41.第一部エピローグ 〜咲く花、咲かない花〜

 そんなこんなで、時は流れ、1ヶ月後。


 一命を取り留めた親父は、しかし完全に『頭に花が咲いて』しまった。


『大衆の前で不倫と隠し子を打ち明けられ、しかもその子供が勇者となり、自分は魔物に変質し勇者と国王の命を奪おうとした』


 面目もプライドも信頼も、何もかも丸潰れである。


 そんなこんなで親父には、その後の余生を別荘にて過ごしてもらうことになった。いわば、療養という名の幽閉である。

 そして驚いたことに、なんと母上が、その親父に付いていくと言い出したのだ。確かに親父は、日常生活もままならないレベルまで衰弱していたが、この母の決断には心底驚かされた。

 親父は、まさに生きた心地がしないだろう。なんたって、本気で殺されかけた女を、常に横に携えて生きていくのだ。

 まさにザマァ。俺の復讐は十分すぎるほど成就した。


(しかしこの復讐劇──いや、ここまでくると悲劇なのか喜劇なのか──。俺は、彼女の復讐に加担しただけだったな)


 そんなことを思いながら、畑の雑草を抜いていると、その『彼女』が声を掛けてきた。


「ランジェ様、お茶が入りました」

「ありがとう、トモエさん」


 トモエさんの呼びかけに、俺は腰を上げ、服についた土汚れを軽く払った。

 眼の前には、広大な畑が広がっている。元々は、手入れ不足な庭木が生い茂っていた、無駄な敷地であったが、俺が命じて全部掘り返し、肥料を入れ、畑に作り替えさせた。


 そう。俺は、このヴァリヤーズ公爵家を継ぐことにしたのだ。


「お、ドライフルーツ旨いな」

「ほどよい甘味ですね、こちらも商品になります」


 畑仕事を一段落させ、今は午後のティータイム。

 トモエさん手製のドライフルーツをお茶請けに、茉莉花ジャスミン(によく似た花)のお茶を嗜んだ。


 ちなみに、このフルーツもお茶の花も、全てこちらの庭で採れたもの。

 単に趣味で庭いじりしているわけではない。せっかく授かった『開花宣言』の力をフル活用して、俺は、試験農場を始めていた。


 季節関係なく開花させる力。そして、実がなり、枯れる速度も早い。

 それこそ、本来なら何代も先になる交配結果が、ものの数刻で判明するのだ。チートもチートである。


「かなり寒さに強く調整できている。……よし、この種子を北方地区に配分しよう」


 病気に強いもの。

 寒暖差に負けないもの。

 荒れ地でも根が張れるもの。

 水が少なくても実がなるもの。


 いろいろな配合パターンを、適宜開花させ、選別。

 新たな品種の植物をつくり、領土に配分する。


 そうすれば、食糧問題は大きく改善されるし、どこでも育つ作物は、外部との交易には強力な武器になる。

 魔王復活に伴い、気候も大きく変動しているのだ。特に寒暖差に強い作物は、今後は重宝されるだろう。


(ま、ちょっと時間がかかるかも、だけど……正に、スローライフってとこだな)


 俺はカップに注がれたお茶を啜り、手紙を開いた。1週間に一度だけ届く、彼女たちからの手紙だ。トモエさんも椅子を持ち上げ、俺の横に付いて手紙を覗き込んだ。


「ナツたちも、ガンバてるなぁ」

「はい……そうですね……」

「心配?」

「当たり前です、娘を心配しない親など居ません」

(……俺は親父に殺されかけたけどね)


 これは修行中の『勇者ナツ』からの手紙。

 修行の内容は結構ヘビーなものだったが、ナツのたどたどしい文字が微笑ましく、修行の厳しさが伝わってこない。だが、それがナツらしいといえばナツらしい。




 あの教会での事件のあと。

 勇者生誕の一報は、瞬く間に国中に……伝わることは、無かった。


 その後も箝口令は敷かれ続け、結果、あの場にいた人物以外には、勇者が見つかったことは秘密とされた。


 国王は確かに、『勇者ナツ』を認めた。しかし彼女は『公爵の隠し子、妾の子で平民。さらにいえば、母親はメイド長で乳母』。


 いかに国王が認めようとも、勇者とは『人類の希望』となる人物だ。いろいろ問題があるのだろう。


 結果、秘密裏に、ナツ、キスト、カーリアの三人で、勇者としての修行を受けることになったのだった(なお、あのとき天啓を受けた妹カーリアも、なんと勇者の五光星【賢帝】だったとのこと。勇者の家系は伊達じゃなかった)。


 そんな、突然の使命を背負わされたナツだったが、意外と前向きにとらえてくれていた。


「これも運命なら! ナツ、頑張りますっ!」


 旅立つときの彼女は、覚悟を決めていたというか、なんというか一皮剥けたように感じた。


(……結局は、俺の復讐というより、『トモエさんの復讐』を担ったな)


