02.あんま変わってないかもしんない

 俺は異常な高熱で、生死の境を彷徨っていたとのこと。4日間も意識不明だったらしい。


「記憶障害じゃと?」

「はい公爵様。ご子息のランジェ様は、高熱で記憶に齟齬が生じており……」

「もうよい、下がれ」


 医者とおぼしき人間を追い払うように下げさせたこの男。

 記憶がほぼ失くなっているにも関わらず、元ランジェは精神的に嫌悪感を示していた。


(あー、嫌いなタイプだ)


「ふん、『天啓の儀』には間に合ったな、この愚息」

「……」

わしの顔すら忘れたか、無能め」

「滅相もございません、父上」


 非常に高圧的かつ、徹頭徹尾に人を蔑む言葉を挟むこの人間とは、以前の記憶がなくとも極力関わりたくはない奴だ。


 これがランジェの父親か。


「貴様には何としても、『天啓の儀』に挑んでもらわなければならない。それまで死ぬことすら、儂は許さん」


 ずっと眉間にシワを寄せたまま、ソイツは踵を返し、部屋から出ていった。


 さっきまで死にかけてた息子に対する態度かねぇ。

 しかしなんだ、未だにランジェの立場がイマイチ解らない。

 だれか親しく話せる人が来ればよいのだが。


 なんてことを思うと、父親ソイツと入れ替わる形で、メイドが入室してきた。

 手には水で満たされた桶や布を抱えており、父親アイツが部屋を出てからも頭を下げ続けていた。


「……ランジェ様、ご無事でなによりです」

 そのメイドは、俺が目覚めたときに部屋にいた人だ。

 いわゆるメイドカフェにいるような、キャピキャピなメイドではない。


 年齢は20代後半くらいか。童顔だったが、なんとなく大人の雰囲気が醸し出されていた。顔立ちがよく、世間一般的にみて美人に分類される。


 なにより、大胸筋オパーイがデカイ。

 それはもう、メイド服がソレをいい塩梅に引き立てており。

 はち切れんばかりの、ご立派なものをお持ちでして。


「記憶齟齬と伺いました。私のこともお忘れでしょうか」

「……ごめん、ほとんど覚えていないんだ」

 今の『ごめん』はダブルミーニング。

 記憶がないことへの謝罪と、胸をジロジロ見てしまったことへの謝罪である。


「いいえ、生きておられただけで、トモエは幸甚の至りです」

 しかし俺が謝罪の言葉を述べるも、彼女──トモエさんは、涙目で微笑み返したのだった。



 ***



 体を拭かれながら、トモエさんから話を聞き出すことにした。

 正直、こんなグラマラスな女性に体を清拭されるなんて、めちゃくちゃ恥ずかしい。それに、なんとも『別の』感情すら湧き出てしまう。


 しかし激しく拒否ると、それは逆に不穏を抱かせる可能性があったため、言われるがまま素直に、すべてを受け入れた(建前)。


 だが、4日間高熱に当たられていただけに、身体中は汗でベタベタだった。丁寧に優しく清拭してもらって、かなりサッパリとしてきた。


 トモエさんも、こちらが記憶喪失であることを理解しているためか、意図して多くを話してくれた。


 まず自己紹介がてら、トモエさんについて。


 彼女はここでメイドとして雇われている、まあまあのベテランだ。

 メインの仕事は俺のお世話係であるが、なんと、俺の乳母でもあるとのこと。


「私のお乳で、貴方様は育ったのですよ?」


 そう言われた瞬間、ふくよかな胸──もとい、身体に、再度目が移った。

 おいおいランジェよ、幼子であったにしても、彼女のオパーイを吸っていたのか……。

 本気で羨ましい。なんならもう一回生まれ変わって、今度は赤ちゃんからやり直したい。


(まてよ……すると、トモエさんは何歳なんだ……?)


 という疑問が生まれるも、なんとなく、その質問は『禁忌タブー』な気がしたので、心の奥に押し込んでおくことにした。


 続いて、ここの家庭事情について。


 この家はどうやら、名誉ある騎士公爵家とのこと。古くから王宮に仕え、特に近年にはさらに勢力を増し、陛下直属の騎士としても名を馳せるようになっていた。


「当家『ヴァリヤーズ』は代々、勇者の血筋と言われております」

「勇者となっ?」


 俺は、勇者という言葉にテンションが上がった。

 王宮騎士の家系というだけでもロマンあふれる設定なのに、その上『勇者』ともなれば──これが嫌いな男子はいないだろ。


「……数年前、中央教会より、魔王復活の予言が放たれました」

「魔王の復活」

「そして魔王と勇者は表裏一体。どちらかが生まれれば、また一方も生まれます」

「良設定。好きよりの好き設定」

「……設定?」

「ごめんごめん、続けて」

「はあ……ヴァリヤーズ家に残る伝説です。『魔王生まれるとき、長子は勇者の天啓を授けん』」

「それが俺、か」

「はい、そして伝説の通りであれば、ランジェ様が行う『天啓の儀』にて、勇者の力が授けられます」


 すげー! 勇者なのか俺。ヴァリヤーズ家長男、ランジェ=ヴァリヤーズ! 

