ルタカの王族たち 後編

 ルタカ王国における番長は誰かといえば、それは当然ながら、父王たるショー・チョ・ルタカとなるだろう。

 では、裏番が誰なのかといえば、これは俺と母を同じくする妹ミケコ・ヨーチ・ルタカを置いて他にいない。


 ――ミケコ・ヨーチ・ルタカ。


 彼女について、ざっくり説明するなら、創作者の三文字に集約される。

 ……と、いっても、創作っつったってジャンルは膨大だ。

 ここは一つ、もう一歩踏み込んで表現しよう。


 ミケコは……腐った女の子であった。

 もうね。小さい時から、男同士の恋愛(肉体的なあれこれ含む)が大好きで、世に出てる創作物を読んでは、その登場人物たちに本来あり得ぬ関係性ラブや、やっぱり本来あり得ない穴を増やした二次創作に取り組んできたのである。

 余談だが、なぜこれらを評して腐ったと表現するのか……それは俺にも分からない。

 ただ一つ確かなのは、とてもしっくりくる表現であるということだけだ。


 さておき、創作したら、それを発表したくなるのは制作者のさが……。

 ミケコは、放っておけば、永遠に部屋へ引きこもっているような女の子だが、こと創作に関しては話が別である。

 印刷所に原稿を持ち込み、フルカラー特殊PPで仕上げてもらい、同好の士が集う闇の祭典へと参加してきたのであった。なお、保護者は俺とアンだ。


 そして、ミケコが頒布してきたムフフ――何がムフフなのか俺には分からない――な本は、バカウケしたのである。

 もう、ドッカンドッカン大ウケだ。

 初めて参加した時に配布した処女作は、五十部しか刷ってなかったこともあり、しばし、闇のマーケットで信じられない高値が付くこととなり……。

 参加二回目以降は、当然のごとく壁際に配置。以降、その場所を不動のものとしていた。


 最初のうちは二次創作を専門としていたが、やがては生モノにも手を出すようになり、現在では、そちらが主となっている。

 代表作は――『孤独な王が妖艶 ~幾人子供をもうけても癒えぬ熱情が、いかにして癒えたか~』。

 主演ショー・チョ・ルタカ。友情出演ケン・ヨーチ・ルタカという、怖気をもよおす怪作だ。


 そして、この本……後宮にも出回った。

 王妃からメイドに至るまで、読んでいない者はいない。

 どころか、保存用、実用用、布教用の三冊を完備するのは、当然の仕儀といった有様である。


 すると、どうなるか?

