40.勇者の剣

 金属がぶつかり合う音が、教会内に反響した。

 全てを粉砕する重い金棍棒の一撃でも、その剣は折れることはなかった。


「もう……やめてください、奥様ぁっ!」

「! バカ、ナツ! 下がれっ!」

「何しているのナツ!」


 彼女の行動に、俺とトモエさんが同時に驚いた。ナツは勇者の剣を横に携え、母さんが振り下ろした金棍棒を防いでいたのだ。──親父をかばうように。


「おどきなさい、この……忌み子がっ!」

「どきません!」

「奥様! お約束が違います! ナツは認めていただけると!」


 やはりトモエさん、母さんと取引していたのか。


「このっ……」

 母の棍棒の握る手に更に力がこもる。しかし、【スキル:剛腕】を持つナツには叶わなかった。金棍棒は全く動かない。

「奥様……そしてお母さん……ナツの、数少ないワガママです。もう……こんなこと止めてくださいっ!」


「何を言うのナツ! あの男が……あいつが私の人生を全部狂わせたの! これは私の復讐でもあるのよ!」

「そうよ、それにこれは夫婦の問題でもあるの! 勇者あなたには関係無い! 勇者がこんな男を! 守る価値なんて……!」


「『こんな男』なのかもしれません……けど! この人、ナツの『お父さん』なんですうっ!!」

「……!!」


 涙を流しながらナツは叫んだ。その言葉を聞いた母さんは『ハッ』とした表情をして、そしてゆっくりと、後ずさりした。


「……くっ!」

 棍棒が、母さんの手から滑り落ちた。ドスンと音を立て、地面に小さな窪みを作り出した。


「そこまでじゃ」


 国王陛下が、一歩、また一歩と歩み寄った。もちろん多くの騎士団員(SPみたいなもんか)も連れて、最大限の警戒をもってだが。


「……国王陛下……」

 ナツは、礼節にならい、剣を地面に置き膝をついた。

「陛下……」

 母も、しばらく虚空を見上げていたが、大きくため息をついてから膝を折った。

 そして、トモエさんも、同じく膝をつき頭を垂れたのだった。


「なんということだ、ジーナ公爵夫人、そして、トモエ、ナツよ」

 国王は頭を抱えていた。さぞお困りだろう。


(これ……ほんとどう納めるのかね)


 この場面、どう落とし前つけるのだろう。

 陛下の御前で行われた、数々の無礼。

 そして、由緒正しき公爵家ではない、平民の勇者の誕生。

 親父は実質的に、ナツの父であることが証明されているが、不倫で産まれた平民の子を、貴族に招き入れる難しさもある。


 それに、勇者はいわば『人類の希望で偶像アイドル』なのだ。めかけの子供では箔がつかない。


(まあ、少なく見積もっても、親父と公爵家は終わりだろう……。結果的に、俺の復讐もこれにて成就……ん?)


 その時、俺は異変に気がついた。


 みんながナツと陛下に視線を向けている中、後方で失神しているはずの親父の体が、わずかに動いていたのだ。

 いや、正しくは動いたというより……変形した。


(……!!)


 それは瞬く間に、人の形ではなくなった。

 そしてその蠢くものの中に、俺は、巨大な黒い花が咲き誇っていたのが見えた。

 まるで勇者の花の真逆に位置するかのような、他を圧倒する禍々しさを全面に押し出した、巨大な花弁だった。


(ミツケタゾ ユウシャ)


 直感した。こいつは魔物だ。

 親父は魔物に変化したんだ。


 その魔物は、さらに体が膨れ上がり、伸びた右手からは巨大な鉤爪が生えてきていた。


「……! ナツ! 陛下っ!」


 俺はとっさに声を上げる。しかし、動きは魔物のほうが早かった。その伸びた腕を大きく振りかぶり、ナツたちに背後から襲いかかったのだ。


 陛下も護衛の騎士たちも。

 キストも、カーリアも、クウも。もちろんファンダも。

 母さんも、トモエさんも。

 突如として変化し現れた魔物に、誰も反応できなかった。


(間に合わない……っ!)


「お父さんから……出ていけっ!」


 その動きはまるで閃光。──煌めく流星のごとく。


 一瞬にして、勇者の剣を携えたナツが、その魔物の懐に飛び込んだ。そして勇者の剣は、魔物の胴体を捉え、真っ二つに裂くように通り抜けていった。


「……」


 断末魔を上げることもなく、魔物は静かに倒れた。

 だが不思議なことに、その魔物には傷ひとつ無かった。


(これが勇者……勇者の剣の真価、か。なるほどね……こいつは……)


 俺には見えていた。

 ナツが切ったのは、魔物本体ではない。そいつの中に咲いた『黒く狂い咲いていた花』を散らしたんだ。

 勇者の剣は、親父の中に生えていた漆黒の花を、根っこごと刈り取っていた。


「……!」


 倒れた魔物はみるみるうちに萎み、そして親父の姿に戻っていった。

 元々白髪交じりだった髪は完全に白髪になり、頬は一気に痩せこけていた。意識は戻っていないが、息はあるようだ。


「はあっ……はあっ……」

 がむしゃらに剣を振り抜いたナツは、肩で息をしていた。まだ勇者の力を十分に扱えていないのだろう。クウのときと一緒で、無理やり開花された才能に振り回されている。


「……見事だ、勇者よ!」

 しかし、このナツの活躍は、この場にいる人間全てを説得するのには十分だった。その証拠に、国王陛下の開口一番が、ナツを勇者と認めるものだった。


「勇気ある行動! 邪心を退ける力! 魔に染まった父を救わんとする慈悲の心! そして、勇者の剣『ハルヴェスター』を振るう姿は、紛うことなき勇者のそれである! ……国王の名のもとに、ナツ! そなたを真の勇者と認めよう!!」


 国王陛下の『勇者宣言』。

 これを皮切りに、まるで堰を切ったように、大歓声が響き渡った。

 勇者の誕生にないて喜ぶものもいれば、しかし、一部は平民勇者に不満を持つものもいるようだが。それでも、待望の勇者の誕生を多くの人間が喜んだ。


「……ほぇ……ほえええええええ!!!??」


 なんか、勇者と呼ばれた本人が一番戸惑っているようにも思えるけど……。


 ……それにこのあとの、親父や母上やトモエさんの処遇や、公爵家の未来を思うと、手放しでは喜べない。


 けど。


 それでもとりあえずは、大団円とも言えなくは無い、かな?

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