第5話 互いにできることを
このお料理は、言わばお父さんと
「
そう言うことか。今日は教えることを兼ねつつ、お父さんの味の再現を第一に置いたのだ。
「せやから守梨が一緒や言うてくれて、ほんまに良かったわ。ただな、この味は今日みたいにおやっさんがおるから出せるんや。行き着かなあかんのは、おやっさんがおらんでも、これが作れる様になれることや。まだまだ先のことやと思ってる」
お料理ができない守梨は、そんなもんなんか、と軽く考えてしまうが、きっと祐ちゃんにとってはそうでは無いのだろう。祐ちゃんは深刻な表情のまま続ける。
「おやっさんの言う通りにやりながら、自分の力の低さを実感したんや。確かにレシピを読み込んで作ったら、それなりのもんは作れると思う。けど微妙な火加減とか火通りとか、これは経験が無いと難しい。ラペはともかく、鶏肉は俺やったらもっと火を通さなって思ってまう。生焼けとか怖いからな。でもおやっさんはそうやない。見て、ここやって思ったら
祐ちゃんの話を聞いて、守梨にはひとつの疑問が浮かぶ。守梨は素直にそれを口にした。
「ねぇ祐ちゃん、何で祐ちゃんは、ここまでやってくれるん?」
すると祐ちゃんは一瞬ぽかんとし、次には苦笑いを浮かべる。
「……俺がやりたいねん。ドミグラスソースのこともそうやし、おやっさんが遺したもんを無くしたないねん」
「ありがたいけど、祐ちゃんの負担になってもうたらって。お昼は仕事かてあるんやし」
「大丈夫や。俺はデスクワークやから体力に余裕あるし、ここでも1食分を作る程度やから。俺よりも守梨やろ。今までやったこと無いことをやるんやから」
祐ちゃんの労りがありがたい。だが守梨こそ大丈夫なのだ。
「私、「テリア」を続けられるかもって思ったら、力が沸いて来るんよ。せやから私こそ、できることまでやってみたいって」
それが今の守梨の励みになっている。悲しんだり落ち込んだりしている時間が勿体無い。見据える先ができたことは、守梨にとって幸運なのだった。
「互いに、できることをやろうっちゅうことやな」
「そうやね」
ゆっくりと心が癒されていくのが分かる。お父さんの味はまだこれからも未来があって、「テリア」にも可能性がある。両親は幽霊になってしまったが、この世にいてくれるからこそまだ残してもらえるものがあるのだ。これは本当に幸福なことなのである。
美味しいお料理を食べ終え、後片付けと掃除を済ませると、祐ちゃんは帰って行った。
自室に入った守梨は、まず情報収集である。先日「マルチニール」を訪れた時に、松村さんとSNSアカウントを交換していた。なので自分でもネットなどで調べつつ、土曜日まで待つことにした。その日だとランチ営業が無いので、午前中なら少しは余裕があるのではと思ったのだ。
自分で調べた範囲なのだが、週に1度6ヶ月間、飲食店を開業するためのセミナーがあるそうなのだ。社会人が通うならちょうど良い間隔である。他の日を予習復習や、それこそ実技練習に充てられる。
実は副業も考えていた。守梨の会社は副業可能なのである。週に2、3日程度、洋風居酒屋やバルなどのホールでアルバイトができないかと思ったのだ。土曜日なら会社が休みなのでフルに入れられる。
守梨ももちろん無理はしない。日曜日の休みは確保するつもりだ。
何せ時間が無いのだ。正確な日決めがされているわけでは無いが、両親がいつまでこちらにいてくれるのか、いられるのかが判らない。その時までに少しでも「テリア」を再開できる道筋を作れる様にしたいのだ。
その相談を松村さんにしたかった。祐ちゃんだけでは無く松村さんにも甘えてしまうことになって心苦しい。ただでさえ土曜日には祐ちゃんがお世話になるのだ。だが素人の守梨はどこから手を付けたら良いのか見当が付かない。セミナーが正解なのかどうかも判らないのだ。
そういうコミュニティもあるのだろうが、ひとりで飛び込むのには勇気がいる。自分はただ少しお手伝いをしていただけのビストロの娘で、飲食店アルバイトの経験すら無く、お料理音痴なのだ。さすがに気後れしてしまう。
お料理などをせず、オーナーという形で経営に関わる人も多いとは思う。だが守梨は運営そのものに関わりたい。ならお料理ができない守梨がすることができるのは給仕、そしてワインを始めとするドリンクの知識である。
ソムリエ試験には実地経験が3年以上必要なので、まだ守梨には受験資格が無いが、ワインエキスパートなら20歳以上で取ることができる。このふたつの難易度は同程度だ。なのでかなりの難関である。だが目指すほどの知識量が必要なはずだ。実際お母さんはソムリエだったのだから。
きっとやらなければならないことは盛り沢山である。だからこそ前を向いて行かなければならないのだ。
そして土曜日。午前中松村さんにメッセージを送るとすぐにお返事があり、翌日の日曜日、お昼から会えることになったのだった。
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