05.花の咲く時期が分かるスキル
気づいたときには、ベッドに横たわっていた。
「いてぇ……」
顔に触れると、右頬は大きく腫れていた。口の中は鉄の味がしている。
この傷は、あの
***
父は激昂した。陛下の御前であるにも関わらず、多少パニック状態に陥り、意味不明な言葉を喚き散らしていた。
そんな取り乱した父を見て、今度は母は失神した。大慌てでトモエさんが支え、他の人たちの力も借りて医務室へ運ばれた。
そんな状況に、呆気に取られる陛下と大司祭、そして周囲の人々。
明らかに空気が悪い。
(そうか、剣が刺さっていた場所はクレーター状だから、酸素濃度が低いんだな)
と、現実なのか逃避なのかわからない思考を巡らせて、俺は只々、呆然と、混乱していくヴァリアーズ家の面々を見上げていた。
「大司祭様。一旦、全員を引き上げましょう」
ほぼほぼ放心状態の俺と、大司祭を見兼ねてか。
勇者の剣の近くに、文字通り飛んできた人物──キストがジャンブして跳んできた。
「もう収集がつきません。父上は……当家のほうで、なんとか収めます故」
***
ということがあり、俺たちは帰路についた。
父親も、なんとか冷静さを取り戻したのか、馬車の中では全く言葉を発せず、うつむいたままであった。
なんか、わずか数刻で一気にやせ細ったようにも見えた。
母も、この馬車に同伴しないと帰れないので、半ば無理矢理に乗ってもらった。
先程よりは顔色は良さそうであるが、トモエさんの支えがないと馬車にも乗れなかった。
そして、俺と、キスト、カーリアの弟妹。双子の二人は、ただまっすぐ、両親を見ていた。
……そう、俺など、まるで空気のような扱いであった。
が、状況は、家に着くや否や一変する。
タラップを使い馬車から降り、屋敷へ向かう途中で、俺は肩を強く引かれた。
「この……役立たずのゴミめっ!!」
「ぶべええっ!!!」
体を向けた刹那、既にそこには固く握られた拳が、俺の頬を捉えていた。
躊躇なく、
そして、ソイツは腰に据えていた剣を抜き、切っ先を俺に向けていた。
完全にご乱心だ。
陛下の御前では、これでも我慢してたのだろう。本心は、俺を剣のサビにしたくて仕方なかったのかも知れない。
激しく殴られたことが影響し、俺は既に気を失いかけていた。
父親が何か叫びながら、剣を両手に握り、振り下ろさんとするところまでは見えていた。しかしそこで意識を失い、これ以降は全く記憶がない。
***
またしても記憶喪失か、それとも再転生か。
などと思いつつ、改めて殴られた痕が残っていることを確認し、これが現実で、かつ、有り難いことに存命であることを実感した。
「残念」
正直、俺もショックだった。
てっきり、世界唯一の『勇者』になって、不安ながらも新たな異世界生活を望めると思っていたのに。
「父に殺されておけばよかったのかな」
そうすれば、再度
例えば、
「そうすれば……トモエさんの
「だいぶ余裕そうだな、兄様」
いきなりの来客に、目玉が飛び出そうなくらい驚いた。
そこには、キストが立っていた。彼は、ベッドに横になっている俺を覗き込んでいた。
「……聞いてた?」
「は? 何をだ?」
ぶっきらぼうに、且つめんどくさそうにキストは答えた。
「まあいい兄様。カーリアには感謝するんだな」
「……?」
「カーリアが
そうか。俺は妹に助けられたのか。
殴られて記憶が飛んでいるので、何故あの場面から生きて帰ってこれたのか解らなかったのだ。
「ありがとう……あとでお礼言っておく」
すると、キストは『フン』と鼻で笑った。そして俺を、蔑むような目で見下ろした。
「まさか勇者ではないとはね……だがこれで、オレにも御鉢が回ってきた、ってわけだ」