 ナツの手紙を覗くトモエさんを横目に見ながら、そんなことを思う。


 今、トモエさんには、ヴァリヤーズ公爵家の『メイド長 兼 俺の秘書』として働いてもらっている。


 トモエさんは元々、あのあと公爵家を出ていくつもりだったらしいが、俺が呼び止めた。

 親父も母上も、公爵家としての公務から手を引くことになったため、公爵としてやっていくには人も経験者も足りていないのだ。


 俺の提案にトモエさんは心底驚いていたが、こちらの意図を汲んでくれて、今は俺の右腕となり支えてくれている。


「さ、ランジェさま。午後の公務のお時間です。本日も書類が貯まっておりますよ」

「うげぇ」


 ちゃんと土地を預かるものとしての職務もやっております。トモエさんは優秀な秘書な反面、仕事は厳しく、1ヶ月の間で俺はだいぶ鍛えられた。


 自室の書斎に向かい、扉を開ける。するとテーブルには、文字通りの書類の山だ。


「明日までに、お目遠しを」

「……いつになく多いな」

「最近は特に、魔物の被害報告が多いですね」

「まじかー。仕方ない、籠るから席をはずして」


 いつものルーティンである。ティーポットにたっぷりのお茶をいれてもらって、トモエさんには退出を願った。そして黙々と、書類チェックのスタートだ。


「転生前と、あんまり変わんねぇな」

 あの時も書類に追われた日々が続いていた。当時は平社員で、今の立場は雲泥の差であるが、やってることは変わらなかった。


「さて、と」

 俺ら気合いを入れ直し、椅子に深く腰かけ書類のチェックを始めようとした。


 その時である。


 胸を締め付ける痛み。

 心臓がドクンと跳ね上がる。

 一瞬にして息苦しさを覚えた。


「くっそ……まだ早いよ、ランジェ」

 すぐさま俺は薬を取り出し服用した。お茶はまだ熱かったが、そんなことに構っていられない。

 更に俺は能力を併用し、力ずくで押さえ込んだのだった。


「薬が効きにくくなってきたかな……少し成分を強めるか」


 窓に映る自身の姿を眺める。わずかに冷や汗をかき、息が乱れた自分ランジェの姿がそこにあった。

 そんな自分の姿に、俺は吐き捨てたのだった。


「……やっと、理解できたよランジェ。君が自殺を図った理由がね」



 ***



 俺が彼の体に転移する前、ランジェは高熱を出し、生死の境を彷徨っていた。


 なぜか。


 流行り病? それとも怪我? 


 違う。


 彼は、毒を口にしていたんだ。


 盛られた? 


 いや、どうやら彼は、自ら毒を調合し、服用した……つまりは、自殺を試みていたのだ。


 何故? 


 彼は気がついていた。自分が勇者ではないことに。

 天啓の儀を受ける前に、彼は既に目覚めていた。


『勇者魔王は、表裏一体』


 勇者が生まれるとき、魔王もまた生まれる。


 勇者の裏には魔王がいる。




 そう、ランジェ。君が、魔王だったんだな。




「……ふう」

 先ほど飲んだ薬がゆっくり効いてきた。動悸も落ち着いてきたが、日に日に、発作の際の息苦しさが強くなっている。


 今にも、俺の体の中の『魔王としての才能』が開花せんとしている。


 おそらく、勇者の誕生が呼び水となって、こっちの開花が早まったのだろう。

 実際のところ、俺自身の能力『開花宣言』で、花咲く時期をズラしているのが現状だ。


「参っちゃったね、これ」


 確かに転生の時は、異世界に一花ひとはな咲かせようとは思ったけど、まさか魔王こっち側だとは。


 一度は勇者を夢見てた分、結構ショックは大きい。けど、思った以上にその現実を、俺は冷静に受け止めることができていた。


「魔王になったときは……その時はその時だな」


 俺は、ウ~ン、と伸びをしながら、そんなことを呟いた。


 残念ながら、どんなに能力で押さえ込んでも……この『花の咲く時期』は、止められない。

 いつか俺は、人類の驚異となり、そして『勇者ナツ』たちの前に立ちはだかる存在となる。


「その時期が来たら……そうだな」


 俺は、お茶請けのドライフルーツを手に取った。


「ぱっとド派手に、世界を華やかにしてやりますか!」


 ナツは勇者の運命を受け入れた。

 だからランジェも、運命を受け入れよう。


 せっかくだから、魔王生誕の際には、派手に賑やかに暴れてやろう。


 俺はドライフルーツを噛みしめた。

 甘酸っぱい味覚が口のなかに広がる。旨い。

 こんな感情があるうちは、まだ人間なんだと思いたい。


 そんなことを耽りながら、俺はとりあえず、目の前の書類の束を片付けることに専念したのだった……。



 〜第一部 完〜

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転生者、咲き散らす! 〜勇者家系なのに『花咲かスキル』授かって用無しらしいので、世界ちょっと華やかにしてきます〜 黒片大豆 @kuropenn

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