39.本当の復讐者
まるで演劇の舞台だった。その演目は、悲劇か、喜劇か、はたまた復讐劇か。
オーディエンスは騒ぎ立ちつつも、俺たち演者の行く末を見守っていた。そして今、観客の怪訝な眼差しは、親父とトモエさんの双方に向けられていた。
この中で一番取り乱していたのは、もしかしたら親父かもしれない。
トモエさんの告発に、全く心当たりが無い、といった様相なのだ。
「なん……だと! そんなわけなかろう! 儂は妻、ジーナ一筋だっ!」
ジーナは母の名前だ。
目を見開き、手を広げて、身の潔白を証明しようとする親父に対して、トモエさんが
「……『旅芸人の踊り子、ミカ』。お忘れとは言わせませんよ?」
「……!!」
トモエさんの口からでた人物の名前を聞いたとたん、先程まで真っ赤に染めていた親父の顔色が、一気に青ざめた。
一方のトモエさん。こちらは逆に、全く表情が読み取れない。
怒っているとも、冷めているともいった感じた。
「なん、あの……あのときの……いや、しかし顔が違う!」
「出産を経ると変わるものです。当時の化粧もあったでしょう。あ、ミカという名前は芸名ですよ」
淡々と述べるトモエさんが恐怖でしかなかった。
そしてこれらの会話は、皮肉にも、ナツが勇者であることの答え合わせになっていた。
なぜ、ナツの中に【勇者の才能】が花咲いたのか。それは当然だった。彼女こそ、真の『ヴァリヤーズ公爵の長子』なのだから。
「父上、あんた、なんてことを……」
「最低ですわ。お父様」
この事の重大さに、キストとカーリア兄妹も眉をひそめ、親父に対して軽蔑の眼差しだ。
「……う、嘘だ! 虚言だ! そのトモエという女が、嘘を!」
親父が必死に弁明するも、その言い分には無理があった。現に彼女──ナツは既に、勇者の剣を抜いてしまっている(俺の開花宣言のサポートもあったけど)。
クレーターの周囲から、冷ややかな視線が注がれる。
勇者の血筋の公爵が、どこの馬の骨とも分からない平民の踊り子と交わり、その娘が勇者に選ばれていたという事実に、皆呆れて、困惑していた。
(でも……一番きついのは、母上だよな)
この寸劇が始まってからずっと、トモエさんの横に立つ母親は動かなかった。俯いていたため、母の表情は伺えない。
もともと、体が病弱であるなか、親父の不倫が発覚。しかも絶対の信頼を寄せていたトモエさんが不倫相手。さらに子供も拵えており、その子が勇者……。
(それこそ、ショックで自殺なんてことも……)
俺が最悪の結末を心配していると、驚くことに母上が、トモエさんに手を引かれながら降りてきた。
心配していたよりも足取りはしっかりとしており、そして、右手にはがっしりと、オーガが携えそうな棘付きの金棍棒が握られていた。
……ん?
見間違えだろうか。
もう一度目を凝らして、母の右手が握るものを見た。
間違いない。金属製の棍棒だった。ぶん殴られたら一撃で頭蓋骨が陥没しそうな、凶悪な形のもの。
……あれぇ??
虚弱な女性が持つものとしては異質だった。鬼が担ぐような金棍棒を、母は片手で持ち上げていたのだ。
「ジーナ! 私は、この女に誑かされたんだ! し、信じてくれ!」
「……」
母が、親父の前に来るや否や、親父は言い訳を始めた。正直、勇者家系の公爵の威厳なんてものは微塵も感じられなかった。
それに、もし本当にトモエさんに誑かされたとしても、ナツと俺の誕生時期を考えれば、近い時期にトモエさんと母さん双方を抱いていることになる。
しかも片方は、正妻ではない、平民の踊り子。
そんな糞親父の懇願は、彼方に消えた。
鬼棍棒が、真横に振り抜かれた。刹那、信じられない勢いで、ヴァリヤーズ公爵家当主が吹っ飛んでいった。
母上は、汚物を見るような目で親父を見ていた。……いや、目の奥底には、怒りの炎が咲いているのが見えた。
「私はずっと、想っておりましたわ、オーレン」
母が口を開いた。病弱って聞いてたんだけど、いざ振りかぶった棍棒を持つ手は、筋骨隆々。むっきむきだった。
どういうことやねん。
「15年の積年の思いが、今日やっと成就します。あなたを……公の場で、ぶん殴れる機会に恵まれましたこと感謝しますわ」
母は、親父が吹っ飛んだ方に歩み寄った。顔面をぶっ飛ばされたはずの親父だったが、原型はとどめていたし、意識もあった。さすが勇者家系(?)、頑丈である。
「ま、まった! 一体、何がどういう……ぐおおおおふ」
親父が何かを喋ろうとしたが、そんなことお構いなし。再度、棍棒でぶん殴られる事になった。
「政略結婚……。当時から私を、妻として見てくれませんでしたね。私をただの、跡継ぎを孕む人形……『勇者を産む機械』としかみていなかった」
「そ、そんなことは無い! 儂はいつもお前を思って……」
「そして、キストとカーリアを産んだ後、『もう子を孕めない体になった』という医者の報告を受けると、今度は女としても見てくれなくなった」
「な……」
「私が『病弱と偽って』部屋に籠もったときに、あなたは一度でも見舞いに来ましたか?」
「そ、それは……ごふうううっ!」
親父の最後の言い訳を聞く前に、三度目の棍撃。今度は脇腹あたりにクリーンヒットしている。たぶん肋骨が逝ったな。
(こりゃあれだな……トモエさん、母さんにいろいろ吹き込んだな)
トモエさんはおそらく、身分を偽って公爵家に潜入したんだ。そしてどこかのタイミング(かなり早い時期)で母さんにだけ真相を明かした……すでに父への愛を失っていた母さんは、真意に呆れ、冷めた愛が憎しみに変化したといったところか。
15年の恨みが積み重なって、それが爆発した。
母の積年の恨みが、恐怖に具現化し周囲を包んでいた。
キストもカーリアも、母の凶変っぷりに身を引いている。なんなら互いに肩を震わせていた。同じく、ファンダもクウもビビって抱き合っている。
(……国王陛下も、だんまりか。こりゃ親父、全員に愛想をつかされたな)
俺はこの現状を冷静に観察することができた。家庭内の事情ということもあるのだろうが、誰も、母の暴走を止めないのだ。
「ぶっ殺す」
とうとう、母は親父に三行半を下した。三行半にしては短く、物騒な文言だった。
そして、鬼棍棒はまっすぐに、親父の脳天に振り下ろされた。
誰も、止めなかった。
誰も、止められなかった。
俺ももちろん、止めない。
これにて、俺の『復讐』が成就するのだから。
俺を追放し、ぶん殴って、暗殺を企てた親父への復讐が、これで果たされる。
そう。誰も、『止める理由』がなかった。……はずだった。
ただ、一人を除いて。
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