34.スイートルーム

「キスト様! そ、それにランジェ様っ!」

「挨拶と説明は後だ。奥の部屋スイートルームは使えるか?」


 俺たちは地震による混乱に乗じて、目的の場所まで辿り着くことができた。

 ランニール教会。『城壁都市ランニール』に建立されている、中央教会管轄の教会だ。

 頑丈に作られた石壁は、先の地震ではびくともしなかったらしい。建物への被害は全くなさそうだ。そのためか、礼拝堂は避難所として開かれており、多くの人たちが集まっていた。

 俺たちはそんな人たちを横目に、キストが声をかけた牧師に案内され、教会の横に建てられた豪華な宿に向かっていった。


「教会が運営する宿、か」


 特別なゲストや金持ちしか使えないような、教会直属の特別な宿泊施設だった。

 塵ひとつ無い高級そうな赤絨毯に、赤土の足跡をつけながら、俺たちはさらに奥の部屋──スイートルームに案内された。


「ジェフ」

「はいっ!」

 ジェフと呼ばれた男が硬直する。

「この事は、親父にはくれぐれも内密にしてくれ」

「解っております、ご安心ください」

 ジェフはキストからの命令に対して、深々と頭を下げて従った。



 ***



「……本当に大丈夫なのか」

「そこも含めて、後で詳しく話す」

 貴族御用達の宿だとすれば、ヴァリヤーズ公爵家とも縁がある。ということは、ここに宿泊する俺たちの情報が、公爵家、つまりは暗殺を企てたヤツに、駄々漏れになるんじゃないだろうか。

 そんな心配がずっと頭の中を巡っていたのだが、キストの振る舞いは、そんなことを微塵も感じさせなかった。


「まずは、を薬効湯に」

「ヤッコウトウ??」

 キストが指差す先には、VIP室に備えられていた湯浴み設備の扉だ。言葉の意味を理解していない俺に、キストが簡単な説明をしてくれた。


「教会直結で、治癒の聖水を組み上げている。風呂場には温水設備も備わっているから、温めた聖水に体を浸せば、ものの数刻で、傷と体力を癒せるだろう」


 なるほど、それはすごい。下手な病院よりも回復が早そうだ。


「すげぇ……」

「ですねぇ」

 生涯入ることなどまずないだろうVIP室に入室し、聞いたこともない効果を持つ風呂場の紹介をされ、ファンダは先程から、口をあんぐりとさせて呆けていた。それはナツも一緒で、彼女もキョロキョロと周囲を見渡すばかりだった。


「君は、彼の付き人か……よし、ナツも手伝って、彼を風呂に入れてくれ」

「お、おう!」

「わかりましたぁっ!」

 そういうとキストは、抱いていたクウをナツに渡した。ナツとファンダは、大急ぎでクウを風呂場に連れて行ったのだった。


「……さて」

 建物の間取りで言えば、今俺たちはリビングにいる。そこは応接室よろしく、対面のソファが備えられていた。するとキストは、赤土だらけの体のまま、ドカッと着席した。

 非常に高そうだったソファなので、俺は座るのを憚れたが、キストはそんなことお構いなしだった。


「さあ兄貴。ここからはヴァリヤーズうちの話だ」

「なるほど、人払いか」

 キストが、クウをナツとファンダに任せた理由がなんとなくわかった。今から話す内容は、文字通り内輪話。ヴァリヤーズに関することだから、他に聞かれたく無かったのだろう。


「……」

「どうした? 座れよ兄貴」

 キストが俺に、ソファに着席するよう促す。できれば風呂に入って着替えたあとに……とも思ったが、結局、彼に習って俺も座った。


「兄貴の件は、おおよそ聞いている……しかし、まさか暗殺を企てるとは想定外だった」

「キスト、ズバリ答えてくれ。首謀者は親父か?」

「ああ。メイドのトモエさんが、父と暗殺者の話を聞いてしまって、オレに相談してきたんだ」

「……そうか」


 解っていたことだが、実際に首謀者が実父(正確にはランジェの、だが)と知ると気が重い。


「最悪、家族ぐるみで俺を亡き者にしようと思っていたぞ」

「馬鹿言え。オレは実兄に手を掛けるほど、度胸はない。それに」

「それに?」

「人を殺めてまで得られる勇者の称号に、何の意味がある?」


 ごもっともな意見である。

 更にキストの話を聞くと、特に最近は、親父の行動に目に余るものがあるとのこと。


「少しでも気に入らない従者は、クビにしている」

「まるで暴君だな」

「まだ手にかけないだけマシかもしらん。が……時間の問題かもしれない」

 キストの表情があからさまに曇る。彼も父親の凶変ぶりに心を痛めているのだろう。彼も被害者なのかもしれない。


「もしかして、ここの従業員もそれに関係あるのか?」

「ああ。父の行動に疑問を持つものが増えてきた。さっきのスタッフも、オレの味方だ」

 なるほどね。親父が勇者にお熱すぎて、既に公爵家の内情はボロボロってことか。


「しかも父は、俺に『天啓の儀』を受けさせたんだ」

「あの儀式か……って、あれって成人式に行うものなんだろ?」

「ああ、俺はまだ14だ。だが親父は、儀式を強行した。だからこそ兄貴ランジェが、まだ死んでいないと感じたんだ」

「えっと、つまりお前も、なにか天啓を受けたが、それは勇者じゃなかったってことか」

「ああ。察しがいいな。俺が授かったのは【剣聖】だ」


 なかなか仰々しいスキル名が現れた。

 俺はその話を聞きながら、じっとキストを見つめると、確かに彼の中には、輝く大輪の花が咲いている。これが【スキル;剣聖】を表現した花か。


「ん、どうした兄貴?」

「いや、ちょっとな、なかなかかっこいい名前だなって思って」

「驚いたよ。まさか『勇者五光星』の一人だとはね」

「五光星……?」

「おっと、そうか兄貴は記憶障害だったな。五光星は、勇者を護る5人の盟友だ。【剣聖】はその、勇者を囲む一角さ」


 つまりキストは、女神に選ばれた勇者メンバーの一人。ってことか。

 ……え、それってとてつもなく誇らしいことじゃないのか? 


