第12話 選択
「
幽霊の世界に詳しくは無いので、その言葉を聞いたことがある程度。だが守梨は首を振る気力も沸かず、呆然と床を見つめていた。
それを肯定と取ったのか否定と取ったのか、
「輪廻転生は、ざっくり言うと、死んだ魂が生まれ変わることやな。けど魂が消滅したら、その輪に入られへんことになる。すっかりと消えてまうんやから、生まれ変わることも無くなるんやな」
時が経てば、また両親との別れの時が来ることは分かっていた。覚悟はしているつもりでも、きっと守梨はまた沈んでしまうだろう。耐えられる自信があるなんて言えなかった。
それでもきっと時間が解決してくれる。「テリア」を再開するという支えだってある。今は祐ちゃんだっていてくれる。それで少しでも顔を上げられたらと思っていたのだ。
なのに急に「その時」が来て、そして魂が消滅するだなんて。とてもでは無いが受け入れられない。
「お父はんは悪霊になるか、地獄に行くか、消滅するか。このみっつしか無い。どれを選ぶかは守梨ちゃん次第や」
どれも選べるわけ無いでは無いか。どれもお父さんにとって悪いことでは無いか。しかも消滅を選べば、お母さん
「まぁなぁ、こんなん選ばれへんわなぁ。でも、俺は消滅をおすすめするわ。そうしたら守梨ちゃんは両親と会える、お父はんは悪霊にもなれへんし、地獄にも行かへん。他に無いと思うんやけどなぁ」
弥勒さんののんびりとした口調に、守梨は(そうなんやろか)とぼんやり思う。確かにお父さんとお母さんに会いたい。でも魂が消えてしまえば、ふたりはどうなってしまうのだろうか。
すでに両親はこの世のものでは無い。それでも魂が転生するなら、またふたりの魂がとこかで新しい生を受けて、元気に笑ってくれる。それは
「守梨」
「酷なこと言うけど、俺も、守梨とおやっさんとお袋さんが会える方がええと思う。このままやと、おやっさんが悪霊になるんは避けられへん。俺はそれがいちばん嫌や。悪霊ってな、自分が恨む人に害を成すんや。おやっさんが誰かを恨んでたとは思わへんけど、そういう性質のもんなんや。そんで誰かに
守梨だって、お父さんとお母さんに会いたい。だが、踏ん切りが付かない。だって、これで2度と両親に会えなくなるのだ。
いや、会える会えないで言えば、悪霊のことが無くとも、守梨の小さな霊感では一生無理だろう。それでもそばにいてくれるのと、消えてしまうのとでは、
「……お父さんとお母さん、私に会いたがってる?」
「うん。触れて、話がしたいて言うてはる。自分らは消えてもええて。悪霊になるよりよっぽどええって」
それを聞いて、守梨は選択肢の中で揺らぐ。だからか、少し落ち着くことができた。すると、新たな疑問が沸いてくる。
「……なんで、私と会えたら、お父さんら、消えてまうん?」
「ああ、言うてへんかったな」
弥勒さんが口を開く。
「このお守りは、守梨ちゃんの霊力を一時的に上げるんやけど、それだけやったら足りひんねん。ほら、お父はんが、なんや梨本やっけ? 突き飛ばした時、一瞬姿が見えたやろ」
「はい」
「あれは、お父はんが無理して、力を出したからやねん。このお守りはそれを引き出すねん。お父はんはすでに力を使ってるから、お母はんの力をさらに上乗せする感じやな。それでふたりの力をとんとんにすんねん。霊が見えへん人に見せるってことはな、霊側にとってあんまええことや無いねん。罪の上乗せになってまうんや。せやからこうするしか無いんや」
「お守りひとつで、そこまでできるんですか?」
「できてまうねん。わしは優秀やからなぁ」
弥勒さんはおどけた様に言う。それに守梨は思わず「くすり」と小さく笑みを浮かべた。
きっと弥勒さんは、祐ちゃんから話を聞いて、お父さんにもお母さんにも、そして守梨にも、良い様になる様に考えてくれたのだ。これまで気配しか感じるしかできなかった守梨と両親を会わせ、お父さんを悪霊にしない方法を。
守梨とて、お父さんに悪霊になんてなって欲しく無い。もちろん消えて欲しくも無いが、もうきっと、他には無いのだ。守梨は心を決めた。
「祐ちゃん、弥勒さん、私、両親に会います。会いたいです」
「うん」
弥勒さんはにんまりと口角を上げて頷くと、お守り袋を守梨に差し出した。
「正直、お父はんの状態もあるから、そう長くは保たんと思う。全部を伝えることは難しいかも知れんけど、せやから、少しでも後悔の無い様にな」
「……はい」
守梨は緊張しながら、おずおずと両手でお守り袋を受け取る。そしてそれを握り締め、両親が座っているドア近くのテーブルを見ると。
徐々に両親の姿が浮かび上がって来る。透けた姿から、徐々にはっきりと現して行って。守梨の頬に熱いものが伝う。
「……お父さん、お母さん」
『守梨!』
『守梨……っ』
守梨が祐ちゃんの手を離れて駆け寄ると、笑顔のお父さんと泣き笑いのお母さんが立ち上がって受け止めてくれた。ああ、見えている。聞こえている。触れている。
「お、お父さ、おか、お母さ」
守梨は声を詰まらせながら、ふたりの胸に涙で濡れた顔を埋めた。
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