5章 ようこそ「テリア」へ
第1話 未来のために
おやっさんとお袋さんの魂の消滅は、
目を真っ赤に
だが祐樹では荷が勝ちすぎる。祐樹ごときでは守梨の傷を癒すことはできないだろう。
どうして守梨がこんな目に合わなくてはならないのか。そう思うと同時に、祐樹は自分の浅はかさを呪う。
だが、守梨はきっと祐樹を
謝りたくてもそのことを掘り起こせば、また守梨を傷付けるだけである。だから祐樹は
もともとそのつもりではあったのだが、自分のできうる限り、守梨に尽くそうと誓う。甘やかさず、時には厳しくなるかも知れないが、守梨のためになることなら、何でもしよう。
あれから守梨はすっかりと引きこもってしまっている。生理現象があるから自室からは出ているだろうが、家からは出ず、きっとシャワーを浴びる気にすらなれていない。きっと食事もまともに摂っていない。
だからこそ、祐樹は毎日守梨の家に通う。食欲の無い時には、白いものならどうにか食べられることを知っているので、いつでも食べられる様にレトルトのおかゆと豆腐を冷蔵庫に入れておいた。
それはなかなか減ることが無かったが、仕事終わりに祐樹が訪ねて促したら、どうにか口に運んでくれる。それだけでも祐樹はほっとするのだ。祐樹も一緒におかゆと冷や奴を食べた。
普段は艶のある髪はぼさぼさだし、肌も荒れ始めている。ろくに食べていないのだから当たり前だ。げっそりとしてしまっていて、眠れているのかも怪しい。だが無理に食べさせる様なことはできない。それは甘やかしでは無く、祐樹にとっては労わりである。
きっと日付薬に頼るしか無いのだ。そして祐樹がこうして毎日顔を出すことで、守梨はひとりでは無いことを分かっていて欲しい。
どうか1日でも早く、守梨がまた笑える様になれます様に。祐樹は普段は信じない神にすら祈る気持ちだった。
土曜日。祐樹は「マルチニール」の修行があるため、昼少し前に守梨の家に向かう。守梨はまだ普通には食べられないだろうから、途中のスーパーでおかゆと豆腐を買い足しておく。
もうすっかり勝手知ったるである。自分の家の鍵と一緒にキィケースに付けている春日家の鍵を出し、インターフォンも鳴らさずに
階段を上がり、リビングに入ると「守梨」と声を掛ける。いつもなら「はーい」と返事が返って来るのだが、ここ数日はそれも無かった。なので今日もそうだと思っていたのだが。
「はーい」
予想外に返事があり、祐樹は目を丸くした。だが守梨の姿はリビングにもダイニングにも無い。祐樹が焦ってきょろきょろと部屋を見渡すと、守梨がリビングに入って来た。濡れた髪をタオルで拭いている。
「祐ちゃん、いらっしゃい。シャワー浴びててん」
守梨は少し弱々しいながらも笑顔を浮かべている。昨日からのあまりの変わり様に、祐樹は呆然としてしまった。
「守梨、大丈夫なんか?」
そう聞いて、なんて間抜けなことを、と頭を抱えたくなった。大丈夫なわけ無いでは無いか。
「心配掛けてしもてごめんな。まだ完全とはいかんねんけど、私、お店を再開させるって決めたんやから、こんなことしてる場合や無いやんね。祐ちゃんも頑張ってくれてんのに」
守梨はそう言って、苦笑いを浮かべる。そんな焦ることは無いのに。自分を気遣う必要なんて無いのに。
祐樹は唇を噛み締める。守梨はそんな祐樹を見てか、「大丈夫やねん」とゆるりと小首を傾げた。
「なぁ、祐ちゃん、なんかお昼ごはん作ってくれへん? 私、祐ちゃんとお父さんのごはん、食べたい」
守梨はそう言って健気に微笑む。祐樹はそんな守梨に
「分かった。買い物行って来るわ。その間に守梨は髪乾かしてな。湯冷めして風邪引かん様に」
「オカンか」
守梨は突っ込んで、くすりと笑みを零した。
祐樹は考えた末、ここしばらくまともに食べていない守梨にはあっさりめなものをと思い、鶏ささみとレタスの白ワイン煮込みを作った。
ぱさぱさになりがちな鶏ささみは弱火でじっくりと火入れをし、白ワインの力も借りてしっとりと仕上げている。レタスは仕上げに入れてさっと火を通し、しゃきしゃき感を残してある。
パンも柔らかな白ロールパンを用意し、
「んふ、美味しい〜」
守梨はひとくち大にカットしてある鶏ささみをレタスと一緒に頬張り、満足げに目を細める。祐樹は良かったと胸を撫で下ろす。空元気でも何でも、それができるほどに回復しているということなのだ。食欲が出て来たことも本当に良かった。
「祐ちゃん、私が
「いや、ドミグラスの世話もあったし」
「ソースも、ほんまにありがとう」
「うん」
祐樹はドミグラスソースの手入れも掃除も、欠かさず行って来た。ソースを駄目にしてしまうなんて
「昨日はセミナーもさぼってしもたし、テキスト読み込んどかんとなぁ」
「今日は? 夜のビストロ」
「行くで。行かな、お勉強せな、と思ったら起き上がれた」
守梨は事も無げに言うが、それほど「テリア」の再開が心の支えになっているということなのだ。祐樹も気を引き締めなければ。
「再開したら、祐ちゃんにちゃんとお給料を出せる様な経営してかんとね。祐ちゃんも将来は結婚したりもするかもやし、その時に奥さんになる人に不安な思いさしたらあかんやろうし」
「結婚、か」
祐樹がぽつりと漏らすと、守梨は平然と「うん」と頷く。
祐樹は結婚のことなんてろくに想像したことも無かった。ああ、でもそうか、良く良く考えてみれば、守梨にだってその可能性があるのだ。
そうなった時、祐樹はどうする。どうなるのか。それを思った時、祐樹の中に「降りて」来た。
「ほな守梨、俺と結婚するか?」
その言葉は、思いの外するりと出て来た。まるで天気の話でもするかの様に。
「……へっ!?」
守梨は見る間に顔を真っ赤に染め、
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