オマケ 透明のプロローグ

 ※このお話は、元ネタ分かる方だけ分かってくれればよいです。




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 ――空調服。


 ケン王子が王位継承の序列一位となり、スタジアム建設の総指揮を執るようになって以来、もはや、ヘルメットや安全靴に並ぶ標準装備となったのがこの上着である。


 構造は、驚くほどに単純。

 上着の両後ろ脇に、それぞれ一つずつ、扇風機めいたファンが取り付けられており……。

 魔石を装着し、起動させると、このファンが回転して、新鮮な風を上着内部に送り込むのであった。


 たかが、それだけの魔道具……。

 しかしながら、その効果たるや、絶大なり。

 皮膚が傷つくのを防ぐため、現場で働く猫人たちは、いずれも長袖のシャツを着用している。

 空調服は、その上から着込むため、必然、薄布一枚隔てて風が流れていく結果となるのだが、これが効いた。


 そもそも、猛暑日に思わず手をうちわとしてしまうように、暑さから逃れようとする人間は、本能的に風を求めてしまうものだ。

 それは、例え微細な風であっても、肌を撫でてくれたなら、皮膚の表面温度が随分と低下するからなのである。


 微弱な自然風ですら、そうなのだ。

 魔道具による人工の……強力な風を浴びれば、その効果たるや推して知るべしであった。


 ――コオオオオッ!


 ――コオオオオッ!


 ルタカ王国の威信をかけたスタジアム建設現場内に、今日も空調服の稼働する音が鳴り響く。

 それだけならば、もはやいつものことであり、日常風景と化していたが……。


「おい、お前、どうしたんだ?」


 休憩時間中、ある猫人が仲間の一人にそう問いかけた。

 現場内にいくつか設けられた、休憩所においてのことである。


 ケン王子が総指揮を執るようになって以来、猫人たちは一時間の昼休憩に加え、午前と午後に三十分ずつの休憩を認められるようになった。

 多くの者は、地下構内を用いた休憩所で休むわけであるが、そこは広大無比なスタジアムの建設現場だ。

 作業を割り当てられた場所によっては、作業場所と地下とを往復するだけで、せっかくの休憩時間をほぼ使い切ってしまうケースも存在する。

 それに対処するため、ケン王子は建設現場内の安全性が確立された場所にベンチなどを設置し、簡易な休憩所としたのであった。


 無論、冷房が効いた本来の休憩所に比べれば、体はあまり休まらない。

 しかしながら、例の特製ドリンクが入った魔道具はしっかりと設置されているので、喉……というよりは、大汗をかいた体そのものの渇きは癒すことができる。

 しかも、各休憩所の近くには、必ず灰皿などを設置した喫煙所が用意されているため、タバコを吸う猫人にとって、なくてはならぬ憩いの場所なのだ。


 近年の研究によって、どうも体に良くないことが判明しつつあるタバコであり、ケン王子も、喫煙場所の設置には、当初、難を示した。

 だが、王子自身の施策によって懐へ余裕を得た猫人たちが、過酷な労働の肉体的、精神的な負担を癒すための嗜好品として、タバコを求めるのは必然であり……。

 結局、渋々ながらもこれを承認することになったのである。


 と、いうわけで、位置関係から地下休憩所へ戻れない……あるいは、一刻も早くタバコを吸いたかった猫人たちが、その休憩所内にはたむろしていたのだが……。

 ひと際、異彩を放っているのが、声をかけられた猫人だったのだ。


 別段、変わった格好をしているわけではない。

 ヘッドライト付きのヘルメットといい、長袖の空調服といい、腰に巻いた腰袋付きの安全帯といい、一般的な作業員そのものといった風体であった。


 だが、その姿勢……。

 と、いうより、ポーズが他の者とは違う。

 両腕を、肩から真横へ突き出し……。

 まるで、畑へ立つカカシのごとき姿勢となっているのである。


「んあ? やっぱ気になる?」


「いや、そりゃ気になるに決まってるだろ?