 主演俳優様も、本の存在を知ることになった。

 いやあ、あの日のことは忘れないわ。

 ある晩、父上が二人きりで話がしたいと言い出し、俺は部屋へと呼び出されたものだ。

 そこで、父上は何らかの経緯で入手したかの本を差し出し、俺が読み終わるのを待ってこう言ったのである。


 ――コワイ。


 ――ただひたすらに、コワイ。


 天が下、恐れる者は何もないと思っていた男が、初めて見せた怯えであった。

 俺は、ただ一言。


 ――ですよねー。


 ……親子二人、初めて酌み交わす酒は苦かったものだ。

 で、俺は今、マサハにメキワという全然交流のない兄弟を引き連れ、ミケコの私室兼アトリエへお邪魔していた。

 他でもない。

 先の玉掛け技能講習テキスト作成へ協力してもらった見返りとして、彼女の新作……そのモデルとなるためだ。


 だったのだが……。

 どうも、マサハたちは違う目論見だったらしく、休憩時間中にその辺を話し合うこととなった。

 もちろん、アンに淹れてもらったお茶を飲む際も、モデル二人は半裸のままである。

 ミケコの作品は、基本、露出度が高い。

 父上が出演される際など、ビキニパンツ一丁だ。

 それに比べれば、いくらかマシな格好の二人は、茶を一口すすると口を開く。


「ケンよ……。

 これ以上、とぼけたことを――」


「――マサハ兄様。

 カップを握る手は、小指を上げておいて欲しい」


「………………」


 父上を超える恐怖の化身――ミケコにうながされた兄上が、黙って小指を上げる。


「……とぼけたことを言われる前に、ハッキリ言っておこう。

 私とメキワは、ミチカチではなく、お前こそ王になるべきだと思っている」


「そうです。

 ミチカチ兄様に任せていては、この国は――」


「――メキワ兄様は、もっと上目遣いになって」


「………………」


 やはりミケコに言われたメキワが、言われるまま上目遣いの姿勢を取った。

 こうしている今も、ペンネーム『ルタヨチ』先生は絶好調だ。

 やや離れた場所に自分の席を用意させ、一心不乱にスケッチブックへ描き込んでいる。

 ちなみにだが、こいつは見たままを描くのではなく脳内の補正を加えるため、おそらく、スケッチブック内のメキワ君はヒンヒン言っている真っ最中だろう。


「……ミチカチ兄様に任せていては、この国はこれ以上発展できません。

 いや、どころか、後退するかもしれない。

 僕たちは、それを防ぎたいんです」


「なるほどなあ……。

 それで、ワンチャンありそうな俺を担ぎ上げようと?」


「ようやく分かってくれたか」


「そういうことです」


 俺の言葉に、二人がポーズを崩さないまま、ほっとしたような雰囲気を生み出す。器用なことだ。

 だが、そんな彼らへ、俺は無情にもこう告げたのである。


「――お断りする」


「――何!?」


「――どういうことです!?」


 二人がポーズも表情も変えないまま、狼狽した雰囲気を放った。やっぱ器用だな。

 しかし、そんな面白い芸を見せられても、俺の返事は変わらない。


「俺は、王になりたいわけではない。

 よって、二人とは利害が一致しない」


「バカな!

 ならば、何故、抜きん出た成果を上げている!?」


「成り行きで、そうなっただけのこと。

 別に、序列一位の座を狙っているわけではありません」


 マサハに対し、きっぱりと断じた。


「でも、ミチカチを制することができるのは、もはやケン兄様しか……」


「メキワ。

 ミチカチをどうにかしたいならば、自分で創意工夫し、工事の進捗を早めるべきだった。

 誰かを頼ってはいけない。

 それが、今回の継承レースだ。

 そもそも、俺はミチカチのことをそう悪く考えてはいない」


「………………」


「………………」


 メキワが……。

 そして、マサハが、相変わらずポーズと表情をキープしながら、深い落胆の色を見せる。

 そして、ついに二人は立ち上がり、いそいそと上着を羽織り直したのだ。


「……どうやら、私の見込み違いだったようだ」


「僕もです。

 ケン兄様は、きっと民のことを思いやった仁君なると思っていたのに……」


 お耽美モードから普段の姿へ戻った二人が、口々にそう吐き捨てた。

 それから、無言で部屋を出ていったのである。


「……悪かったな。

 モデル、逃がしちゃって」


「問題ない。

 刺激はもらった。

 ……次の祭典は、あの二人を描いた本が席巻することになる」


 席巻しちゃうのかー。

 あいつら、もうお婿に行けないかもしれないな。


「お前はいいよなー。

 やりたいこと、好きにやっていて。

 それ、できないやつ、結構多いんだぜ?」


 例えば、今出て行った二人とか。

 彼らは要するに、自分が王になりたいのだ。

 でも、なれそうもない。

 ばかりか、嫌いなミチカチが王の座へ王手をかけている。これ、ギャグな?

 だから、俺を担ぎ上げようとしている。


 いい迷惑だ。

 やりたいことは、自分でやれ。

 できなかったら、いさぎよく諦めろ。

 そこに、他者を巻き込まないで欲しい。


 そんな風に考えていると、じっ……とこちらを見ているミケコと目が合った。


「どうした?」


「お兄ちゃんは、勘違いしてる。

 わたしが漫画を描くのは、やりたいからじゃない」


「へえ、そいつは初耳だな。

 じゃあ、なんでなんだ?」


 意外な言葉に、興味を覚えてそう尋ねる。

 俺が知る限り、こいつの創作熱というのは、取り憑かれたかのようであり……。

 とてもではないが、やりたくないこととは思えなかったからだ。

 ミケコは、そんな俺を見ながらゆっくりと口を開く。


「わたしが漫画を描くのは、そうすべきだから。

 与えられた才能を発揮して、読者を幸せにする義務がわたしにはある」


 ……自信満々に言ってるけど、その影で泣いてる人もいるぞ?

 父上とか、近い未来のマサハとかメキワとか。

 さておき、言わんとすることは分かるので、腕を組む。


「才能ある者の義務か……。

 分からんでもない……いや、分からないか。

 お前みたく、ハッキリ分かりやすい才能があるわけでもないし」


 そう言うと、またじっ……とミケコが俺を見つめてきた。

 まあ、これはこいつの癖みたいなものなので、そう気になりはしない。

 そうして、しばらく考え込むと、またミケコは口を開いたのである。


「お兄ちゃんも、そのうち分かる。

 きっと、すぐに」


「そうです。

 まずは、近々ミケコ先生が配布される本……。

 その3P役に抜擢されるのが、ケン殿下のすべきことではないでしょうか?」


 給仕に徹していたアンが、横からニュッと出て口を挟む。

 すると、ミケコはムフリと鼻息を吐きながらこう言ったのだ。


「抜かりはない……。

 それだけじゃなく、お兄ちゃんには触手でありとあらゆる穴を汚されてもらう」


「まあ! 最高です!」


 とても嬉しそうな二人に、俺は胸を両手で隠しながらこう言ったのである。


「やめろ! 人のことそんな目で見るな!」


 ……とうとう、触手モノにまで手を出し始めちゃったよ。この腐った娘たち。

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