序列22位の俺が現場の猫人にとことん優しくしたら、なんかめっちゃ慕われて工事もはかどり、王位継承筆頭にされたからヨシ! ……いや、ヨくねえ!
英 慈尊
熱中症(と後で名付けた症状)への対策
――まるで。
――まるで、かまどの中へ入れられているようだ。
ルタカ王国の威信をかけたスタジアム建設……。
その現場で働く猫人たちの脳裏に去来していたのは、そのような思いであった。
頭上では、さんさんと輝く太陽が、情け容赦なく灼熱の光を降り注がせ……。
それが反射した地面では、力尽きたミミズや昆虫などが、カラカラに干からびた死骸を晒している……。
彼ら猫人の尾は、本来ならば感情表現豊かに動き回るものであったが、今は誰もが力なくそれを垂らしているだけである。
頭頂部の猫耳も、ペタリと伏せられていた。
「なあ、おい……。
今って、合計で何人くらい死んだんだ?」
「……知るかよ。
お前がその一人にならないよう、せいぜい気をつけるんだな」
重い資材を担ぎ上げていた猫人たちが、そのような会話を交わす。
昨日、隣にいた者が、今日はどこを探してもいない。
そんなことは、この現場では当たり前のことであった。
逃げ出したわけではない。
この世から、いなくなっているのである。
すでに発展を遂げ、先進している国家の人間からすれば、はした金に過ぎぬ日給……。
それを求め、死と隣り合わせの労働へ従事する……。
竜に故郷を滅ぼされ、この王国へ移民してきた猫人たちの、それが定めであった。
定めであった、が……。
ある日、唐突に潮目が訪れたのである。
--
「おいおい、こりゃ一体どういうことだ……?」
「何かの祝い事か?
おい、お前、何か知ってるかよ?」
「いや……。
オレ、この国の祭事とか詳しくないし……」
タコ部屋の寝床から、這い上がるように起き出し……。
食事に使われている掘っ建て小屋へ入った猫人たちが、そのような会話を交わしたのも無理はない。
普段、ここで振る舞われる食事といえば、薄い麦粥のみであったが、今日はそうではなかったのだ。
木製のおひつには、輝く白い穀物が山盛りとなっており……。
寸胴の鍋では、根野菜をごろりと入れられた茶色の汁が、温かな湯気を立てている。
そして、銀色の盆に山盛りとなっているのは――腸詰めだ。
「別に、祭りや祝い事じゃないぜ!」
そんな声と共に現れた闖入者へ、皆の視線が集まる。
その人物は、猫人ではなく只人であり……。
いかにも高貴な生まれであろう、洗練された装束を身にまとっていた。
ただ、浮かべている笑みは人懐っこいもので、それがどこか庶民的な印象を与える。
「俺の名は、ケン!
ケン・ヨーチ・ルタカ!
この国の……えーと、第何位だっけ?」
首をかしげた彼へ、そばにいたメイドがそっと耳打ちした。
「そうそう!
第22王子だ! 王族の超末端だな!
で、今日からお前たちが働く区画の監督をすることになる!」
「はあ……」
「そうですか……」
そう言われても、猫人たちは互いの顔を見合わせることしかできない。
正直、監督などいたのかという話であり……。
それが、この年若き青年に代わったところで、反応に困るのだった。
だが、続く彼の言葉は、そんな猫人たちを大いに喜ばせるものだったのである。
「んで、改革の一歩目として、今日からこれがお前たちの朝飯となる!
白い飯と味噌汁は、母の出身国で食われてるものでな、力が付くぞ!
腸詰めは、お前らの好みが分からないから、誰でも好きそうなものをということで選んだ!
昼と夜は、もう少しおかずの品目を増やすから、楽しみにしててくれ!」
「え……」
――えええええっ!?
猫人たちの驚く声が、掘っ建て小屋に響き渡った。
「量は多くしてあるから、おかわりは好きにしてくれ!
でも、腸詰めは仲良く分け合いな!