 どうした? どっか変なところでも痛めたか?」


 妙なポーズの猫人が発した言葉に、問いかけた方は苦笑いを浮かべた。

 冗談めかした質問であったが、しかしながら、真摯な問いかけでもある。

 何しろ、現場での作業というものは、誇張なく命がけだ。

 ケン王子が総指揮を執るようになって以来、死ぬほどの重大な災害に至ることはなくなっているが、腰や関節を痛めるというケースは散見された。

 どうも、種族的な気風というか、猫人は少々の不調なら押し隠して作業に従事しようとしてしまうため、このような語りかけは重要なのである。


「ううん? どこも痛めてないよ。

 けんこーけんこー」


 しかしながら、問いかけられた当の本人は、ケロリとした顔でそう答えたのであった。


「じゃあ、お前……。

 なんでまた、そんなけったいなポーズしてんだ?」


「ふふん……。

 このポーズな。

 こうすると、空調服の風がすげーよく効いてくるんだ。

 嘘だと思うなら、試しにやってみろよ」


「風が……?」


 半信半疑のまま、勧められた猫人が同じポーズを取ってみる。

 こんな姿勢になって、果たして違いがあるのかと、そう思えたが……。


「――うおおっ!?」


 しかし、その効果は、抜群だったのだ。

 両腕を横に突き出したことで、ファンが装着された背中から、両脇へ至るまでに十分な隙間が確保され……。

 遮られることなく、その隙間を通った風が、脇の下にある太い血管を急速に冷やし、冷やされた血流が全身を巡ることで、急速な冷却効果がもたらされているのであった。


「いいな! これ!」


「だろ?

 おれはこれを、風の戦士のポーズと呼んでいる」


 もう少し文明が発達していたなら、中とか二とか、そんな文字の付いた病名で表されそうなネーミングのポーズ……。

 それを目にした他の猫人たちも、どれと真似始めてみる。


「うおー! いいな!」


「風の戦士のポーズ、サイキョー!」


 ……猫人たちは、大変素直に物事を受け止める性質の種族であり。

 この妙ちきりんなポーズは、急速に彼らの間へ広まったのであった。




--




 例えば、何らかの競技を行う選手が、監督者によって適時修正を受けなければ、徐々に歪んだフォームとなってしまうように……。

 どれだけ慣れようと、熟練しようと、第三者の目で見られなければ、少しずつ、本来あるべき姿から変質してしまうのが人間という生き物である。


 継承レースを行っていた当時に比べ、格段に偉くなり、付随して様々な外交上の仕事なども行うようになった俺が、変わらず現場をパトロールするのは、まさに、それを防ぐためであった。

 で、あるから、現場内に起こった変化は見逃さない。

 特に……なんか、カカシみたいなポーズで突っ立ったり、あるいは、そのポーズを維持しつつ、歩いている連中なんかは。

 ……つーか、これを見逃すようなら目が潰れてると思う。


 いや、マジで何してるんだ、これ?

 プラーナでも圧縮してんの? いや、プラーナってなんのことだか俺も知らんけど。


「――お、ワクか。

 ……お前もそのポーズしてるんだな。

 それ、何なの?」


 たまたま、仲間たちと一緒に作業通路を歩いていた猫人……。

 型枠職人のワクに、そう尋ねる。

 すると、彼はにこやかに笑って、こう答えたのだ。


「ケン王子! お疲れ様です!

 これですか?

 これは、風の戦士のポーズです!

 空調服を着てこうすると、すっげえ涼しいんですよ!」


「ほう……風の戦士?」


 うん、まあ、空調服の原理上、そうすれば涼しくなるのは当然だな。そのために、ベスト型ではなく長袖型を採用したんだし。

 にしても、これは……。


 おそらくは、作業の合間なのだろう……。

 立ったままの状態で、存分に涼んでいる風の戦士が目に入った。

 こんな格好で、もし、何か起こった時、即座に対応できるかは……微妙である。


 そして、作業通路や、あるいは現場内を歩いている風の戦士たち……。

 こちらは、論外だ。

 一番簡単なところでいくと、もし、現場内に転がっている何かへつまづいた時、このポーズで歩いていたんじゃ、とっさに手を付くこともできまい。


 と、いうわけでだ……。

 俺は、一つの決意を固めたのである。




--




 ある日以来……。

 ルタカ王国の威信をかけたスタジアム建設現場内各所には、張り紙が貼られるようになった。

 そこには、こう書かれているという……。


 ――現場で風の戦士になるの禁止!!

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序列22位の俺が現場の猫人にとことん優しくしたら、なんかめっちゃ慕われて工事もはかどり、王位継承筆頭にされたからヨシ! ……いや、ヨくねえ! 英 慈尊 @normalfreeter01

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