第2話 姿なき再会
自分が幽霊を見ることができる体質だったなら。
「祐ちゃん、ほんまにお父さんとお母さん、おるん?」
守梨は祐ちゃんを信頼しているので、嘘を言うはずが無いとは思っているのだが、どうしても
小さいころから祐ちゃんの霊感体質は聞いていたが、祐ちゃんが特に「あれ見えた」だの「これ見えた」だのを言うことがまるで無かったので、守梨もこれと言って意識をして来なかった。
「ほんまにいてはる。びっくりしたわ」
祐ちゃんは呆然となって言った。どうやら演技をしていたりするわけでも無さそうだ。もしこれが演じているのなら、祐ちゃんは名俳優である。
祐ちゃんはごくりと喉を鳴らすと、歩みを進める。テーブルの間を縫って行き、お店のドアの前で止まる。両親はそこにいるということなのだろうか。
そしてぼそぼそと何かを話す。守梨からは祐ちゃんが独り言を言っている様にしか見えないのだが、両親と喋っているのだろうか。
すると少しして、祐ちゃんはフロアと厨房の境目に呆然と立ち尽くしていた守梨を振り返る。
「守梨、こっち来て大丈夫やから」
祐ちゃんのその言葉で、守梨は身体の硬直が解けた様にびくりと小さく肩を揺らし、おずおずと足を出す。守梨はあまり怪談などが得意では無いので、心の中は少しの怖さと、両親であるということの嬉しさが
少しふらつきながら、それでもどうにか足を動かして、守梨は祐ちゃんの左隣に立った。この前に、本当に両親がいるのだろうか。どう目を凝らしても見えやしない。
「お父さん……? お母さん……?」
唇が震えているのが判る。だから声も途切れ途切れになってしまった。だが呼び掛けてみても何も起こらない。守梨は横の祐ちゃんを見上げた。
「今、おやっさんとお袋さん、守梨を抱き締めてはるわ」
静かにそう言われ、守梨の目にじわりと涙が溢れる。触れられている感覚はまるで無い。だが死んでしまって身体が無くなっても、両親はこうして守梨を
もしかしたら、これは守梨を元気付けようとする祐ちゃんの芝居なのかも知れない。守梨が知らなかっただけで、祐ちゃんは演技ができたのかも知れない。それとも、本当に両親の幽霊が今この場にいるのかも知れない。
どちらにしても、守梨を思ってくれる心が存在するということなのだ。それが守梨には嬉しかった。
ハンカチなど持ち合わせていなかったので、守梨は流れそうになる涙を手の甲で拭った。
「なぁ祐ちゃん、お父さんとお母さん、なんて?」
「それがなぁ、要領得んっちゅうか、俺、見えるんやけど、声とかは聞こえへんのや。どうしたらええんやろ。……え?」
祐ちゃんは困った様に言っていたが、ふと声を上げると厨房に向かう。守梨は驚いて「どうしたん?」と声を掛けた。
「おやっさんとお袋さんが、付いて来いみたいに「こいこい」すんねん」
守梨も慌てて後を追う。厨房に入ると、祐ちゃんは幾度か頷きながら、作業台の引き出しを開けた。
そこから取り出したのは、ノートとシャーペン。祐ちゃんがまた頷いて、ノートを開く。利き手の右手でシャーペンを持つと、芯を出した。
「……祐ちゃん?」
「おやっさんが示してる通りにやってるだけや。……っつ!」
それまでは平気そうにしていた祐ちゃんが、顔をしかめてふらついた。
「祐ちゃん!」
守梨は支えようと、とっさに手を出す。すると祐ちゃんはよろめきながらも作業台に左手を着いて、自力で立て直した。だがその顔はしんどそうである。
「大丈夫や。今右手だけおやっさんが
「そんなことできるん?」
「何とかな。俺は霊感体質やけど、霊媒体質や無いから、あんま幽霊を受け入れられへんねん。でも少しぐらいやったら大丈夫やから」
霊感体質と霊媒体質の違いが守梨には分からない。だが今は聞ける雰囲気では無かった。守梨は祐ちゃんの動向を見守った。
すると、ゆっくりと祐ちゃんの手が動き出す。何も書かれていないノートのページに、筆圧弱めの文字が書かれ始めた。守梨はその流れを凝視して、驚きで目を見開いた。
「……お父さんの字や」
祐ちゃんの手を使っているからか、その線はかすかに震えていた。だがお父さんの字は右上がりが特徴的で、守梨が見間違えるはずが無い。
お父さん、お母さん、ほんまにおるんや。その喜びが守梨の胸にじわじわと沸き上がる。姿は見えないが、間違い無い。
そこにはこう書かれていた。
『守梨、辛い思いをさせてすまんかった。私らもこんなことになるとは思わんかった。
守梨、祐くん、毎日店をキレイにしてくれてありがとう。
せやけど守梨、この店は手放してくれて大丈夫やから。
守梨がええ様にして欲しい』
そこで、祐ちゃん、いや、お父さんの手が止まる。まるで何かを言い淀む様な。その間にも祐ちゃんの身体には影響が出て、だんだんと息が荒くなっていた。
「祐ちゃん、無理せんと」
「いや、大丈夫」
するとまた、手がゆっくりと動き出した。
『けどもし、もし守梨がこの店を受け継いでくれるなら、私とお母さんで全てを伝える』
そこまで書き切った後、シャーペンが祐ちゃんの手から離れる。祐ちゃんは身体に溜まった何かを逃す様に「はぁー!」と大きな息を吐いた。
「おやっさん離れたわ。言いたかったことは書けはったと思うんやけど」
「……うん」
このお店は手放して良い。だが、継ぐのなら。
守梨はその言葉を噛み締めた。後を継ぐなんて考えたことも無かった。週末の忙しくなる時にはホールを手伝うこともあったが、あくまでもお母さんのサポートだ。
とてもお母さんの代わりが務まるとは思えない。お母さんはソムリエでもあった。それにお父さんの様にお料理を作れる人がいないのである。守梨は自他共に認めるお料理音痴だった。
だが両親の誇りでもあったこの「テリア」を手放すなんて考えられない。
どうしたらええんやろう。守梨は途方に暮れてしまった。
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