空調服 後編

「お前たちの言いたいことは、分かっているぞ。

 『このクソ暑いのに、さらに厚着させようってのか、このスカポンタン!』

 ……おそらく、こんな感じのことを考えているんだろう?」


 ……スカポンタンとまでは思ってないが、困惑させられたのは確かなので、猫人たちは皆、一様に押し黙った。


「だが、上から羽織る長袖であるというのが、この場合は大事なんだ。

 それに、これはただの上着じゃないぜ?

 その証拠に――見ろ!」


 言いながら、ケン王子が上着を前後逆にしてみせる。

 すると、当然ながら、上着の後ろ側が明らかとなるのだが……。


「尻尾穴だ……」


「ああ、尻尾穴が二つある……」


「でも、背中の所に開いてるぞ?」


「あれって、何か意味があるのか?」


 ――尻尾穴。


 これは、猫人のズボン等に開けられている穴の名であった。

 用途は、その名の通り、種族的特徴である猫の尾を通すことだ。

 だが、ひそひそと会話を交わした通り……。

 ケン王子が取り出した上着は、背中の部分に二つの穴が開いており、これは、既存のいかなる種族が持つ尾とも位置、数共に合致していない。

 一体、これは何を目的とした穴なのか……。

 それは、続く彼の解説によって明らかとなった。


「今から、こいつにこの部品を取り付ける!」


 そう言いながら、手品のごとく、どこからともなく取り出したもの……。

 それは、どうやら魔導具のようだった。


 魔石を装着する基部からは、被膜で覆われた銅線――銅は魔力を伝達する――が二本伸びており……。

 銅線が到達した先には、小さなファンが一つずつ装着されている。

 そのファンには、見覚えがあった。


「あれは、扇風機か?」


「となると、あれは扇風機を直接服へ取り付けて使うのかな?」


 ――扇風機。


 魔石によって風を生じさせる、極めて単純な造りの魔道具だ。

 竜に滅ぼされた故国でも普及していたし、現在の住まいであるタコ部屋にもこれは存在したので、これについては猫人たちもよく知っている。

 だが、それを服に装着するというのは亜空の発想であり……。


「そんなことして、効果あるのか?」


 どうしても、その思いが拭えないのであった。


「大体、薄手の生地を使ってるみたいだけど、上着なんか着たら暑くてしょうがないだろ」


「ああ、そんな中に風を起こしたって、蒸し暑さの方が勝ちそうだぜ」


 猫人たちが語り合うのをよそに、ケン王子は手早く魔道具を上着に装着していく。


「よし、設計通りだな!」


 どうやら、上着の裏側には魔道具を装着するための輪やポケットなどが存在するらしく、装着はあっという間に終わった。


「そこの君!

 栄えある空調服の装着者、第一号に任命しよう!」


 そして、組み立て終えたケン王子は空調服なる上着を掲げながら、猫人の一人にそう命じたのだ。


「ええ!? おれっすかあ!?」


「そう、お前だ。

 まあまあ、騙されたと思って着てみろ。

 現場が違う世界に感じられるはずだぞ?」


 「はず」という余分な言葉が、どうにも不安感を増長させる。

 しかし、周りから視線を注がれてしまっては、これに反抗できるはずもなく……。

 王子に指名された猫人は、しぶしぶと朝礼台の上に上がったのだ。


「これ、普通に着ればいいんですか?」


「ああ。

 それで、このスイッチを押すんだ」


 言われるがまま、猫人が空調服を着込む。

 魔道具を起動していない状態のそれは、まだ早朝に過ぎない今であっても、非常に暑そうであった。

 そして、問題は起動した状態なら、涼しくなるかどうかなのだ。


「じゃあ……いきます」


 この暑い中に着込んだせいで、早くも汗を浮かべている猫人が、もぞもぞと上着内の魔道具をいじる。

 すると、彼の着ている上着……空調服が、内側から膨れ上がった。


「――おほっ!?」


 同時に、その猫人が声を漏らす。

 それは、確かに驚きに満ちたものであったが……。

 しかし、不快感を伴うものでないことは、その表情を見れば明らかだ。


「涼しいーっ!」


 服を膨らませた猫人が、嬉しそうに叫ぶ。

 そんな彼の隣で、腕組みをしたケン王子が満足そうにうなずいた。


「狙い通りだな……。

 ファンで風を発生させ、それを長袖の上着内で流す。

 ベスト型にしても効果はあるんだろうが、より多くの血管を冷やせる分、長袖の方が良さそうだ。

 それで、どうだ?

 銅線の配置には気を使ったが、動きづらくはないか?」


「全っ然、問題ないっす!

 いや、これ脱ぎたくないなー!」


 腕を振ったり腰を曲げたりして具合を確かめた猫人が、ケン王子に親指を立てながら答えた。

 こうなると、うらやましくなってくるのが、そんなやり取りを見ていた他の猫人たちだ。


「ケン王子! 自分も欲しいです!」


「おれも!」


「こっちも、使わせて下さい!」


 そんな彼らに、王子がニヤリと笑いながらうなずく。


「おう!

 ちゃんと全員分用意してあるから、安心しな!」


 ――オオッ!


 王子の言葉に、猫人たちが歓声を上げて答える。

 かくして、ケン王子の担当する工事区画においては、ますます熱中症と呼ばれる症状の者が減ったのであった。




--




 ――ブオオオオオッ!


「王子、今回も見事な発想……。

 このアン、心より感嘆致します」


「まあなー。

 正直、工事を遅らせるという目的とは反しちゃったけど、あの暑さをマシにしてやれるんなら、それでもいいわ」


 ――ブオオオオオッ!


 今日の安全パトロールを終え、自室に戻った俺は、冷たい飲み物を差し出したアンへドヤ顔でうなずいてみせる。


 ――ブオオオオオッ!


「この後ですが、猫人たちの食事を任された料理人たちと会議する予定となっています」


「おお、毎度毎度腸詰めばっかりじゃ、芸がないしな。

 たまにパンとか織り交ぜたり、予算内で飽きがこないよう工夫してやらないと」


 ――ブオオオオオッ!


「その他、おやつとして氷菓などを作ってはどうかと考えているようです」


「ああ、いいなあそれ。

 てか、俺が今、食べたいわ」


 ――ブオオオオオッ!


 おやつとして命じようかと考える俺に、ふと、アンのジト目が突き刺さった。


「殿下……」


 ――ブオオオオオッ!


「え、何?」


 ――ブオオオオオッ!


「冷房の効いた室内でくらい、そのファンは止めて下さい」


「……うす」


 ――やかましくって仕方がない。


 いつもと違い、無機質な表情へ明らかにそんな感情を覗かせているメイドの言葉に、俺は従うしかなかったのである。

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