4章 再開に向かって
第1話 何でもしてやる覚悟で
おやっさんから「テリア」のドアの採光ガラスが悪意を持って割られたこと、
こんな時に何してくれてんねん。これが正直な気持ちだった。
守梨の両親が
「テリア」を再開させるという目標もでき、それに向かって頑張っているところだと言うのに。全く余計なことをしてくれる。心底忌々しい。
だから警察官の
いざ梨本が逮捕されると、ガラスの件まで解決した。その可能性を祐樹は感じていたのだが、違った時の守梨の落胆を思うと、下手なことが言えなかったのである。
守梨のためなら、怪我をするぐらい何でも無い。それより少しでも早く、守梨から心配ごとを拭い去りたかった。
榊原さんからはこのやり方に苦言を呈され、祐樹も謝りはしたが、これからこんなことがあったとして、それでも祐樹は守梨を第一にして動くだろう。
特に「テリア」が再開する運びになった時、
おやっさんに教えてもらいながら、何とか料理もここまで漕ぎ着けた。確かに榊原さん夫妻に出したティアンもシードル煮込みも、リクエストがあったとは言え、逃げから来たものである。それでも及第点をもらえたと思って良いのでは無いだろうか。
守梨は祐樹を完璧主義だと言ったが、それは違う。ダメ出しをされる可能性を潰しているだけである。
祐樹は自分が打たれ強いと思っていないし、できることなら守梨の前で恥はかきたく無い。何とも情けない理由もあるのだ。
だがこれから一緒に「テリア」をやって行くのだから、そんなことは言っていられないだろう。守梨に良いところを見せたいなんて、まるで中学2年生の様な幼稚な心は捨て去るべきなのだ。
もっと自分に自信が欲しい。そのためにも
おやっさんとお袋さんに、「テリア」の料理人になっても良い許しをもらえたのは、その第一歩である。おやっさんに認めてもらえることは、祐樹の大きな励みになった。
平日のある日、守梨の帰りが遅くなった時、おやっさんとお袋さんに聞いてみた。
「俺、まだまだおやっさんの腕には及ばんと思うんです。それやのになんで許してくれたんですか?」
するとおやっさんは少し照れ臭そうに目を伏せ、お袋さんはにっこりと微笑む。
『だって祐ちゃん、めっちゃ努力してくれてるやん。私なぁ、お父さんを見てても思ってたんやけど、努力に勝る才能は無いんよ』
「けど、やっぱり才能とかって要るんちゃうやろかって」
『少しはな。そりゃあ守梨ぐらい料理からっきしやったら難しいやろうけど、同じ土台やったら、努力した方が才能は膨らむ。例え片方がええ土台であっても、あぐらをかこうもんなら、努力してるもんに追い抜かれる』
それは確かにその通りだろう。だが。
「ほな、才能があって、努力もしてる人は?」
祐樹の問いに、お袋さんはにぃと笑う。
『そんな人は、そもそも最初から同じ土俵におらん』
祐樹はその答えに呆気に取られる。なら、そもそも勝負にならないでは無いか。祐樹が
すると、それまで黙っていたおやっさんが、ぽつりと言った。
『結局は、自分に勝たなあかんのや』
自分に、勝つ。それは勝負の世界で良く聞くせりふではある。だがおやっさんが言うからこそ、じわりと祐樹の心に染み入る。
誰かと競うのでは無い。自分が納得できなければ、それが負けなのだ。いや、そもそもこれは勝負なのだろうか。
『私も、凡人やからな』
またおやっさんが呟く様に言うせりふに、祐樹は大きく首を振った。祐樹から見たおやっさんは才能溢れる料理人なのだから。
『そうやで、祐ちゃん。お父さんと祐ちゃんの違いは、経験。それだけや。せやから何も考えずに、ひたすた手ぇ動かすんや。それが祐ちゃんの力になるんやから』
そんなわけが無い。お袋さん風に言うなら、祐樹とおやっさんは立っている土俵が違う。少なくとも祐樹はそう思っている。
だが、おやっさんとお袋さんの言葉を信じてみたい気持ちも大きかった。おやっさんが認めてくれた自分の腕を、自分も少しは信じるべきなのでは無いだろうか。
「おやっさん、お袋さん、ありがとう」
祐樹が言うと、ふたりはふわりと微笑んだ。
「ただいま。祐ちゃん、遅くなってごめん」
守梨が帰って来た。さぁ、続きをしよう。祐樹は守梨に「おかえり」と言うと牛刀包丁を手にし、おやっさんは料理人の顔になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます