんら心が痛まない存在なのである。

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