21.馬車と簀巻きと荷物検査
ガタガタ……ガタガタ……。
馬車は左右に揺れながら、しかし確実に目的へとむかっていった。
俺たちが乗っているのは、村と街を結ぶ定期便だそうだ。6日に1回の頻度で、村と街を巡っているとのこと。
馬車は荷物を置くだけでなく、人もある程度載せられるような造りがされていた。横壁には、座れるスペース(跳ね上げ式の板)が簡易的に設けてあった。
「お二方、幼馴染みなんですねぇ」
「おうよ! 昔っからクウは、あたしにべったりでさ!」
「ファンダが心配だからだよ……」
村を出てから、彼女たちの会話は途切れることなく続いていた。椅子に腰掛け、3人横並びで、和気あいあいと話に花を咲かせていた。
「女三人、まさに
「むっ」
「きっ!」
「……」
賑やかだった会話は、俺の発した一言で一時停止した。
三人の視線は一斉に、荷物として積まれた俺(布でぐるぐる巻きの状態)に向けられたのだった。
「そろそろ……許してもらえませんかね?」
身体を布で縛られ身動きが取れない俺。モゾモゾと体を動かすも、かろうじて顔が出せただけである。
「ランジェ様、もう少し反省なさってください」
「貯水池に沈められなかっただけ良かったと思いな!」
「……ムッ」
どうやら俺は、しばらくはこのままの格好のようだ。クウに至っては、目すら合わせてくれない。
「てーかさ? みんなはクウが『女の子』って知ってたのか?!」
「当たり前ですよぉ。ランジェ様?」
「クウが男だぁ? 寝言は寝てから言えよ」
「……フンッ!」
だめだ、性別を勘違いしていたという弁明は、どうやら通用しないらしい。多数決で負けている。
「もうしばらく、布で巻いておきましょうねぇー」
「ランジェに反省の色は無いらしい!」
「いつ襲ってくるか、判らないしね」
「……」
俺は何も言い返せなかった。というか、女性3人に男一人。セクハラ弁明で勝てる目論見もない。
結局、『馬車同伴中に間違いがないように』と、俺は街に着くまで簀巻きにされているのであった……。
***
荷馬車は想定よりも早く、『城塞都市ランニーフ』に到着した。
立派な石壁はまるで城壁で、外からの許可なき潜入を拒んでいた。この街はヴァリヤーズ市街の東端に位置しており、ある種の『砦』『関所』のような役割を果たしていた。
城壁の外には小高い山が
「止まれ! 荷物の確認を行う!」
しかし交易の円滑さを上げるため、ほとんどの荷馬車は城門で止められることはない。すべての荷物や人物をチェックをしようものなら、ものの数日で、門前には難民キャンプが形成されるだろう。
そのため、荷馬車はランダムに荷物検査が実施される。違法な荷物や薬物、その他、『指名手配されている人物』の有無の確認などだ。
そしてそのランダム検査が、『俺たちの馬車』に行われたのだった。
「へ、へい……どうぞ」
運転手が馬をなだめ、荷馬車を停止させた。すると検査員と思しき衛兵が、馬車の幌を開け、中を覗いた。
「冒険者2人にメイド1人……荷物は日常品、交易品……か」
さっと荷馬車を一瞥する検査員。するとその検査員は、荷物の中に一際目立つ、太巻きにされた布を指差した。
「これはなんだ?」
「交易用の、中古の反物ですぅ」
「端切れだよ、端切れ」
「ボロ雑巾」
ヒドい言われようである。
「なるほど、確かに汚いな」
咽び泣くぞ。
「……異常無し! 良し!」
検査員の目が節穴で助かった。
幌を戻し、検査員は馬車から離れていった。程なくして馬車は動きだし、俺たちはやっとヴァリヤーズ領地の市街地に踏み込むことが出来たのだった。
「……ボロ雑巾って……」
何気にクウに言われた一言が、俺の心に一番大きな傷をつけた。
「もう大丈夫ですよ~ランジェ様」
「運転手のおっちゃんも、ありがとうな!」
すると運転手は、右手で手綱を操りながら、左手で親指をたてるハンドサインを見せた。
どうやらちょくちょく『こういう』荷物は運ばされているみたいで、色々と慣れていた。
「しかし、結果的に助かったよ。荷物検査があるとは思わなかった」
「ランジェ様、顔が割れてますからねぇ」
実は俺は、単に変態行為を咎められたために、ぐるぐる巻きにされていたわけではない。
俺はあくまで『追放された身』なのだ。それが、ヴァリヤーズ家の手が届く領地に戻ってくること自体、問題である。
ましてや現状、明らかにヴァリヤーズの『誰か』に命を狙われている。あのゴブリン事件の一件で身にしみた。
現実問題、ゆったり帰省旅行といった雰囲気ではないのだ。
「……なんとなく、訳アリっぽかったからさ」
やっとクウが俺を見て話してくれた。が、すぐにそっぽをむいた。
うん、彼女は本気で俺を嫌悪している。誤解を解く……というか、彼女が俺を許してくれる日は来るのだろうか。
「あたしは仲間を売るようなことはしねぇぜ! 勇者だからなっ!」
そういって、ファンダはあの下品な笑い声を上げた。最初こそは耳障りと感じていたが、今となっては、だいぶ慣れたものだ。
「……ふたりとも、マジ助かったぜ、ありがとうな」
クウにファンダの協力もあって、俺は無事、ヴァリヤーズ家に戻る第一歩を踏み出すことができたのだった。
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