35.お家へ帰ろう

 翌朝。

 昨日の地震の混乱も落ち着いてきて、街は平穏を取り戻そうとしていた。

 一部の道路や建物には被害が出ていたが、倒壊などは起こっておらず、人的被害も少なそうであった。


 俺たちは早朝に宿を出て、ランニーフ中央広場に向かった。

 いわゆるバスターミナルやタクシー乗り場のような場所で、多くの馬車が、客待ちで列を成していた。


「これで、行ってもらえるか?」

「……(グッ!)」

 馬車の運転手が力強いハンドサインをみせた。

 ……顔馴染みの馬車だった。

 キストが交渉していた馬車が、偶然にも、俺たちを田舎からランニーフに連れてきてくれたひとだったのだ。

 あの簀巻きの一件にも目を瞑ってくれた人。俺の素性に理解を示してくれているのは助かる。


 かくして俺たちは一路、ヴァリヤーズ公爵家に向かうのだった。


「この速さなら、半日といったところか」


 早朝に準備したため、昼過ぎにつく感じか。


「やっと、お家に帰れますねぇー」

「そんな生易しい帰宅じゃないけどな」


 長かった。思えば遠くに来たもんだ。

 命の危険も幾度とあったが、昨日は暗殺者に根回ししている。しばらくは安泰だろう。


 突然の転生、突然の追放。

 サバイバル生活に、初めての魔物との戦い。

 頼りになる仲間との出会い。

『開花宣言』の真の使い方。

 そして、世話になった仲間と別れ……。


 ここからは、俺個人。そして、ヴァリヤーズ家の内輪話だ。

 俺は、最後のケジメをつけに、公爵家に舞い戻る。


「いろいろ、あったな」

「ですねぇー」

 ボソリと呟いた独り言に、ナツが相槌を打つ。

 ナツにも散々助けられた。感謝しかない。


「おう! 楽しみだなヴァリヤーズ! 勇者発祥の家系!」

「……ファンダ、立つと転ぶよ」



 ……。



 ……あるぇ?? 



