44.一座の踊り子
屋敷の客室も、例に漏れず豪華に仕立てられていた。
俺の部屋に加えて、トモエさんとトッシュも、各個人で客室をあてがわれ、しかも部屋には風呂の設備が完備。
これには正直、長旅で疲れた体にはうれしかった。
「くっそ……悔しいが、風呂は有難い」
しかしながら、湯上がりにゆっくりする時間もなく、直ぐに屋敷の使用人が俺たちを呼びにきた。食事の準備が整ったとのことだ。なんともせわしない。
案内された大広間には、既に豪華な食事が並べられていた。
そしてトモエさんとトッシュも、同じテーブルに着席した。最初は、使用人用の別卓での席が設けてあったが、俺が村長に注文を付けて、同じ卓で座ってもらうよう調整した。
「よ、よろしいのですか?」
「ああ、頼む」
村長は驚いた表情を見せた。貴族階級とそれ以外では、別卓で食事するのが当たり前の世界だから仕方ない。だが、俺が単純にそういう階級区別が嫌いなのを伝えると、
「は、はあ……ランジェ様が仰るのなら……」
と、半ば戸惑いながらも、俺たちを同席にしてくれた。もちろん、口にする食べ物も同じにしてもらった。
ククゥイ村の名物として出されたスープは、うまみ以上に辛味が強かった。
ここは、極北リンドーダ領土。現地で摂取されるものは、寒さに負けじと、辛さで暖をとれるものがメインになる。
(しかし、辛味の中に野菜や肉の甘味が感じられる。旨いな)
ピタパや芋のフライが一緒に盛り付けられ、これらを辛いスープに浸し、口にするとちょうどよい旨辛味になった。
「いかがですかな! 当村自慢のスープのお味は!」
「……ああ、旨いよ」
しかし素直に、その旨さに感動ができなかった。トモエさんもトッシュも、同じ思いだったようだ。食事は口に運んでいるが、しかし、表情は曇っていた。
村の荒廃具合を、ここに来る前に見ていると、この食事に使われた野菜や肉は、どこで採れたものなのだろう? という疑問符が必ずつきまとう。
村で採れたものとは考えにくいし、ほかの農村から買ってきたにしても、そのお金はどこから捻出したのだ?
「……」
俺達が、そんな感傷を受けていることに気づいていないようで、ことあるごとに食事について自慢を続ける村長。
後ろで給仕をするメイドや料理人たちも、表情はなんとなく暗い。村長の横柄な態度には、彼らもうんざりしているといったところか。
「──それでですね、ランジェ=ヴァリヤーズ様」
「……ん?」
一部心ここにあらず、といった感じで話を聞いていたので、村長の会話内容のほとんどが、右から左に筒抜けだった。全然覚えてねぇ。
「今後の、ククゥイ村の発展にも、ヴァリヤーズ領主のご協力が必要と考えております……」
「──その言葉は、村長。聞き捨てならないな。まるでリンドーダから一刻も早く離れたいとも聞こえるぞ」
「少なくとも、我々の救援はリンドーダ領主には聞き入れられませんでした。過去にも似たようなことはございまして、我々はもはや、リンドーダに見限られたと行っても過言ではありません」
「……」
「今回のご支援を期に、是非とも、領境の交渉を──ひいては、ククゥイ村をリンドーダからヴァリヤーズ領地へ移管の交渉を……」
「考えとくよ」
「ありがとうございます、うっひっひ」
ニタニタと笑う顔には、品性の欠片も見られない。
……リンドーダがククゥイ村を見限った原因は、寒さや荒れ地ということだけ、ではなさそうだ。
(ランジェ様。あまりそういうお約束事を軽々と……)
小さな声で、トモエさんが耳打ちする。
(わかっているよ。ただ、少なく見積もっても、コイツが村のトップである限り、この村はよくならない)
万に一つ、ククゥイ村の領地獲得に至った場合は、即刻この村長をクビにする。ということに決めた。ただ領地の移管となれば、現実問題、相当な手間と、時間と、金と、コネが必要だ。
(まあ今回は適当に流して──適当に種の値段を極限までつり上げて売って、適当に帰ることにするよ)
(承知いたしました)
本当に最初は、人助けにと考えていた。しかし村の現状を確認したことで、その気持ちは彼方へ吹き飛んだ。
いろいろとアフターサービスも考えていたが……そこまでする恩義が感じられなくなった。
「……うっ」
口の中を潤そうと、手元の杯に注がれた酒を口にした。しかしそれは極寒地特有の、非常にアルコール度数の高い酒であり、また、暖を取るために特化させたためか、あまりお酒の精度としては、褒められたものではなかった。
「これは悪酔いするな……トッシュ、無理するなよ」
「……はい……うっ」
ガタイは大きく、顔には無数の傷。傭兵特有の肉付きの彼だか、実は酒はからっきしダメなのだそう。今回、話の流れに付き合わせ飲ませてしまったが、少し申し訳なかった。
一方。
「トモエさんは、飲みすぎないように」
「分かっておりますわランジェ様。トモエは節操を
そんな彼女の顔は真っ赤っ赤だった。
トモエさんは結構な大酒くらいである。顔は真っ赤で酔った風に見えるが、しかしながら、意識は結構しっかりしている……らしい。
……余談だが。
我が父、オラン=ヴァリヤーズが昔、当時旅の踊り子だったトモエさんをべろんべろんに酔わせてしまおうと、飲み勝負を仕掛けてきた……のが最初の出会いだとのこと。
……まあそんな『運命のいたずら』が発生して、勇者が爆誕したわけで……。
ホント余談だな。
「……おや、そろそろ余興が必要ですかな!」
あまりに黙していた俺たちが、退屈していたと勘案した村長が、給仕たちに目配せし、手を叩いた。すると、ランプの一部が消灯した。
大広間の正面には、簡易的な舞台が構えてある造りで、その台の上に、ぞろぞろと人が登壇していった。
(……踊り、か)
芸人風な出で立ちの軍団だった。現世でも見たことある弦楽器を携えた男が二人、コンガのような打楽器担当が一人。そして、踊り子の女が一人。こちらは、かなり際どい格好の女性であった。
(えっ)
その踊り子を一目見て、俺は、息を呑んだ。心臓がドキリとし、意識がすべて彼女に吸い込まれてしまうような……。
なにか、不思議な力で引っ張られてしまったようだった。
(なんだ……この感じ)
かくして、余興の踊りが始まった。踊り子の姿に見合った、妖艶な踊りだった。手首足首に巻かれた鈴が、激しく身体を動かす度にリズミカルに鳴り響く。
首に巻かれた黒色のチョーカーは、彼女の肌の色とは相反していたが、それが却って彼女の色白さを引き立てていた。
そして踊り子の黒い瞳は、わずかなランプの炎を反射し輝く。セミロングに切り揃えられた金髪は煌めき躍動する。
その踊りと容姿に心奪われるも、俺は、もう一点の身体的特徴から目が離せなかった。
耳が、長いのだ。
そう、誰もが見知った「あの」種族だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます