第11話 両親との思い出
夜になり、
守梨はお料理下手なのであるが、かろうじて包丁は使えるのである。おつゆはめんつゆを使うので、パッケージに書かれている分量通りのお水で割れば失敗しようが無い。
「いただきます」
守梨はかつてお父さんに教えてもらったことがある。
「守梨、お料理苦手な人間がちゃんとしたもんを作りたかったら、レシピを守ることが大前提や。隠し味やら何やら、レシピに無いもんを下手に入れるから味が狂うんや。それと分量と火加減も、慣れへんうちはアレンジせんことや」
例えばカレーにはチョコレートやインスタントコーヒー、ミートソースにはオイスターソースやお味噌など、守梨でも知っている数々の隠し味がある。お料理下手はそれを入れれば入れるほど美味しくなると思いがちで、隠し味どころでは無くなってしまうのだ。
守梨もかつてはそう思っていた。だが入れ過ぎれば大元の味を壊してしまう。お父さんに教えてもらい、驚いたことのひとつだった。
お父さんが教えてくれたことのほとんどが、お料理に関することだった。お父さんは普段は物静かな人だったのだが、お料理の話になると
そんなお父さんの血を継いでいるし、お母さんもお料理下手では無かったのに、どうして守梨がお料理音痴になってしまったのか。それが不思議でなからなかった。
両親にそのことを言うと、お母さんはおかしそうに笑いながら言った。
「守梨、それが個性ってやつやで」
個性。お料理下手がそんな良いものだろうか。守梨が首を傾げると。
「ええもんも悪いもんも、個性は個性。その人が持ってるもんや。まぁ人さまに迷惑とか掛けてまう様な個性やったら難しいけど、守梨の場合、そうや無いんやし」
「えー、でもさ、将来結婚できたとしてやで? お料理できひん奥さんってどうなん?」
守梨とて女の子の端くれである。結婚に憧れ……まであるかどうかはともかく、生きていればそういうタイミングだってあるかも知れない。
すると両親はきょとんとした顔を見合わせて、おかしそうに小さく笑った。
「何で奥さんがお料理せなあかんの? できる方がしたらええやん。うちかて基本ご飯はお父さんが作ってるやろ? 共働きなんやし」
……目から
松村さんが来てからは松村さんが作る様になったが、そう言えば「テリア」がオープンしてから、お料理はもっぱらお父さんの役目になっていたのだ。
「ほな、お料理上手な人と出会いたいなぁ。出会えるやろか」
「思ってれば叶うこともあるで。ま、私らは守梨が幸せになることがいちばんやけどな」
「そのためにも美味しいもん作ってくれる人がええわ。がんばろ」
「あんま肩肘張らんとな。焦りは目を曇らすから」
「さすがにまだ焦ってはないけどね〜」
この時守梨は大学を卒業して就職したばかりだった。結婚してもおかしく無い年齢ではあったが、まぁまだ早いと思っていた。なので焦りも何もあったものでは無い。
そして25歳になった今、守梨には結婚の気配も無い。今は特に両親のこともあって、考えられるはずも無い。
まだ完全に立ち直れないまでも、松村さんが出してくれたビーフシチューを口にし、ドミグラスソースが取り戻せるかも知れない希望、そして両親の霊がそばにいることで、守梨の心は少しばかり上向きになり、食欲も少しだが戻って来ていた。
守梨は過去の両親とのやりとりを思い出しながら、つるつるとお箸を動かす。喉越しの良いおそうめんにたっぷりの薬味を添えるこのおこんだては、昔お母さんが良く作ってくれていた。暑くて食欲を失いがちな時にも食べやすいからだ。守梨は夏バテを起こしがちなのである。
今はまだ春なので身体そのものは元気だ。だが食欲が戻りきっていない今、これぐらいの内容が適している。守梨は昔から食欲が落ちている時、白くて冷たいものならどうにか食べられたのである。
最近は出来合いに頼っていたが、自分で麺を茹でて作ろうと思える様になったことが進歩である。気力が戻りつつあると言うことなのだ。
青ねぎ、みょうが、大葉の組み合わせが守梨は好きである。おそうめんもそうだが、おうどんや冷や奴に乗せても美味しい。ここしばらくは薬味の用意をする気にもなれなかったので、久々の味だった。
癖の強いもの同士ではあるのだが、妙に調和するのである。共通するのは爽やかな味わい。それらとおつゆが絡んだおそうめんを、ゆっくりと口に運んで行く。
「マルチニール」で松村さんが手掛けたお肉料理やお魚料理なら食べられた。なら、そろそろしっかりしたものも食べられるだろうか。
白いものが食べやすいのは確かなのだが、こんな淡白なものばかり食べていては体力が保たない。もちろん食べないよりはましなのだが、このままだと栄養も
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