第15話 明るい光が射して
ええ日やね。それは
それを祐ちゃんに言うと、祐ちゃんは「それな」と少しばかり苦笑いを漏らす。
「実は俺、ちょっとズルした」
「ズル?」
祐ちゃんから出るとは思えない単語である。守梨が目を丸くすると、祐ちゃんは「はは」と力のない笑いを浮かべる。
「おやっさんとの差が出にくい料理を選んだんや。
「そうなん?」
守梨には、祐ちゃんがお父さんに習って作ってくれるお料理はどれも美味しいと思って食べていたので、祐ちゃんがそんな風に思っていたなんて思わなかった。
「祐ちゃんて、こだわりが強いんかな。でも完璧主義やんねぇ」
「どうやろ。俺にそんなつもりはあれへんけどなぁ」
祐ちゃんは首をひねるが、守梨から見た祐ちゃんは大概のことを完璧にこなしてしまう印象があった。だからそうなのかと思っていたのだが。
そんな祐ちゃんなので、お料理で手こずっている様子なのは意外でもあった。もちろん祐ちゃんだって努力はしているだろう。今だってまさにそうだ。軽々と何でもできてしまうわけでは無いのだろう。
だが自信が無いと、守梨に弱音を言うのはきっと初めてだった。守梨は普段、特にここ最近は情けないところをたくさん見せてしまったので、少し嬉しい気持ちが沸いてしまう。人が悪いだろうか。
「エチュベ(蒸し焼き)とかブレゼ(蒸し煮)でも、あんま変わらん。でもポワレ(焼き)とかアロゼ(オイル掛け焼き)とかは加減が微妙やねん。少しぐらいの違いやったらあんま差は出ぇへん。けど生焼けが怖くて、どうしても火を通しすぎてまうんやな」
お料理下手な守梨も、お肉などをフライパンで焼くとなると、同じ傾向に陥る。滅多にしないことなのだが、それでも食べたくなれば、特に今は自分で焼くなりするしか無い。
いつかの日曜日、お父さんのレシピを見ながら鶏肉をポワレした。レシピにはおおよその時間は記してあったものの、正確には分からない。祐ちゃんの言う通り、厚みなどで変わって来る。そこで守梨は焼き過ぎてしまって、硬い仕上がりになってしまったのだ。
守梨と祐ちゃんではそもそもの腕前が違うので、比べることもおこがましい。それでも生焼けを避けたくなる気持ちだけは分かる。食中毒は避けたいものだ。
「私はいつも祐ちゃんが作ってくれるポアレもアロゼも、美味しく食べてるけどなぁ。でも祐ちゃんにとっては、わずかな違いとかも気になるんやろうなぁ」
「作っといて何やけど、俺もこれまでそこまでええもんばっかり食べて来たわけや無いから、そんな細かなとこまで分からんのやと思う。でもな」
祐ちゃんはここで言葉を切ってしまう。そして考え込む様に目を伏せた。
「祐ちゃん?」
守梨が聞くが、祐ちゃんは黙り込んだままでじっと床に目線を注ぐ。
「祐ちゃん?」
もう1度問うと、祐ちゃんはすくっと立ち上がった。
「ちょっと待っとって」
祐ちゃんは言い残すと、リビングを出て行った。足音の動き方から、どうやら下に降りた様だ。
数分後、戻って来た祐ちゃんの顔を見た守梨は目を見張った。祐ちゃんは真剣な表情を守梨に向け、立ったまま重々しく口を開いた。
「守梨に、頼みがあんねん」
「何?」
祐ちゃんのお願いなら、守梨ができることなら何でもしたいと思うのだが。
「俺を、……俺を「テリア」の料理人にしてくれへんやろか」
守梨は驚きで大きく目を見開いた。確かに最近、祐ちゃんが一緒に「テリア」をやってくれたら嬉しいと思う様になっていた。だがそれは難しいと、叶わないと思い込んでいた。なのにまさか、祐ちゃんから言ってくれるなんて。
「……ほんまに?」
守梨は震える声でそう言うのがやっとだった。驚きと感激で、頭が真っ白になる。途端、前途に強く明るい光が射した様に感じた。
「うん。さっき、おやっさんとお袋さんにも聞いて来た。守梨がええならええって言うてくれた。まだ俺は自分が納得できる腕や無いけど、これからも頑張るから。せやから、ええか?」
守梨はふらりと立ち上がる。祐ちゃんの近くに行きたくて。早く返事をしたくて。感謝を伝えたくて。それから。
大きな嬉しさを、伝えたくて。
「ありがとう、祐ちゃん。ほんまにありがとう……!」
守梨はそっと祐ちゃんの手を取った。ふわりと包み込む。将来この手が「テリア」のお料理を作り出してくれるのだ。
「ううん、俺こそや。おやっさんの跡を継ぎたいて思ったんや。俺こそ、ありがとう」
「ううん、ううん……!」
守梨は祐ちゃんの言葉に首を振り続ける。目尻から流れた細い涙が頬を走った。
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