第3話 懐かしい人
「
「これ、
「え?」
松村さんとは、以前この「テリア」で、お父さんとともに厨房に立っていた料理人である。年齢はお父さんとそう変わらなかったと思うが、独立を目指して幾つかのお店を渡り歩いていた女性だった。
松村さんがここにいたのは10年ほど前からのの5年ほど。守梨と祐ちゃんは小学生だった。まだ守梨はお店のお手伝いをできる年齢では無かったが、松村さんとの触れ合いはあった。
祐ちゃんが持っていたのは、何枚もの名刺やショップカードがファイルングされていた名刺ファイルだった。ざっと見てみると高級フレンチの様なお店から、この「テリア」の様にフランクに使えるビストロなどもあった。かと思えば創作料理のお店のものも。
「多分そうや。松村さん、お元気にしてはるやろか」
守梨が黒い紙に白字で刷られたシックな名刺を見ながら言うと、祐ちゃんが「それやったら」と言う。
「今度行ってみるか? 俺、予約入れるで」
松村さんは数日前に行われた両親のお葬式にも列席してくれていた。その時に短いながらも会話をしたのだから、お元気なのは知っている。それでもつい懐かしさがこみ上げる。
松村さんは明るい女性だった。いかにも大阪の女性と言った様子のさばさばした人で、お父さんとの掛け合いも見ていて楽しかった。
そこでお母さんが「ふたりとも何言うてんの〜」と楽しげに混ざるのだ。
そんな光景を思い出してしまうと、また目尻に浮かぶものがある。守梨は慌てて手の甲で拭った。
「おやっさんとお袋さんも笑顔で頷いてはるわ。行けってことなんちゃうかな」
「……うん」
松村さんも今やオーナーシェフである。守梨たちが行ってもあまりお話をする時間は作ってもらえないかも知れないが、少しでも両親との思い出を分かち合えたら嬉しいなと思った。
「祐ちゃん、予約の電話、私がするわ」
「え、俺やるで?」
「ううん、私にやらして」
守梨は松村さんにお願いしたいことがあったのだ。聞き届けてくれると良いのだが。
松村さんのお店に予約の電話を入れたのは翌日の午後。忌引きも開けてお仕事だったのだが、15時の小休憩に電話をすることができた。ランチタイムとディナータイムの間である。ディナータイムの仕込みで忙しいだろうが、営業中よりは余裕があるだろう。
電話に出てくれたのは若い女性だった。おそらくホール係の方だろう。守梨は松村さんと既知であることを申し出、お料理は当日注文することを伝えた。
そして守梨は、少しばかり緊張しながら、お料理に関するあることを確認する。
「ええ、大丈夫ですよ。ご用意できる様にしておきます」
女性は明るくそう応えてくれた。守梨は心底安堵する。
「ありがとうございました。よろしくお願いします。失礼します」
互いに丁寧に話を締めくくり、守梨はスマートフォンの終話ボタンをタップした。
良かった。帰ったらさっそく「テリア」にいるはずの両親に報告しなくては。守梨にその姿は見えないが、きっと声は届くと思う。祐ちゃんにはSNSでメッセージを送っておこう。
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