じゃ、俺は他の小屋でも同じこと言ってこないとだから!」
しかし、ケン王子はそんな彼らを完全に無視し、一方的に告げるとその場を去ったのである。
「どうする……?」
「どうするって……」
「とりあえず、食おうぜ」
そんなことを言い合い、食事となった。
汁は風変わりな味だが、なるほど、精のつく品であり……。
塩茹でにされた腸詰めと合わさり、無限に白い――飯というのが、食べられる。
あまりに久々の、まともな――豪華な食事。
それが、猫人たちに失われた活力を取り戻させたのは、言うまでもない。
--
あの奇妙な王子が改善したのは、三度の食事のみではない。
休憩と、飲み物に関しても同様であった。
「この鍋――」
外に並べた猫人たちを前にして、ケン王子が魔道具だろう大鍋を指差す。
しかも、鍋は一つだけではなく、同様のものがいくつもいくつも並べられているのだ。
「これは、魔法の道具で、魔石を仕込んである。
で、起動して魔力を込めると、中身を冷やす。
中に入れてあるのは、塩と砂糖を混ぜ込んだ水だ。
この場で飲んでもいいし、水筒に入れて持ち込んでもいい。
とにかく、こまめに飲んで、まいらないようにしろ」
言い終えると、彼は食事に使われる掘っ建て小屋を指差す。
「それから、あの部屋は日中、常に魔道具で涼しい状態にしておく。
これからは、昼食時に一時間。
午前と午後の適当な時に、三十分ずつあそこで休憩しろ。
戻るのが難しいなら、どこか少しでも涼しい場所で休みな」
「え、い、いいんですか……?」
あまりといえば、あまりの厚遇ぶりに、猫人の一人が思わずそう尋ねる。
これまでは、スタジアムの完成を間に合わせるため、ろくに休憩もなく作業させられてきたのだ。
で、あるから、彼がそうしてしまったのも無理はないだろう。
「――俺がいいと言っている!」
ケン王子は、そんな彼に力強くうなずいた。
「んじゃ! よろしく頼むぜ!
くれぐれも、自分の体を労ってな!」
そして、例によってそれだけ言い残すと、足早にその場を去って行ったのである。
「い、いいのかな……?」
「王子様がいいって言ってるんだから、いいんじゃねえか?」
「試しに飲んでみるか。おれ、喉が乾いてたんだ。
……へえ、先に起動してくれてたのか。
キンキンに冷えてら」
そう言った猫人の一人が、試しに鍋の中身をコップですくってみた。
すくったそれを一口飲んで、思わずだろう……こう叫んだのである。
「――うんめえ!」
「そんなにか?」
「どれどれ……」
その様子を見て、他の猫人たちも次々に鍋の中身を飲む。
なるほど、これは……。
――染みる。
まだ朝だというのに、太陽はすでに力強く輝いており……。
早くも汗をかいていた肉体のすみずみまで、水が染み渡っていくようである。
ただの水では、こうはいかない。
塩と砂糖を混ぜ、しかも、それを冷やしてあるからこそ、こうも素早く体内を駆け巡っていくのだ。
「ああー……。
こいつは、ありがてえや」
「しかも、今度からは休憩も取っていいなんてな」
「その休憩はありがたく取らせてもらうが、働く時にはしっかりとやらなきゃな」
「ああ、ここまでされて恩を返さないなんざ、猫人じゃねえぜ」
充実した食事に続き、逃れる術のなかった暑さをやわらげる手段が手に入り、猫人たちは笑い合う。
そして、彼らは口にした言葉を違えるような者たちではなかったのだ。
--
此度のスタジアム建設が国の威信をかけたものであるのは、ひとえに、ルタカ王国が近年急速に発展を遂げた成り上がり国家だからであった。
発見された魔石鉱脈を背景に、国力こそ増大したが、歴史は浅く、他国に胸を張れるものではない。
故に――このスタジアム建設だ。
様々な催しで使用可能なそれを、他に類のない規模で造り上げ、国の象徴にしようとしているのである。
しかも、これを主導するルタカ王――つーか父上には、もう一つの思惑があった。
他でもない……。
後継者の、選定である。
うちの父はこう、派手に女好きであらせられるので、男女合わせて子供が五十人以上存在した。
そうなると、当然の摂理として後継者争いが発生する。
幸い、うちの王宮で血生臭い事件は発生してない。
が、それは今のところはという話で、水面下では派閥作りやら足の引っ張り合いやらが、兄弟姉妹間で行われていたのである。
王は、それを憂いた。
せっかくなら、子作りする前に憂いて欲しかったが、それをやられると俺もこの世に生まれてないので、まあ良い頃合いでの憂いだろう。
憂いた結果、彼が導き出した結論はただ一つ。
――競い合いだ。
結果が明白に分かる行為で子供たちを競い合わせ、優秀な成果の者を跡継ぎへ選ぶことにしたのである。
