第10話 男性の正体は

 弥勒みろくさんはゆっくりと立ち上がると、無邪気な笑みを浮かべる。


「弥勒と言います。あ、もちろん本名とちゃうで。こういう仕事やからな、念のため本名は伏せてるんや。ほら、占い師とかが琥珀こはくとかローズなんちゃらとか、中二病みたいな名前付けるんと一緒やな。わしの名前もきらっきらやし」


 凄い偏見だなと思いつつ、守梨まもりは呆気に取られて「は、はぁ」として言えなかった。


「弥勒さんは親父の弟やねん。せやから苗字は原口はらぐちやねんけどな。まぁ下の名前は一応言わんとくわ」


 と言うことは、弥勒さんは祐ちゃんの伯父おじさんということか。確かに、良く見ればおじちゃんに似ている気がする。


「俺が幽霊見えるんはな、親父方の血筋なんや」


「そうなんや。初耳や」


 守梨は目を丸くする。


「黙っとったわけや無いんやけど、わざわざ言うことでもあれへんしな。親父には見えへんから安心しとったらしいんやけど、俺にきざしが見えたからな。小さい俺を連れて、慌てて実家に行ったらしいわ。その時親族で霊能者やったんは、この弥勒さんだけやったから」


「せやから必然的に、わしが相談に乗ることになるんよ。まぁなぁ、こんな面倒な能力、無い方が幸せに暮らせるわ。言うても、今更無かった方が良かったとは思わんけどな。それなりにええことが無かったわけや無いし。人生経験としてな」


 守梨は祐ちゃんが霊を見ることは昔から聞いていた。しかし祐ちゃんは見えることで、特にこれといった話などを守梨にしたことは無かった。だが弥勒さんの言葉からすると、祐ちゃんも苦労して来たのでは無いだろうか。


 その時に寄り添えなかったことを、守梨は悔しく、そして不甲斐無く感じる。祐ちゃんはこんなにも守梨のことを考えてくれていると言うのに。


「わしはな、霊能者になるしか無かったんや。要は、原口家に霊的に何かがあった時に、矢面に立てる人間が必要やったんやな。もちろん能力には大小があるから、霊感があるからって誰にでもなれるもんや無い。わしは霊能者に成るべくして生まれたんや」


「弥勒さんは見える、聞こえる、触れる、祓える、の能力が小さいころから備わってはったからな」


 祐ちゃんは本来なら見えるだけで、この弥勒さんが作ったお守りのお陰で聞こえる様になった。その事実からしても、弥勒さんはかなり高い能力を有しているということなのだろう。


「凄い人なんですね」


「霊能者としてはそれなりにな。で、なんでわしが今日ここに来たかっちゅうと」


 弥勒さんは店内をぐるりと見渡して、ドアから1番近い席に視線を定めた。


「お父はんとお母はん、いてはるな。うん、確かに無茶しはったなぁ」


 守梨はふと思い出す。お父さんが梨本を弾き飛ばした時、祐ちゃんが同じせりふを言っていたことを。


「見えへん人に見えるほどの力を出すってことはな、ほんまに無茶なことやねん。それでお父はんは相当な力を使いはったはずや。もうここにおれる時間もあんま無い。自分で縮めてしもたんや」


「……でも、それは私らを助けるために」


「そうやな。それが親ってもんやわな。愛する子のためなら、自分がどうなってもええ。ほんまにええお父はんや」


「はい……!」


 幽霊としてであっても、この世にいられる時を短くしても、守梨と祐ちゃんを守ってくれた。本当に、お父さんは守梨にとって自慢のお父さんだ。


「けどなぁ、そん時、まずったな」


 弥勒さんは困った様に頭を掻いた。


「そん時、生きてる人間に危害加えてしもたやろ。その罪が乗ってしもてる」


「え、どういうことですか?」


 守梨が聞くと、弥勒さんは苦虫を噛み潰した様な顔をし、祐ちゃんは辛そうに顔を歪めてしまった。守梨は不安でいっぱいになる。


「祐ちゃん……?」


「守梨ちゃん」


 弥勒さんに呼ばれ、守梨はおずおずとそちらを向く。弥勒さんはためらいも無く、言った。


「このままやったら、お父はん、どうやっても悪霊になるわ」


「え……?」


 守梨は言われた言葉の意味が一瞬把握できず、ぽかんとしてしまう。悪霊? お父さんが、悪霊になる?


「悪霊って、え、何でですか?」


 守梨が呆然となって聞くと、弥勒さんは冷静なまま口を開く。


「言葉の通りや。お父はんは、このままやったら悪霊になる」


「そん、な」


 あまりのことに、守梨はその場に崩れ落ちた。悪霊? どうして。お父さんが一体何をしたと言うのだ。梨本とのことか? あれなら、お父さんは梨本から守梨たちを守ってくれただけでは無いか。頭の中が真っ暗になる。気が遠のいて行きそうだ。


「守梨!」


 祐ちゃんが支えてくれて、守梨はどうにか顔を上げる。祐ちゃんの顔はやはり辛そうで、悲しそうで、ああ、ほんまなんやなと、守梨はようやく理解してしまったのだ。

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