ストライキ その6

 ――暴力には屈しない。


 ――痛みには負けない。


 言葉にするのは、実にたやすいものであり……。

 大抵の場合、そういったことを口にするのは、本物の暴力というのを体験したことがない者たちであった。


 目の奥に火花が走り、脳を揺さぶるほどの痛みというのは、人を覚醒させる。

 ほんの一瞬前まで、一種の酩酊状態にあった肉体が、急激に現実へ引き戻され、もうこれ以上、こんな目にはあいたくないと泣き言を漏らし始めるのだ。


 そう、大切なのは分からせることである。

 どちらか支配者で、どちらが服従者であるのかを……。

 で、あるから、今回の猫人制圧作戦において、ミチカチは相当に気を遣った。


 まずは、初動……。

 大切なのは、ここで一切の言葉を発さないことだ。

 スゴ味というものは、言葉を挟めば挟むほど減じるもの……。

 そもそも、ミチカチ率いる精鋭部隊は猫人――それも粗末な食事で弱っている連中――など、及びもつかない屈強な軍人たちである。

 口を開いての威嚇など、必要あるはずもなく……。

 ただ、鍛え抜かれた戦技により、格の違いというものを教えてやればよいだけなのであった。


 ただし、ここで重要なのが加減となる。

 どのように上等な肉でも、塩を振り過ぎれば台無しとなるように……。

 何事においても、最適の具合というものがあった。


 今回の場合、それは、後遺症を残さず、気も失わせず、しかし、反抗が不可能な程度には痛めつけ、暴力の恐怖を知らしめるという、まこと絶妙なものだ。

 これを実行するというのは、言葉にすれば簡単。

 そして、ミチカチらにとっては、実行するのも簡単である。


 銃弾など、一発たりとて必要ない。

 銃床や警棒……あるいは、徒手空拳によって、次々と猫人を屠り、打ち倒していく。

 暴力という真の恐怖を、体で理解させられた者たち……。

 そやつらは、敷き詰められた鉄板の上で、ただ震えながらうめくのみであった。


 もしかしたならば……。

 この猫人たちは、こんな風に考えていたのかもしれない。


 ――いざとなれば、こちらも暴力に訴える。


 ――向こうを痛い目にあわせてやるぞ!


 ……と。

 それを実現するためには、いくつかの手順が必要となる。

 まずは、数の面で十分に上回ること。

 続いて、相手側の虚を突く――予期せぬ反抗であること。

 最後に、反抗する側が、対抗できるだけの武力を有していることだ。


 猫人たちは、そのいずれも満たしていない。

 準備万端な正規軍へ歯向かうなど、悪夢でしかなかった。

 だが、これは夢ではない。

 現実の出来事として、たっぷり理解わからせてやればよいのである。


「ふうん……」


 また一人、口ほどにもないない労働者の一人を打ち倒し……。

 そやつの血と唾液で汚れた銃床を軽く振るい、ミチカチは満足げな吐息を漏らした。


 暴力を振るう。

 弱者を蹂躙する。

 自分が……自分たちこそが、その上に立つ存在であると再認識する。


 これは……楽しい。

 この楽しみを与えてくれたのなら、昨日と今日……都合二日間も工事を止めたことは、許してやろうと思えた。

 しかも、今後こやつらは、怯えた目……。

 負け犬ならぬ負け猫の目を、こちらへ向け続けることとなるのだ。


「さて、首謀者は……」


 正確にいうならば、今回の抗議活動に明確な首謀者は存在すまい。

 だが、あえてそれと断じ、一人を処することは騒動の集結に必要不可欠な儀式であり……。

 猫人たちにも、一人を差し出すことで見逃してもらったのだという事実を突きつけることが可能だった。


「確か、オレの手で最初に殴り倒した若造がいたな……。

 あやつは、どこだ?」


 首を巡らせながら探すと、腹心の一人が答える。


「はっ……!

 どうやら、騒ぎに乗じて逃げ出したかと」


「逃げ出した……??

 ――グワーッハッハッハ!」


 あまりのおかしさに、大口を開けて笑ってしまった。


「威勢よく反抗の先頭に立っておきながら、逃げ出したかよ!

 とんだ腰抜けもいたものだ!

