04.天啓の儀

 見た目でソレと解る、巨大な建造物だった。

 中央教会の本部ともなれば、威厳も大切。その建物は、周囲の他の建物を眼下に見据えていた。


 俺たちは正面入口で馬車から降り、そのまま教会の建物内に招かれた。

 そしてさらに、その奥の大部屋に向かうと、両開きの堅牢な扉が現れた。


 この部屋で、『天啓の儀』が行われる。

 家族全員が神妙な面持ちだ。あの堅物父親も例外ではなかった。


「陛下と、大司祭様がお待ちです」

 礼節整った牧師風の男が、そう述べると扉に手を掛けた。


 扉からまばゆい光が溢れた。




 そこは、すり鉢状に抉れていた。

 そして中央には地面が剥き出しであった。


 雨が吹き込んだら水没しそうだな、というのが最初の感想。風情もへったくれもない。


 だが、その地面から生えていたのは、紛れもない。

 ──『剣』だ。


 ファンタジーものでよくある奴。

 何故か錆びずに地面に突き刺さった、いわゆる勇者しか抜けない奴。


「……」

 感情は表に出さないように努めていたが、前世の世界では到底体験できない、ファンタジーな出来事に直面できて、内面は終始興奮気味であった。


 すると、豪華絢爛な法衣を着飾った、信楽焼のタヌキ……おっと、違った。大司祭様が目前にやって来た。

 その横には、やせ細った、キツネ目の老齢紳士。……あ、こちらは国王陛下だったわ。

 更に周囲には、付き人や、ボディーガードみたいな人たちが常に周囲を警戒している。


 国王陛下が近づく前に、俺たち家族全員が膝をつき、頭を下げた。

 俺もそれに倣う。事前に作法を復習しておいてよかった。


「貴公が、ヴァリヤーズ長兄か」

「はっ、ランジェと申します」

 俺は顔を上げて、陛下の顔を確認した。


 その目は優しく、しかし、力強く俺を見据えていた。

 勇者誕生の期待に胸を膨らませたその瞳には、人類の未来の希望が映し出されているのだろう。


「さささ、ランジェ=ヴァリヤーズ様、こちらへ」

 信楽たぬき……じゃなくて、大司祭様が俺の手を引いて、抉れたくぼみを降りるよう促した。


 クレーターの一部には階段が設けられており、降りるにはそこまで大変ではなかった。


 くぼみの中心に輝くは、勇者の剣。

 予め、天啓の儀については予行練習は行っていた。といっても、俺の役目は『剣の柄を握る』だけなのだが。


「これより! 天啓の儀を執り行う!」

 大司祭が、部屋に十分響く声をあげた。首回りに付いた肉が、声に反響して波打っているように見えてしまい、吹き出しそうになる。


 プルンプルンしてた。プルンプルン。


「さあ、ランジェよ、勇者の剣を握り、そして引き抜くが良い!」

 頭の上から高圧的な声。親父だ。陛下と大司祭の前だからか、なんか見えを張って格好つけているように見え、それも滑稽だった。


 まあ、いいや。

 現状、俺が『勇者』であることは間違いない。周囲の太鼓判もある。

 内容が確約されている分、この儀式はとても気楽だった。


 問題は、それ以降の話だ。

 馬車内の会話のとおりだと、俺はすぐ屋敷から放り出される。まともな準備期間や、頼りになる仲間なども貰えないだろう。


「勇者の!! 誕生だ!」

 いつの間にか、周囲のボルテージは最高潮。

 全員が、勇者誕生の瞬間を目の当たりにしようと、目を輝かせていた。あの双子すら、なんだかんだ言いながら、勇者誕生の瞬間を目に焼き付けようとしていたように思える。


(まずは、勇者になってから、だな)

 この天啓の儀を終えてから、今後のことを考えよう。そう思い、俺は、剣の柄に手をかけた。


 刹那。強烈な光が周囲を照らした。

 あまりに眩しく、目を開けられないレベルだった。そして、俺の中に『何か』が流れ込んで来る感覚を受けた。


 おそらく、これで俺に『勇者』の素質が入り込んだんだ。そう確信した俺は、未だ強烈な光を放つ剣を、一気に引き抜いた。



 引き抜いた! 



 引き……抜いたっ! 



 ん? おや? ……ふんっ! ふんっ!! 




 やべ、びくともしねぇぞ。




 確かに光った。

 明らかに『抜けます!』風な光り方してたんですけど、微動だにしない。



 嫌な予感しか襲ってこない。



 ……ざわざわ……ざわざわ。


 部屋を激しく照らした光は落ち着きを取り戻し、そこには、剣を高く掲げた勇者が立って……いると期待していたギャラリーから、戸惑いの声が漏れ出ていた。


 あー、人間ってこういう時は、何故か笑顔になっちゃうんだよね。

 口角が上がった顔で、脂汗をかきながら、俺はギャラリー側に振り向いた。

 無論、剣はそのままである。


「……どういうことだ!!」

 この状況で一番困惑していたのは、父親だったかも知れない。顔面蒼白になったかと思ったら、今度は顔を真赤に染め上げた。


 一方母は、何が起こったのかわかっていないと言った感じ。

 キストとカーリアは、状況を理解は出来ているようだが、だからとて、何故こうなったかはわかっていない顔。


「皆のもの、静まれっ!! ……大司祭殿、説明を」

 俺以上に、意外にも冷静だったのは、国王陛下だった。困惑と混乱で埋まる観衆を、一声で鎮めたのだ。


「は、はいっ!!」

 すると信楽焼き大司祭が、巨体を揺らしながら俺のところまで降りてきた。


 ちょっとの階段であったが、目の前まで来た大司祭は汗だくで、息を切らしていた。


「ぜえ……ぜぇ……し、失礼します、ランジェ殿」

 そういうと、大司祭は両手をかざした。その瞬間、俺は青白い光に包まれた……かと思ったら、それはすぐに消えた。

 すると、大司祭の顔からみるみるうちに血の気が引いていった。先程の汗とは別の汗が同時に吹き出していた。


「陛下っ! ランジェ殿は……別のスキルを授かっております!!」

 なるほど、先程の大司祭の青白い光は、鑑定スキルか何かか。俺に付与された力の情報を瞬時に調べ上げるあたり、大司祭としての実力は間違いないようだ。


 ……って、やっぱ勇者とは別スキルなの?! 

 約束された勇者の力は何処行ったマジで。


「なんだとっ!!」

 最初に驚いたのは、陛下ではなく、俺の親父だった。そりゃそうだろう。俺の存在意義など、『勇者』だけだったのだから。


「……大司祭殿、ランジェ殿は、勇者ではなく、何を授かったのだ?」

 唖然としている父親を横目に、国王陛下は再度、大司祭に聞いた。


 実は、俺自身もそれは気になるところだった。

 確かに、剣からは『何か』が流れ込んできていた。それは、俺の体の奥底に新たな力を分け与えたような。そんな感覚を植え付けていったのだ。

 ただその力は、自分自身でもよくわかってなかった。


「そ……それは……」

 すると、大司祭は口籠ってしまった。俺に付与されたスキルを説明するのに、なんというか、言葉を選んでいるようだ。


「……それは?」

「それはっ!」

 静かに促す国王陛下の低音ボイス。かたや、激しく催促する、父親の恫喝声。


 二人に急かされた大司祭は、意を決し、ここに居る全員に口を開いたのだった。




「花の……花の咲く時期が分かる能力です!」




 花咲かランジェ、ここに爆誕である。

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