「すげぇじゃん」

 しかしキストは頭を抱え込んだ。その理由はすぐに分かった。


「けど父は、許さなかった。俺が剣聖だとわかった途端、また発狂していたよ。『何故、勇者じゃないんだ! 勇者はどこだ!』ってね」


 なんてこったい。親父は勇者に固執し過ぎて、息子が勇者の盟友に選ばれたことすらご不満らしい。異常だ。勇者以外は信用ならないのか。


「しかしまあ、ここまで親父を狂わせた勇者は、結局のところ現れずじまいか」

「やめてくれ兄貴。もう、勇者について耳にするだけでウンザリなんだ」


 大きく溜め息をつくキスト。……うーん、俺の思っている以上に、キストも、公爵家も、メンタル参っているようだ。

 それもこれも、素直に『勇者』が出現しないからだよなー。頼む、もう誰でもいいから、さっさと勇者が現れてこの混乱を納めてくれ。


『魔王生まれるとき、長子は勇者の天啓を授けん』


「ん?」

 ふと、トモエさんに教えてもらったヴァリヤーズ家の伝説の文言を思い出した。


「……ん? ん?」


 もしかして。


 俺は改めて、キストの中に開花した【剣聖】の大輪を見つめた。

 そのスキルの名に恥じることのない立派な大輪の花だ。他のスキルの花とは比べ物にならないほど立派で、華やかで、輝いていた。


(だとすると……あのとき見えた『つぼみ』って……)

 俺はとんでもない勘違い……もとい、思い違いをしていたのかもしれない。

 しかし俺の推測が正しければ、勇者は……。そして親父は、とんでもない隠し事をしていたことになる。


「キスト、ちょっといいか?」

「? どうした兄貴」

「おれちょっと、親父に『ざまぁ』できるかもしれん」

「??? ざまあ?」

 そうか、こっちの世界では『ざまぁ』は通じないのか。


「ギャフンと言わせられる、鼻を明かせられる、って意味だ」

「……何を根拠に」

「まあそれは、その時になったらお待ちかね。ってことで。ただ、大きな問題がある」

「どうした、何だ」

「これすると、たぶん、ヴァリヤーズ家が大変なことになる」


 ちょっと顔を真面目に整えて、マジトーンで話した。下手を打てば、ヴァリヤーズ公爵家は崩壊の可能性もあるのだ。


「……ふん」

「どうだ、乗るかい?」

「乗る乗らない関係ないな。俺が止めても、兄貴はやるつもりなんだろ?」

「まあね、これが、公爵家を追放され、殺されかけた俺の『復讐』になる」

「……」

 しばらく、キストは顎に手を置き考えていた。が、帰ってきた返答は肯定であった。


「……いいだろう。流石にオレも、父上の傍若無人ぶりには愛想をつかせていたところだ。それにどうせ、オレは勇者とともに旅立つ定めだ。公爵家がどうなろうと関係ない」

「決まりだ」


 俺は立ち上がり、手を差し伸べた。それに習って、キストも同じく立ち上がり、手を出し固い握手を結んだ。

 公爵家の次男坊がこちら側についた。これほどまで心強い味方はない。


「そうと決まれば、善は急げだな。早速明日にでも、公爵家に戻りたい」

「まかせろ、馬車を用意させよう。金ならある」


 できる男キスト。一番の心配事だった懐事情も一気に解消した。助かるマジで。

 しかしこれで、元々は絵空事から始まった俺の復讐劇は、一気に現実味を帯びることになった。待ってろ親父。吠え面かかせてやるぜ。


「……にしては、風呂が長いな」

「ん? ああ、そうだな」

 キストは湯浴み場のほうに目線を向けた。確かに、かなり話し込んでしまったのに、一向に彼女たちは風呂から上がってこない。


「まあ、クウの怪我のこともあるし。案外、一緒に入っていたりしてな」

「! な……なんだと!」


 すると、キストは急に顔を真っ赤に染め上げた。


「神聖なる教会の設備だぞ! そんな良からぬことのために開放したのではないっ!」

「あーと、そこは感謝してる。けどさ。風呂くらいでそんなに怒ることは……」

「男一人に女二人で風呂だと! けしからん!」

「あ、えっと……キスト?」


 ここで俺は、彼がなぜ立腹したのかを理解した。

 神聖な場所で、男女が『まぐわっている』と思っている。

 そう、俺と同じ。キストもクウの性別を『勘違いしている』。


「声をかけてくる! 全くけしからん!」

「おーい……」


 俺は彼を呼び止めたが聞かず、キストは湯浴み場に向かってしまった。


 うーん、まさか兄弟揃って、クウの性別を間違うとは。これは兄弟だからだろうか。


 俺は、止めはしたぞ。

 忠告は……してない気がするけど。





 そしてしばらくして。

 絹を裂くような女性の悲鳴とともに、俺の目の前を、顔面崩壊(物理的に)したキストが吹っ飛んでいったのだった。


 結果、俺の風呂の順番が、更に遅くなった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る