……まあ、これにも色々と言いたいことはあるが、ベストな選択肢の存在しない問題で、そこそこベターな選択をしたのではないだろうか。
で、問題となるのは何を競わせるかであるが、我が親愛なる親父殿は、これにスタジアムの建設を選んだのである。
子供たちに各区画の工事監督を任せ、その出来によって能力を測ろうというのだ。
ネコのお兄さんたちによる、別にプリティーじゃないレースの開幕というわけだな。
……なんで、こんなフレーズが頭に浮かんだんだろう? まあ、いいや。
そんなわけで、継承権の超低い俺もスタジアム建設の一画を任されたわけであるが……。
正直、まったくやる気がない。
下手に成果を上げて兄からの不興を買い、暗殺者などを差し向けられてはたまったものじゃないからな。
ゆえに、猫人たちへとことん優しくすることにした。
過酷な労働でガンガン死んでいた彼らに、十分な食事と休養……それから、かいた汗が補充できそうな飲み物を考案し与えたのだ。
資金は、全て俺の小遣いである。
正直、手痛い出費ではあるが、そこは末端なれど成り上がり国家の王子だ。賄えるだけの小遣いはもらっていた。
まあ、これで目立たずに済むなら安いもんよ。
と、いうわけでだ。
……クックック、これで、さぞかし工期は遅れたことだろう。
と、思っていたのだが、なんか能率上がってすごい順調に工事が進んだのには、驚いたな。
その上、なんか現場の猫人たちからはめっちゃ慕われるし、優しくしてもらえている。
なんなら、誰かの親族らしいかわいい猫人娘から、恋文もらったりもした。嬉しいけど返事に困っちゃうな。
まあ、相変わらずぶっ倒れる奴は出てるけど、死ぬほどの重体にはならずに済んだし、それも当然か。
てなわけで、ちょっと予想が外れちゃったけど、しょせんは順調に進んでるだけだ。
猫人たちを使い捨ての駒として、ガンガン酷死させている兄上たちのそれには、到底及ばないことだろう。
かような日々を過ごす内に、三ヶ月が経ち……。
これを一つの区切りとしての、王族会議が開催されることになった。
俺はこれに、ルンルン気分で参席したのである。
――カッー! がんばったんですけどね!
――兄上たちには到底及びませんでした! カッー!
……と、まあ、こんなことを言うつもりだった。
だが、大円卓の上座から父上が告げた言葉は、至極意外なものだったのである。
「今回の工事……。
今のところ、ケンめの担当している区画が、抜きん出て作業を進めている」
「え?」
思わず、間抜けな声を上げてしまう。
そんな俺に、兄弟姉妹たちからの視線が突き刺さった。
「ケンよ、よくやった。
現時点において、貴様が継承序列の第一位だ。
褒美として、いくばくかの資金を与えるゆえ、役立てるがよい。
他の者たちは、こやつを見習い、スタジアム完成へ貢献するように。
特に、先まで序列の高かった者たち――」
父上がそう言いながら、第一王子を始めとする兄や姉に白い目を向ける。
「貴様らが担当する区画……工事の遅れぶりが、目に余る。
このスタジアム建設は、我が国の威信をかけた大事業だ。
ゆめゆめ、そのことを忘れるな」
兄や姉たちは、うつむいて父を見ようとしなかったが……。
ふと、長兄が俺の方を見る。
そして、動いた唇は言葉を発さずとも、確かにこう読み取れたのだ。
――コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル・ゾ。
らめえ! 殺されちゃう!
それきり……。
会議は終了となり、兄弟姉妹も解散となる。
俺も、自室ヘとダッシュで戻り……。
「あわわわ、どうしよう……どうしよう……」
そう言って、頭を抱えたのであった。
「ケン殿下が序列一位とは、ここまでお育てした甲斐がございました」
涙ぐみながら言うのは、専属メイドのアンだ。
「じゃかましい! お前に育てられた覚えはないわい! てか、お前のが年下だろうが!」
銀髪のメイドにそう言い放ち、現状打破の策を練る。
ともかく、どうにかして工事の進捗を遅らせねば……そうだ!
「よし! せっかく資金ももらえたし、新しい立ち馬を開発し生産するぞ!
天板の周囲に、落下防止の棒が取り付けられたやつだ!
いや、付けただけじゃ、面倒臭がって使わないな……。
なら、現場を細かく見回って、使用するよう徹底周知してやるか!
とにかく、とことん面倒な作業を増やして工事を遅らせるぞ! ヨシ!」
アンに見守られながら、さっそく設計図を描き始める。
待っていろよ、現場の猫人たちよ……。
とことん、足を引っ張ってくれるわ!
--
ケン・ヨーチ・ルタカ……。
彼は後の世で、建設界へ革命を起こした王として語られることになる……。
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