「なんで着いてきてるんだよ!!」


 馬車には荷物は乗っていないため、空間は広く不自由なく動ける。

 それとは関係なく、ここからは『家族の話』にも関わらず、部外者とも言えるクウたちが、さも当たり前のように馬車に乗っていた。


「ふっふっふ! 真の勇者として、あたしは事の顛末を見定める義務がある!!」

「ねぇよ!!」

「また皆さんと冒険できますねぇー」

「遠足じゃねぇんだぞ!」


 何度も申し上げるが、ここからは内輪の話だ。


「キストもなんか言えよ!」

「……くっ!」

 するとキストは渋い顔をした。苦虫を噛み砕いたような、そんな顔。

 その彼の目線の先には、クウがいた。


「……公爵家のご子息とあろう御方が、『覗き』だなんて……こんなこと公に知られたら……」


 ぼそぼそと、しかし俺たちに聞こえるように呟いた。


「ぬぅ……!」

 昨夜の一件から、キストはクウに頭が上がらないのだ。

 公爵が、風呂を覗いた。こんなこと言いふらされたら、たまったもんじゃない。


「なあ兄貴。今後の世を考えると、貴族階級である俺たちも、平民にオープンに接することが重要になると思うんだ」

「いま思いついたろ絶対」

「……」


 それ以降、キストは黙ってしまった。


「勇者生誕の地! 楽しみだぜ! あっ、土産とか売ってるかな!!」

「無ぇよ! 観光地じゃねぇんだぞ!」

「あ、でもランジェ様。ナツが勤めてたときは『ヴァリヤーズ謹製 勇者まんじゅう』売ってましたよ〜」

「なにしてんねん公爵家っ!!」

「……いまは味が増えて、『三色まんじゅう』になっているぞ」

「なんでリニューアルしてんだよ! てか何故まんじゅう! もっとファンタジー感! 今までの異世界設定を急に迷子にさせんなよ!!」


『トテテ、トテテ、トテテテン♪』


「はあ……はあ……」

 まさか公爵家が、土産のまんじゅうを販売しているとは。しかもリニューアルしてるってことは、そこそこ売れてるってことじゃねえか。


『トテテ、トテテ、トテテテン♪』


 異世界転移してきたのに、急激に日本文化の話で盛り上がりそうになって焦ったわ。息が切れるレベルのツッコミをしてしまった。


『トテテ、トテテ、トテテテン♪』


 もう転移前の現世には未練なく。この異世界でやっていく腹積もりだったのに……。なんだろう、少なからず日本に未練でも残っているのだろうか。


『トテテ、トテテ、トテテテン♪』


 ああ、何か懐かしい幻聴が聞こえる。

 仕事に追われ、休日にも掛かってくる、無料アプリの通話着信音。リズミカルなこの音に何度神経を擦り切られたことか。


『トテテ、トテテ、トテテテン♪』


 ……違うな、幻聴じゃねえな。なんだ、この音。

 なんだと言いながらも、何処から聞いてもスマホの着信音。耳に残る軽快でリズミカルな音楽。


『トテテ、トテテ、トテテテン♪』


 いやいやいや。それこそ、こんな異世界にスマホなんてもの、あるわけ……。


「むっ、ケータイが鳴っているな」

 するとキストが懐からスマホを取り出した。


 なんでやねん。


 いや、なんでやねん。


 いやいやいや、なんでやねん。


 キストが手に持ったそれは、革製のカバーがかけられており、ボタンで閉じられていた。


「すま……ほ……え?」

「どうした兄貴? 携帯式水晶だよ」


 そう言い、彼はカバーの蓋を開けた。そこには、きれいに長方形に形どられた、氷のように透明な水晶の板が入っていた。


 その水晶板から、問題の音が鳴っていた。音が鳴るたびに赤と水色に点滅し、なんならバイブレーションもしていた。


「カーリアからだ」

 慣れた手付きで、キストは水晶板を操作し始めた。画面を指でなぞりタップしていた。


 オレは一旦、深く考えることをやめた。


「カーリア、オレだ、キストだ」

 キストが、カーリアからの着信に出た。横からスマホ画面を覗き込むと、そこにはカーリアが映っていた。

 どうやら、こちらの顔も見えているようだ。証拠に、


「なんだこれ! なんだこれ!」

「初めて見ました……携帯式の魔法水晶です」

「あっ、カーリア様! 大変ご無沙汰しておりますぅ!!」


『……随分、大所帯になったのね』

 開口一番、頭を抱えるカーリアが見て取れた。

「すまん、訳あってこうなってしまった」

 言い訳するキスト。


『まあ……いいわ。ランジェ兄様、お元気そうで何よりです』

「よう。こう会話してるってことは、カーリアもこちら側か」

『そう思って貰って構わないわ……それより兄様たち、大変なのよ』

「どうしたカーリア」

『時間がないから手短に話すわね。……父様、とうとう私にも天啓の儀を受けさせるつもりなのよ』

「なんてことだ。そこまで狂ったか」


 俺は、キストと画面に写ったカーリアとを交互に見比べた。さすが双子。顔立ちがそっくりだ。……っと。そんな感想を述べている場合じゃない。


「なあキスト、それにカーリア。それって自然な流れじゃないのか? まるで女性が天啓の儀を受けるのが可笑しいみたいに聞こえたぞ?」

「勇者とは男がなるものだ。女性の勇者なんて、今まで聞いたことがない」

『みんな半分呆れていたわ。それでも、父上は天啓の儀を執り行うって聞かないのよ』


 ……ふーん? それもそれで、なんだかなぁ。

 長女が生まれたとしても、それは勇者じゃないってことなの? 

 もう少し思考柔らかく、異世界もジェンダーフリーにシフトしようぜ。


「……まてよカーリア。つまり、いま正に教会にいるのか!?」

「ええ。既に国王様たちもセントラル教会に集まっていらっしゃるわ。今、なんとかスキを見て通信してるのよ。……あっ!!」


 突然、通話が途切れた。どうやらカーリア側が通信を切ったようだ。誰かに見つかりそうになったと考えるのが自然な流れだろう。


「ランジェ兄貴。目的地変更だ。セントラル教会に向かう」

「ああ、もちろんそうしよう。……最高に都合がいい」


 携帯水晶スマホを懐に仕舞いつつ、キストは言った。

 俺としては、目的地が天啓の儀の会場である、セントラル教会に移ったことは非常に都合が良かった。

 国王陛下も、他の重役も集まっているのだろう。

 役者は揃っている。見てろよ親父。最高の『ざまぁ』をさせてやるよ。



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