23.見知った二人組

 小屋の中も、外観の派手さに負けないほど明るくなっていた。壁には所狭しと、色とりどりなポスターが飾られており、どれも女性のイラストが──ちょっと性的なイラストが描かれていた。


「えーと」

 しかしナツは、そのポスターに気づいていないのだろうか。全く意に介せず、小屋の奥へ進んでいった。


「あのぉ、宿の紹介ってされてますぅ?」

 小屋の中に突っ立っていた、黒尽くめの服の男にナツが声をかけた。

 どうやらその男は、小屋のスタッフで間違いなかったらしい。ナツと俺を舐めるように一別すると、服のポケットから一枚の木製の札を取り出した。


「……ごゆっくり」

「はあ、ありがとうございますぅ」


 ナツが受け取った木片には、目立つ字体で『紹介状』と記され、地図が描かれていた。


「あ! 宿の地図と、あと割引券もついてますぅ!!」

「お、おう」

 非常に無邪気な笑顔を呈し、彼女は俺の方に体を向けた。彼女の手には謎の宿の割引券が握られていた。


 無料の案内所。

 強面スタッフ。

 紹介された宿。

 割引クーポン。


 多分それ、俺の想像通りの場所だわ。


「いきましょう、ランジェ様!」

 しかしそんな心配をよそに、ナツは俺の手を強く引き、小屋を出た。

 かくして、その地図に従い、繁華街から路地に入った場所に建つ宿に向かったのであった。


 なお、俺は、特に止める理由もなかったもので、そのまま彼女の行動に流されていった。

 特に止める理由は無かったからね──うん、理由は無かった。


「……」

「……ナツ?」


 俺の手を握り引いていたナツも、流石に、そのホテルの前に到着してから、何かを察したのだろうか。

 メインの路地から一本外れ、奥まった場所、しかしそのホテルの外観はまるで絢爛豪華なお城のごとく。あまり上品とは言い難い煌びやかさを呈していた。

 そしてその建物の入り口を目の前に、俺の手を握るナツの手に力が籠もったのがわかった。顔を覗くと、頬はわずかに赤みを帯び、そしてなんとなく、仄かに火照っているようだった。


「い、入り口はここですかねぇ~?」

「そうだね」


 木製の仕切り板を挟んで、その建物の入口は『入口』と『出口』に別れていた。客同士の接触が行われないように配慮されているようだ。

 プライベートを重視してくれているのだろう。うん、そうなのだろう。


 入り口をくぐると、目の前には黒い布で仕切られたカウンターが現れた。外の明るさとは正反対に、中は薄暗かった。

 俺たちがそのカウンターの前に立つと、カーテンの奥から年老いた女性の声が聞こえた。


「休憩かい? 泊まりかい?」

「あ、ええと……と、と、泊まりですぅ」

「先払いだよ」


 すると、その声に見合ったシワだらけの手が、カーテンの下から延びてきた。その手には木製の器が乗せられており、料金(クーポン割引後)と紹介状の木札を置くように指示が書かれていた。


「……えとぉ、初めてのシステムですねぇ」

 ナツは戸惑いながらも料金と木の札を置くと、直ぐに器は下げられ、入れ替わりで部屋番号が記載された鍵を渡された。


「2階です、ランジェ様っ」

 ナツは鍵に振られた番号と、壁に掲げられた案内を元に、宿の階段を登っていった。


 先ほどからナツの顔色が、どんどん紅色に変わっていっていた。声色も少し気持ちが上ずっているというか、トーンが高くなっていた。


「……」

「……」


 かく言う俺も、すでにこの宿がどういう場所かは理解している。

 平静を装い、ただ彼女の言いなりに事を進めていたのだが、いざ、宿に入ったころから、けっこう心拍数が上がっている。

 実のところ、案内所でのやり取りあたりまでは、天然な彼女が勘違いで事を進めていると思っていた。しかしその考えは、宿の入り口のナツの表情から裏切られることになる。


 彼女は、確信犯だ。


 それを理解した途端に、俺の心臓もドキリと強く脈打ったのだった。


 無言で、剛腕な彼女に手を引かれながら、俺は階段を上っていた。木張りの階段に赤いカーペットが敷いてあるが、入り口と同じように全体的に暗く、明かりは足元だけに設置されていた。


