06.田舎の別荘地へ
ガタガタガタ……
まさかあの後、直ぐに追い出されるとはね。
人の心とか無いんか、あの親父。
お見送り人数など、たかが知れてた。
急な命令であったため、人がいなかったものと思いたい。
ガタガタと激しく揺れる馬車に乗せられた俺は、治った頬を擦りながら、田舎の別荘地へと向かうのであった……。
***
「ランジェ様」
トモエさんが、部屋を出ようとした俺を引き止めた。
親父の使者が、俺を連れ出すため扉の前に来ていたのだが、彼女が強引に横入りしてきたのだ。
すると彼女は、腫れた俺の頬に、手を当てた。
「
淡い光が頬を包む。すると瞬く間に腫れは引き、口の中の切り傷も癒えた。
「回復術をランジェ様に使うことは、旦那様に止められてました。……これで最後であれば許されるでしょう」
トモエさん……。
あなただけは、最後まで優しかったよ。
「あの花瓶の花、トモエさんだよね、ありがとう。曇った心が、少し晴れやかになったよ」
「……お分かりでしたか」
何となく、だけどね。
これ以上、親父の使者を待たせることは出来ない。
俺はトモエさんに微笑み、ウィンクをして、自室を出た。
ずっとトモエさんは、頭を下げていた。
満開の花瓶の花は、風に揺れていた。
***
「
乗っている馬車には、まともな振動抑制機構など無かった。
幌は張ってあるが、厚手の白い幌が一枚だけ。防寒? 防風? 知らない言葉ですね。
板張りの床には、藁が申し分程度に敷いてあっただけ。椅子などありゃしない。
明らかにこれ、家畜か荷物運搬用のやつだわ。
天啓の儀で乗った馬車とは雲泥の差である。あの馬車のスプリングはよく効いていた(聞いたところ、風の術を使って僅かに浮かせていたらしい。さすが、貴族御用達の高級品である)。
俺のケツが、ソロソロ熟した果実並みになりそうな頃合いに、やっと最後の農村に到着した。馬車に揺られて、早3日である。
まあまあの田舎だ。酪農家っぽい家もみえた。
夜も更け始めたこともあり、冒険者用の宿をとり、ここで最後の休憩となった。
そして翌日。俺はとうとう、目的地を目の当たりにする。
先程の田舎村の、さらに外れ。
木々が鬱蒼と生い茂る、深い森の奥に連れていかれたのだ。
荒れ放題の道は馬車など通れる筈もなく。俺と、3日間連れ添った馬車の運転手兼使者が、藪を払いながら進んだ。
「こちらです、ランジェ様」
「……別荘と聞いていたはずだけど」
「こちらです」
使者が指差す建物はボロボロだった。
「……」
いろいろ言いたいこともあったが、使者に伝えても無意味だろう。
……この使者とも3日の付き合いだが、全くといって良いほど会話しなかったな。
「では、後で他の使いの者が来ますので。私はここで」
「え、あなたが残るんじゃないの?」
「はい、私の役目はここまでです」
どうやら別の従者が、遅れて来るらしい。
まあ、3日間でまともな会話が無いくらいなら、別の人間の方がマシかも知れんが。
俺は彼に軽く礼を述べて、建物の中に入ることにした。
ばぎり。
イキなりの洗礼だ。
玄関前の床が腐り、抜けた。嫌な予感が湯水のごとく溢れ出る。
同じく朽ちかけのドアを開ける。その瞬間、カビ臭さに襲われた。
「まずは換気だな」
開けられるとこは全て開けておこう。
至るところで雨漏りの跡。腐った建材、そして、カビカビだらけの壁……。
「うーん、廃墟! コレ別荘って言わない!」
俺は、肝試しにでも来たのだろうか。イヤ違う。俺は、ヴァリヤーズ家長男。『頭に花が咲いた』(気が狂った、の、この世界の韻語)ために別荘地に療養に出された筈だ。
窓という窓を開け、そのままの足取りで裏庭の方まで抜けてみた。
想定どおりというか、裏庭も雑草ぼーぼーだ。もうメチャクチャ。何が生えているかもわからない。
(……じーっ)
そんな鬱蒼と茂る植物たちを、俺は見つめた。
あ……こいつは蕾が芽吹きそう。こいつはそろそろ咲く頃か……。そんな情報が頭に流れ込む。
名前の知らない雑草でさえ、『いつ花が開くか』はハッキリと、文字通り手に取るように理解できる。
と、能力の確認を終えたのち、その裏庭を後にした。ここをどうするかは……また明日にでも考えよう。
てーか、ここで一晩過ごせってか??
おいおい、バラエティ番組のサバイバルでも、もっと処遇はマトモだぞ。
やっぱり、使者にも文句の一つくらい言ってやろうと玄関に戻るも、既に使者は居なくなっていた。
『俺の荷物一式と共に』、居なくなっていた……。
……。
……。
「あー……」
怒りよりも、呆れと自分の無用心さに情けなくなった。涙すら出ない。
これでハッキリした。おそらく、後から従者が来るというのも、『ウソ』だ。
俺が、生家から受けた本当の処分は……。
「花咲か爺さんじゃなくて。姥捨山だったか……」
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