決着 前編

 これまで、建設レースに関する王族会議は、過去二回とも、王宮内に存在する会議室で行われてきた。

本日、それが執り行われるのは、そのように窮屈な場所ではない。


 ――謁見の間。


 我が国の王宮で最も広く、そして、歴史が浅いなりに格調高くまとめ上げたこの空間にて、開催されることとなったのだ。


 これは、そもそも、本日行われるのが会議ではなく、父上による後継者指名であることに由来していた。

 その証拠として、謁見の間には、現任の大司教や軍の将官など、そうそうたる面子が顔を揃えており……。

 民間からも、クフを始めとする大商人たちが召集されている。


 彼らは、証人だ。

 今日、この日、父上によって指名される次代の国王を承認し、我が国の新たな転換点を見届けるために呼び出されたのであった。


 赤絨毯が敷かれた室内の中央部には、俺たち王子王女が列を成してひざまずき……。

 向かって右側には、数多い父上の奥方たちや、親族たる大貴族たちが居並んでいる。

 向かって左側に立つのが、先に述べた来賓たちで、もし、ここに爆発物でも仕掛けられたら、我が国は至る所で機能不全を起こすだろう。


「国王陛下の、おなーりー!」


 国旗を掲げた儀礼兵が、朗々たる声でそう告げた。

 すると、参列する者たちの表情は、自然と引き締まったが……。

 そうでない者が、二人。


 一人は、第一王子ミチカチ・ラッカ・ルタカ。

 そして、もう一人は俺――第22王子ケン・ヨーチ・ルタカである。


 俺たちが、共に浮かべるのは余裕の笑み。

 両者共に、勝利を確信しており……。

 しかして、真実、勝利しこの国を継ぐこととなるのは、どちらか一人だけなのだ。


「皆の者……よく集まってくれた」


 玉座に腰かけた父上が、一同を見回しながら語り始める。


「我が国の威信をかけたスタジアム建設……。

 ワシはこれを、九ヶ月ほど前から自分の子供たちへ託してきた。

 他でもない……。

 その中で、最も工事の進捗が良いものを、次なる王……。

 すなわち、我が後継者として指名するためである」


 父上の言葉に、驚く者はいない。

 世間一般には公表していない今回の建設レースであるが、何しろ、全王子王女がスタジアム建築に関わっているのだ。

 よほどに勘が鈍いか、あるいは情報収集を怠っていない限り、その真意には、気がつくはずであり……。

 ここに集っている連中は、勘が鈍くもなければ、情報収集を怠ってもいなかった。


「長々とした前置きを、ワシは好まない。

 よって、すぐさま結果を発表しよう。

 このレースに勝利し、継承序列一位となりし者は……」


 ――前置きを好まない。


 その言葉と裏腹に、父上がたっぷりの間を置く。

 だが、それも仕方がないだろう。

 豊富な魔石鉱脈発見という幸運へ惠まれたにしろ、我が国がここまで発展したのは、まぎれもなく彼の手腕によるものであり……。

 十分に育て上げ、これから飛翔する国を託すにあたって、思うところがないはずなどなかった。


 だが、何事にも、終わりは付きものだ。

 散々にもったいぶった父上が、とうとうその名を告げる。


「……ケン。

 お前こそが、次なるルタカの国王だ。

 ――励め」


「――はっ!」


 すかさず立ち上がり、一礼して答えた。

 これを見た者たちの反応は、様々である。


 まずは、俺の陣営に属している者たち……。

 マサハを始めとする王子たちは、心からほっとした顔を浮かべていた……さてはお前ら、あんまり俺のこと信用してなかったな?