 クックク……!」


 それから、ひとしきり笑ったが……。


「探し出して、始末しろ。

 今回の責を負わせるのだ。

 そのために一人始末するならば、父上にとっても許容範囲だろうよ」


 すぐに真顔となり、何名かへそう指示したのである。




--




 ――ミチカチのやつ。


 ――やりすぎるなよ。


 自分でも、どうして猫人たちにこうまで入れ込むのかは分からない。

 ただ、俺はいつも通り、現場で安全パトロールを行いながら、第一王子が担当する工区へ意識の一部を向けていたのであった。


 さて、パトロールといっても、最近のそれは、ほぼほぼ単なる声かけ活動である。

 うちの工区で働く猫人たちは、皆、安全に対する意識が高まり、危険な行動や機材の使い方をしなくなっているからな。

 少々危険な使い方をしているのは……例えば、段差を渡るためのまたぎ通路として作業台を使うなど、やむを得ない事情がある場合で、今、重要視しているのは、そういったケースバイケースな事柄において、いかに安全を確保するかだ。


 実際の状況を確認しながら、猫人の職人たちと意見を交わしていく。

 騒ぎが起こったのは、そんな時のことであった。


「――大変だ!」


「――第一王子の所から、人が逃げてきたぞ!」


「――外構部で保護してる!」


 現場の中で走らないのは、基本。

 ゆえに、そういった知らせを触れて回る猫人も、駆け足になることはない。

 ただ、可能な限りの早足と大声で……現場の各所へ事件を伝えているのだ。


 ――念のため、アンを置いてきたのは正解だったな。


 そう思いながら、問題の場所――一階外構部へと急ぐ。

 どのように転ぶかは分からないが、少なくとも、監督者である俺がいないことには始まるまい。




--




 猫人が逃げ込むとするならば、同じ猫人の所……。

 それも、最も温情のある王子が監督する工区に違いあるまい。

 その士官による推理は、果たして、正解であった。


「ミチカチ殿下の担当工区から逃げ出した猫人を追っている!

 ここに、逃げ込んではいないか!?」


 そう言いながら、車両誘導する猫人の制止を振り切って中へと踏み入る。

 そうすると、まさにあの猫人だろう……。

 敷鉄板の上へとへたり込み、腫れ上がった顔面の応急処置をしてもらっている猫人青年が目に入ったのだ。


「見つけたぞ!」


 そう言って、小銃の安全装置を解除した。


「お、おい!

 現場の中で、そんな危ないものを出すんじゃない!」


「ここはケン王子の監督工区だぞ!

 よその王子に仕えている手下が、勝手をするな!」


 介抱してやっている猫人共が、泡を食いながらそんなことを口にする。

 だが、大義というものはこちらにあった。


「その猫人は、ミチカチ殿下の監督する工区で働く者であり、扱いはこちらに委ねられている!

 それが、ここへ逃げ込んでしまったのは、こちらの不手際……。

 すぐに始末をつけるので、貴様らは離れていろ!」


 叫び、小銃を構えたのだ。

 とはいえ、実のところ撃つつもりはない。

 万が一にも、他工区の猫人へケガはさせられないからである。

 始末をつけるなら、第一王子の工区へ連れ帰ってから……。

 そのため、睨み合いの状況となった。


「ふざけるな!

 仲間が撃たれようとしてるのに、放っておけるわけないだろう!」


「そうだ! そうだ!

 さっさと帰りやがれ!」


「ミチカチとかいうクソ王子に、逃げられたって伝えるんだな!」


 ――クソ王子。


 敬愛する主君を侮辱された士官の脳が、瞬間的に沸騰する。

 そして、理性を欠いた彼の頭脳は、平常時ではあり得ない発想を生み出したのだ。


 ――ここはひとつ。


 ――威嚇射撃でもしてやろうか。


 小銃を上空に向け――発砲する。


 ――ターン!


 存外に軽い発砲音は、しかし、聞いた者の恐怖を煽るに十分であった。

 士官が失念していたのは、猫人という種族が優れた聴力を有することであり……。

 たった今、この外構部では、クレーンによる吊り上げが行われていたことなのである。


「――おわっ!?」


 ……とでも、叫んだか。

 クレーンを操作する猫人が、銃声に驚き、大きく操作を誤ってしまう。

 結果、吊り上げられた荷は、空中で激しく揺さぶられることになり……。

 右に左にと激しく動き、運動力によってほぼ垂直となってしまった鉄骨は、厳重な玉掛けもむなしく、ワイヤーからすり抜けてしまったのであった。

 自由の身となった鉄骨は、増大した運動力により、立入禁止区画を大きく超えて落下していく……。

 そこへ、姿を現したのが……。


「――ケン王子!?」


 誰かが、叫んだ。

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