36.強行突破
セントラル中央教会。
天啓の儀が執り行われる、勇者の剣を奉る場所。
何度見ても、その大きさと絢爛さに圧倒される。
教会を囲むように中庭があり、そこには見回りの兵士たちがいた。中で天啓の儀が行われているのだから、警備も厳重になるのは当たり前だ。もちろんそんな現状では、中央教会どころか中庭にさえも入ることは難しい。
固く閉ざされた中庭の門の前に、俺たちの馬車を横付けした。キストが守衛に掛け合うも、どうやら事前に根回しされているようで、入ることは叶わなかった。例外は認められないとかなんとか。
そうすると選択肢は絞られる。
そして限られた手段の中で、俺たちのとった方法は──強行突破だった。
「まさか、この案に乗るとはね」
「オレもだいぶ、父上にストレスが貯まっていたようだ」
そういってキストが剣を振るうと、中庭の門と守衛たちが吹っ飛んだ。なお原理は不明である。
「よし! 教会まで突っ切るぞ!」
すると、一連の騒ぎに気が付いた見回り兵が集まってきた。が、キストはそれらすらも瞬時に切り伏せていく。まるで無双ゲーを見ているかのよう。
「フン! 【剣聖】のスキルを持ったオレに、敵うものかっ!」
口先だけではない。文字通り、キストの剣術はまさに神業だった。しかも、これだけ派手に立ち回りつつも、相手の武器防具だけを破壊したり、みねうちだったりで、死者は出ていない。なんなら重傷者っぽい人も見受けられないのだ。
素人目に見ても、でたらめな強さだった。【スキル;剣聖】の名は伊達ではない、本物だ。
……一方。
「あばばばばばばば」
歯をガチガチ震わせ、へっぴり腰のまま剣を構えている女が一人。
「ファンダ、なんで着いてきたんだよ……」
さっきまで喜び勇んでいたくせに。
「ばばばばばば、バカヤロ! 乗り込むなんて聞いてねぇぞ!!」
なるほど、このカチコミが想定外だったとのこと。そりゃそうだ、俺もキストの決断と行動力には心底驚いている。
「こうなったら、最後まで付き合おう。ファンダ」
クウがファンダをなだめていた。しかしながら、襲撃してくる兵士の鳩尾に正拳突きを放ちながらのセリフではない。ファンダと違い、彼女の肝の座りようには驚かされる。
「はうぅぅぅぅぅ……お母さんになんて言い訳しましょう」
こっちもこっちで、大きなため息。ナツは、ファンダ以上に顔を青ざめ、困り顔になっていた。
そりゃそうだ。
(ま、それも……今回の俺の仮説どおりにいけば……『そんなレベルの話じゃなくなる』けどね)
そうこうしているうちに、俺たちは教会の正門前までたどり着いた。
キストの圧倒的な強さに、見回りの兵士たちは尻込みして、これ以降は襲ってこなかった。
「──よし、いくぞ」
キストが先陣を切って教会の正門を押した。すると扉は、すんなりと開いた。中から鍵でも掛かっているかと思い、扉の破壊も覚悟していたが、そこは拍子抜けだった。
俺たちはそのままの足で、天啓の間に赴いた。途中に警備兵や騎士団の人間もいたけど、キストの鋭い一瞥がそれらを制した。ただただ、弟が心強い。
そして、両開きの堅牢な扉が開かれ、俺はとうとう、そこに舞い戻ったのだった。
扉からまばゆい光が溢れる。
あのとき、天啓の儀の行われた場所に初めて入ったときと同じ光だ。
「そこまでだ、父上!」
するとキストが大声を上げながら、ツカツカと早足で中に入っていった。先程から全てのことを取り仕切ってくれているので、俺たちは後ろからついていくだけ。助かるわマジで。
「キスト様!」
「キスト様だ!」
ちょうど儀式の途中だったこともあり、天啓の間には多くの要人が集まっていた。そして彼らの視線は全て、突然現れたヴァリヤーズ公爵の次男であるキストに向けられた。
これはある意味、良い誤算だ。キストが派手に立ち回ってくれたお陰で、俺の影がだいぶ薄まっている。これで、なにかあっても、キストに全責任が……。