 一方、ミケコさんたち王女陣は、何か闇の作業を乗り越えた後なのか、眠気をこらえていてどーでもよさそうです。うん、知ってた。一応は緊迫した雰囲気出してくれて、ありがとう。


 続いては、何かしらの改善をするでもなく、かといって、俺の陣営へ加わることもなかった者たち……。

 彼らの表情を、どう例えればいいんだろうか。

 当然の結果を噛み締めているような、抱いていたかすかな希望が潰えたかのような……。

 無為無策に生きていれば、喜ぶにしろ、悲しむにしろ、その色合いは薄くぼやけるものだ。

 彼らには、今回の件を踏まえて、もう一度、全力という言葉の意味を考えてもらいたい。

 まあ、全力で継承序列一位を回避しようとしていた人間の言葉じゃないか。


 親族たる大貴族たちや、この場へ呼び出された名士たちの反応は、おだやかなものであった。

 皆が皆、笑みを浮かべながら俺に拍手を贈る……。

 意外だったのは、軍の将官たちまでもが、迷わずそうしていることだ。

 沈む船に乗り続ける阿呆はいない。

 今、この瞬間、ミチカチは、最も頼りとしていた者たちに、切り捨てられたのである。

 それはつまり、瞬時の斬り捨てヨシ! される程度にしか、関係性を築けていなかったわけで……。

 彼の敗因を、端的に物語っているといえた。


「――納得いきません!」


 この場にいる誰とも異なる反応――怒りを見せた者。

 すなわち、ミチカチが、立ち上がりながら声を張り上げる。


「オレは、可能な限りの猫人を動員し、迅速に作業を進めていた!

 一時期に続いて、再び工事を止めていたケンめが上回るとは、到底思えませぬ!

 そもそも、工事の進捗具合というのが、曖昧な基準……。

 父上!? まさか、後宮内に出回っているアレな本で共演しているから、ケンをえこひい――」


「――やめ! やめろお!」


 ミチカチの言葉を、父上が魂のシャウトで遮った。


「……うおっほん」


 そして、咳払いすると、その問いかけに答え始めたのである。


「工事の進捗というものは、様々な角度から多角的に算出している。

 お前が言うように、確かに――僅差。

 見ようによっては、両者共に同等程度の進捗具合であろう」


「――なら!」


「――黙れ」


 父上が、ミチカチの言葉を再び遮った。

 その表情からは、これ以上、余計なことは言わせないという鋼の意思が感じられる。


「ケンは自らの工区のみならず、他の王子王女たちが監督する工区においても、目覚ましい作業速度の向上を達成している。

 分かるか?

 与えられた仕事のみならず、他に数多くの成果を上げているのだ。

 この建設レースは、戦場。

 戦場において、より多くの武勲を上げた者が取り立てられるのは、必然である。

 そして、お前が自慢としている猫人の大量投入だが……ケンよ」


「――はっ!」


「それについて、お前の見解を述べよ」


 父上に促され、ミチカチへ向き直った。

 そして、俺は……兄上最大の敗因について、語ったのである。


「確かに、兄上は数多くの猫人を現場に投入した。

 あるいは、築き上げた伝手を使い、それだけの数を導入できたのは、見事な手腕と言えるでしょう。

 しかし、良かったのはそこまで。

 あなたは、せっかく集めた猫人たちの力を、一切引き出せなかった。

 なるほど、力で押さえつければ、言うことは聞くし、ある程度は働くでしょう。

 ですが、それは、十の力を持つ者に、一の働きしかさせられないような状態……」


 瞬間、ミチカチと目線が交差した。

 それは、あの日、最初の王族会議で俺に向けたのと同種の視線……。

 いいぜ。真っ向から受け止めてやる。


「対して、俺は現場の環境を改善し、給与も引き上げ、猫人たちが十以上の力を引き出せるよう取り計らった。

 さらには、俺へ協力した兄弟姉妹の工区と合わせ、効率化も図った。

 いわば……質の暴力。

 数のみを当てにし、その利を活かせなかったあなたが負けるのは――必然だ」


 兄上は……。

 ミチカチは押し黙り、それ以上、何も語らない。

 これを決着として、父上が再び口を開く。


「もはや、異論のある者はいまい。

 皆の者、再び次代の王……。

 継承序列一位、ケン・ヨーチ・ルタカに拍手を!」


 万雷の拍手が、俺へと降り注ぐ。

 こうして、スタジアム建設レースの決着はついたのだった。

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