すると彼は、ニヤリと、ニヒルな笑いをした。彼の顔立ちは整っているためか、不快な感じはあまりしない。なんなら、そういうキザったさが非常に似合っていた。
「そうか、勇者は別に居るってことか」
「ああ、そしてそれは、オレが一番近い……じゃあな、能無し兄貴。田舎の別荘地で、静かに余生を過ごすんだな」
そんな台詞と共に、キストは部屋から出ていった。
「……田舎の別荘地、とか言ってたな」
キストが最後に残した言葉が気になった。現状を鑑みれば、俺はこの家には全く不要だ。だが、命を奪うほどでもないと判断されたようだ。
すると、考えつく処遇は……『追放』である。キストの言い方から推測するに、俺は、何処か田舎の別荘に幽閉されるのだろう。
「なんだかなぁ」
勇者の素質を持って転生したはずなのに、わずか4日でその夢は潰えた。しかも本人は、特にチート系能力を持っているわけでもなく。他の技能も至って『普通』。
これでは……前世と何が違うのだ。むしろ前世のほうが、働いていたりした分、誰かの役に立っていた実感すらあった。
「……前世以下の扱い、か」
「だいぶ元気そうね、兄様」
全く予期せぬ突然の来訪に、度肝が抜かれるレベルで驚愕した。
いつの間にか、妹のカーリアが立っていたのだ。彼女は、ベッドに横になっている俺を覗き込んでいた。
「……聞いてた?」
「はあ? 何を?」
面倒くさそうに、そして
「まあいいわ兄様。キストにはお礼を言っておきなさい」
「……?」
「キストが、貴方と父の間に割って入って、剣を止めたのよ。それがなければ……死んでたわ」
そうか。俺は、弟に助けられたのか。
殴られて記憶が飛んでいるので、何故あの場面から生きて帰ってこれたのか解らなかったのだ。
……ん? なんか、全く同じ画面を繰り返してないか?
「あ、ああ、ありがとう……あとでお礼言っておく」
すると、カーリアは『フン』と鼻で笑った。そして俺を、蔑むような目で見下ろした。
「まさか勇者じゃ無いなんて……でもこれで、キストにもチャンスが巡ってきたわね」
すると彼女は、クスリと、不敵な笑みを浮かべた。しかし彼女の顔立ちが良いためか、嫌悪感はあまり感じなかった。むしろ、そういう不穏な雰囲気は彼女にマッチしていた。
「そうか、勇者は別に居るってことか」
「ええ、そしてそれは、キストの可能性が一番高いわ……では御機嫌よう、無能な兄様。遠く離れた地で、隠居生活を楽しみください」
そんな台詞と共に、カーリアは部屋から出ていった。
「……隠居生活、田舎の別荘地、ね」
カーリアとキストが残した言葉から、今後の処遇はほぼほぼ確定だろう。
傷が癒えたら俺はここを追放され、最悪、表に出ないよう幽閉されるのだろう。
「ゆったりスローライフも難しいかな」
スローライフに見合う、ある程度の『使えるスキル』があればよいのだが、俺に今備わっているのは、残念ながら、天啓で得た『あの能力』。
(……)
俺は体を横に向け、机の上に飾られた花瓶を見た。可憐な花が飾ってあるが、一つだけ、まだ蕾の状態のものが挿してあった。
(……開花は明後日、か)
それをじっと見据えると、いつ蕾が綻びるかが理解できた。
これが天啓で受けた『花の咲く時期が分かる』スキルらしい。農業を営むのであれば有り難いが、冒険者としては力不足感が否めない。
「ほんと、クソスキルだな……痛てて」
捨て台詞を吐き、俺は毛布を頭から被った。殴られた部分の痛みがぶり返して来たので、大人しく横になることにしたのだ。
「開花時期が分かるのと……あと、追加で『これだけ』だもんなぁ」
そして俺は、花瓶の蕾に向かって『宣言』を下したのだった。
「宣言──咲き誇れ」
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