 テンション上がってきた! 



 ……? 

 おや? 



 そんな高揚した気持ちが表に出そうになったその刹那。

 あの父親アイツが俺に向けた態度を思い出した。


 長男かつ勇者に対して、あの粗雑な扱い。

 異常だ。何かおかしい……。


 いろいろ思考を巡らせ考え込んでいると、トモエさんが俺のズボンを下ろした。

 シンプルデザインなパンツが露になる。


 つい先ほどまで、トモエさんの魅力的な肢体に反応し、息子(隠語)はお元気様であった。

 しかし今は、あの父親のことを思い描いていたため、小さく項垂れていた……って。


「待って待って待って待って!!!」

「あらランジェ様。こちらもキレイしておかないと!」


 いや15歳(くらい)ともなれば、ハート下半身アンダーもだいぶ大人君よ? 

 それを解っているか知っているか。

 トモエさんはとても眩しい笑顔でパンツを脱がそうとしてきた。


「じ、自分でやりますっ!!」


 半分冗談だったようで、トモエさんはすぐに折れてくれた。


 俺は、ベッドの天蓋に隠れて自分で清拭し、用意されていた新しい服に着替えた。


 ……拒絶してなかったら、トモエさん拭いてくれたのかな……。


 とか考えてしまうと、愚息がいきり立ちそうになるので、その度に父親の顔を思い、冷静になるのだった……。


「家族について、教えてくれないか?」

 着替えを終えた俺は、ベッドに腰かけてトモエさんに再度聞いてみた。


 桶や布、服を片付けながらも、トモエさんは快く、度重なる質問に答えてくれた。


「旦那様は、それはもう……」

「あ、ソイツちちおやはいいや」

 やんわりと、父親のことについては断った。なんかムカツクんで。


「ええと、では……奥様は、お体が弱く。日中のほとんどを自室でお過ごしです」

「俺に弟とかいないの?」

「弟と妹がいらっしゃいます。お名前は、キスト様とカーリア様です」


 すると、片付けの手を止めたトモエさんは、机に飾ってあった写真を持ってきてくれた。……いや、これは写真ではなく、肖像画だ。非常にリアルに描かれており、写真と見間違えてしまった。


「こちらです」

「二人は、よく似てるな」

 家族の肖像画(卓上版)であった。さっきの父親と、椅子に座ったちょっと脆弱そうな女性。それに、その子供と思われる少年少女が合計3人描かれていた。

 その子供の中でも、特に二人はそっくりだった。髪型や服装でかろうじて違いがわかるレベル。


「キスト様とカーリア様は、双子ですから」


 双子の兄キストは、剣術の達人だという。

 魔法はからっきしだが、相反して剣の扱いに長け、既に王宮騎士たち顔負けの技術を習得しているらしい。


 双子の妹カーリアは、逆に魔術の才能に恵まれていた。

 運動は苦手だが、それを十分補えるほどの術を容易に扱え、それは大賢者レベルなのだとか。


「それはそれは、お二人は天賦の才に恵まれ……」

「俺は?」


 弟と妹のことも気になるが、それ以上に自分のことが心配になった。

 俺自身、まだ自分の現状の能力がわかっていない。

 肖像画に写る俺(そういえば鏡見てないや)は、なんとなく他の二人よりも覇気が無いというか。どことなく頼りなさそうに見える。


 そして、どうもトモエさん。弟たちの強さは褒め称えるが、俺のことについては話してくれない。

 正直、弟妹に負けず劣らずな素敵スキルを持っている……と嬉しいんだが。


「……ええ、ランジェ様は、なんでも卒なくこなせます」

「おや?」


 何となく雲行きが怪しい回答。この台詞、どっかで見たこと有るぞ。


 ……なるほど。もしかしてこれが、父親アイツの態度の原因か。


「トモエさん、卒なく、とは?」

「それはそれは……おおよそのことは卒なくこなし……ますが、しかし逆に、何かの才能に特化した、といったことは伺ってません」


 トモエさんは申し訳無さそうな態度で答えてくれた。

 小間使いがここまで言うということは、ランジェは相当『適当な普通人』だったとも言える。




 なるほど俺は。転生前と変わっていない、ってわけか。



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