 俺たちの部屋は、案内図では階段を上って直ぐ目の前だった。階段を登りきれば、誰にも邪魔されない、二人だけの空間に入ることになる。


 だが階段を登りきったこの瞬間、予想外な出会いが訪れた。


「あっ」

「いっ」

「うっ」

「えっ」


 俺たちが宿泊する予定の隣の部屋で、ちょうど鍵を開け入らんとしていた2人組と、目が合ってしまった。


 こういうホテルではプライベートを重視するため、人の顔が見えないよう薄暗くなっているが、しかし、見知った人たちだと、その暗さはあまり意味をなさない。


 よく見知った二人組とは──クウと、ファンダだった。


「……」

「おおおとおおおお、なおおおおおおお」


 無言でうつむくクウ。廊下の暗さも相まって、彼女の表情は伺えなかった。

 一方、明らかな動揺を見せていたのがファンダだ。頬は真っ赤に染め上がり、目は瞳孔が開き泳いでいた。発する言葉は、口が震えて何を言っているのか聞き取れなかった。


「……」

「……お、おう」

 そしてナツも、顔を真っ赤にしうつむいてしまった。握った手に一層の力がこもる。ちょっと痛い。

 一方俺は、なんとか平静を装い(手の痛さで冷静さが増した)適当に挨拶を返すことができた。


「奇遇だな、ファンダ」

「だだだだだだだだだだだだだ! だな!  安宿を探しここに来たんだぜあたしら!」

「そうだよな、うん、安宿だからだよな」


 不自然なほど動揺していたファンダだが、彼女の裾をクウが強く引っ張った。大げさにファンダがよろける。


「詮索は良くないよファンダ……」

「そそそそそ! そうだな! ごゆっくり!」


 そのままファンダは、クウに引っ張られるような格好で、部屋の中に消えていった。


 バタン、と、分厚い扉が閉ざされると、廊下は『シン……』と静まり返った。


「……」

「……」

「えーと……」

「俺たちも、詮索は良くないな……」

「……ですねぇ」

「……中、入ろうか」

「……ですねぇ」


 突然の嵐のようなやり取りを経て、俺たちも、自分たちの部屋の中に入ったのだった。


「……!」

(……おおう)

 入室した目の前の光景に、またしても押し黙る俺たち。


 イメージ通りの光景が広がっていた。この宿は、大きめサイズのベッドが1つしか無かった。しかもピンクを基調としたファンシーなカラーリングだった。


「か……かわいいですねぇ」

「そだな……」

 ナツがなんとか絞り出した一言にも、俺は適当な相槌しか打てなかった。


「あ! こここ、ここ、湯浴みシャワーも付いているみたいですぅ!」


 目が泳いでいたナツの視線に、何かが飛び込んできたようだ。彼女の指差すところを見ると、小さな扉と『湯浴み』の文字。


「部屋に湯浴みが備えてあるんだな」

「そのようですぅ。お疲れでしょうからランジェ様、お先にお使いくださいぃ」

「お、おう、ありがとう。先に浴びるよ」


 現状の空気に耐えられず、俺はそそくさと彼女に背を向け、湯浴み場に向かった。少し彼女と離れて、冷静に考えを巡らせたかったのも本音だ。


 俺は脱衣所で服を脱ぎ、湯浴み場に足を踏み入れると、その設備に驚いた。

 なんと、珍しく水道のような装置が備えてあったのだ。配管の途中には、象形文字のようなものが刻まれた鉱石が埋め込まれていた。


 たしかこれは、ルーン文字と、そして燐鉱石だ。

 転生してきて、少しでもこちらの知識を詰め込もうとした本に記載があったのを思い出した。ルーン文字とは魔力を込めた文字で、燐鉱石は魔力を溜め込む事ができる石である。


「もしかして、温水設備か?」

 掘られたルーン文字は、炎の術法を表していた。燐鉱石はいわば「電池」のような役目である。俺の想像のとおりに、燐鉱石に触れるとそれは水を組み上げ、炎のルーン文字が配管を熱し、通る水を温めた。


「すげー」

 ヴァリヤーズ公爵家にも、こんな設備は無かったから、これは本当に最新設備なのかもしれない。

 驚きながらも、俺は贅沢にお湯を堪能したのだった。


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