20.あ、終わった

 禁足地に踏み込んだような感覚──いや違う。

 すで俺はそこに駆け込み、それどころか地雷にしっかり体重が乗っている状態だ。


 ……まて、まだ慌てるような状態ではない。まだ大丈夫。まだここから退く方法は、ある。


 踏んだ地雷も、近くに落ちている岩などを利用できれば、爆発させずに脱出することもできると聞いたことがある。


 やり方は一緒。俺は、これ以上刺激を与えないよう、ゆっくりと、脱がした服を戻して……。


「ん……。ファンダ?」


 最悪のタイミングでのお目覚めである。


 彼──いや、『彼女』は、ぼんやりと目を開けた。すると俺と目があってしまった。


 とっさに俺は、クウから目を背けようと下を向いた。しかし目をそらすも、その方角には、慎ましいながらちゃんと膨らんでいる2つの小山が構えていた。


「クウ、これは、違うんだ」

「──」


 極力ポーカーフェイスで、俺はクウの顔を見た。幸運にも、寝ぼけているのか、クウは無表情であった。


 よし、まだ気づいていないようだ。

 これならまだやり過ごせ──否。刹那、彼女の顔が一気に真っ赤になった。


 あー。

 こりゃ無理だ。


「クウ、これは、違うんだ」

 なんとか誤魔化せないかと、頭を巡らせるも良いアイデアは出てこない。せめて服を戻すべきであれば良かったのだが、そこまで頭が回らなかった。


「──」

 真っ赤に染まった顔を俺に向けながら、固まっていたクウ。しかし、彼女の体全体がワナワナと震えていることが、俺の手に伝わった。


 あ。俺、体に触れたまんまだったわ。


 いろいろ言い訳不可避である。


「クウ、これは、違うんだ」

 もう何度目のセリフだろうか。脳内からこのセリフしか信号が送られてこない。


 筋肉痛で動けない女性に対して、密室で、男が服を剥いでいる。

 こんな状況、誰かに見られたら『誤解』では済まされない。



 ──そうか。『誰かに見られなければ良い』のだ。



「──でさ! クウは昔っからアタシがいないと──」

「あらあらぁ──」



 あ、終わった。

 廊下側から話し声が聞こえてきた。

 その声の主は、ファンダと、ナツだ。

 その会話は着実に、この部屋に向かって来ていたのだ。


「──! ダメだ、入るな……」


 バァン! と、俺の静止も全く無意味に、そしてノックもデリカシーも無しに、禁断の扉が開かれた。


「クウ! 着替えをもってき……」

「クウ様、汗をお拭き……」


 ばしゃああああん。と、ナツが持ってきた水入り桶が落ちる音。


 ファンダは目の前の光景に、目を見開き怒りの表情を見せた。

 ナツは……驚くほど笑顔だ。笑顔だけど、こめかみがピクピクしている。青筋っぽいのも視認できた。


「いや、これは、違うんだ」


 そう弁明する俺の手は、未だにクウの柔肌から離れていない。驚きと緊張で、筋肉が硬直してしまっていたのだ。……現状、ただの無意味な言い訳でしか無い。


 こんな状態での釈明が、彼女たちに通じることは無かった。



「……てめぇ! クウに手をだしやがったなっ!!」

「不潔ですううううっ! ランジェ様あっ!」


 ファンダとナツの、非常に息のあった攻撃が飛んできた。

 ファンダは全体重を載せた飛び蹴りで、俺の脇腹にクリーンヒット。

 ナツは全力のラリアットで、右腕が俺の首にめり込んだ。


「……へぶっ!」


 二人の全力の攻撃を一身に受け止めてしまい、俺の体は、宿の窓を突き抜け、錐揉みきりもみしながら空を舞った。


 もちろん、ここは2階である。この攻撃に追従して、落下ダメージが約束されている。


「こ……これは……違うんだ……」


 そんな状況下でも、ただただ俺は、言い訳を口にするしか出来なかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る