「おい、それに一緒にいるのって──」
「長兄のランジェ様じゃないか」
「あんな優しかったキスト様が何故こんなことを!」
「頭に花が咲いて(注;この世界で『気が狂った』という意味の隠語)、追放されたランジェ様じゃないか……?」
「まさか兄の威厳を使って、弟のキスト様を……!」
「なんてことだ、この謀反の首謀者はランジェ様だ!!」
なんでそうなるの。
これも人望の無さか、キストが目立てば目立つほど、あれよあれよと巡り巡って、何故か俺に全ヘイトが向いていった。
そんな事情を知ってか知らずか、キストはさらに足を早め、天啓の間の中央にある勇者の剣に向かった。巨大なすり鉢状にえぐられた、地面が剥き出しの場所だ。俺たちも、彼に追従した。
「ほほほほほ、本物だ、本物の勇者の間だ、やややや、やべえええええええ」
「ファンダ落ち着いて、動きながら喋ると舌を噛むよ」
おーい、まだ着いてきてたのかお前ら。クウに至っては完全にファンダの保護者みたいになっている。……しかし、話の流れでついてきてしまったのだろうが、俺たちが仕出かしたことは、国王陛下もおられる場所での、いわばクーデターに等しい。
好奇心は猫を殺す。彼女たちの今後が心配になってきた。……ほんと今更だが。
「ぬおおおおっ!」
するとキストはいつの間にか、すり鉢状に抉れた縁に駆け上がり、そのまま窪みの中央に飛び込んでいった。
しかも、いつの間にか抜刀しており、空中で白銀の刃が煌めいていた。
「──えっ」
あまりの突然の行動に、誰も、制止も何もできなかった。そして彼の刃は、勇者の剣の目の前にいた、初老の男に向かって振り下ろされた。
ヴァリヤーズ公爵、つまり親父である。
「ぬうぅん!」
刹那、『ガキィン!』と金属が弾く音が響いた。キストの攻撃を、親父も手に持っていた剣で受け流したのだ。
「おい、キスト! 流石にいきなり斬撃は……!」
突拍子もないキストの行動に対して、俺はクレームを入れようとしたが、しかし、何故キストがそんな行動を取ったのかは、すぐに理解できた。
「父上! とうとう狂ったか!」
キストは剣の構えを解くこと無く、親父に問いかけた。
「キスト兄様っ!!」
彼の後ろには、地面に腰を落としたカーリアがいた。更にその後ろには、丸々と肥えた大司祭が、同じく腰を抜かしていた。そして、彼らを守るように立っていたであろう、兵士が二人。しかし彼らは、斬撃で怪我をしているのが見て取れた。
「己、出来損ないめっ! 勇者を! 勇者以外は認めんぞおっ!!」
怒り狂った親父の目は血走り、顔は真っ赤だった。
素人目にも、おおよその現状の予想がついた。
カーリアに『天啓の儀』を受けさせ、大司祭がスキル鑑定まで行ったが、授かったのは【勇者】ではなかったのだろう。それに逆上した親父が発狂し、カーリアに切りかかったところを、兵士たちが庇った……そんなところだ。
「ナツ、俺たちも降りよう。怪我した兵士を回復してあげたい」
「は、はひっ!!」
俺たちは勇者の剣が奉られている場所に降りていった。まあ、兵士の治療ってのは建前だけどね。
「父上っ! ……くそっ!」
「ぬおおっ!」
すると俺たちが降りるや否や、キストと親父が再度、剣を交え始めた。【剣聖】をもつキストであるが、親父も互角に張り合っている。
腐っても、勇者家系公爵というところか。
「……止めんか!! 大馬鹿者共がっ!!」
しかしながらその争いは、一喝によって止められた。
その声は、痩せこけた体から発せられたとは思えないほど強く、大きく、そして、激しく響いた。
厳かな教会に響いた一喝は、国王陛下のものであった。
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