24.主人とメイド以上の関係
湯浴みを終えた俺は、パンツを履き直し外に出た。その様相を確認すると、ナツは直ぐに湯浴み場に向かった。特に顔を合わせることなく、彼女は俯いていた。──すれ違いざま、耳の先まで真っ赤に染まっていたのが見て取れた。
「さて」
そう呟くと俺は、1つしかないベッドに腰かけた。
……本当、どうするか。
このホテルに誘ったのは、間違いなく彼女だ。俺は、なすがまま、されるがまま『ここ』まで来てしまった。
主人と
主人の命令には絶対服従、といっても過言でない上下関係。そういう『間違い』も、あって然るべきではないだろうか。マンガの読み過ぎかな?
いかん。
実のところ、俺は転生前には独身社会人を勤め上げていたが、あまりにイベントがなさすぎた人生だったため、そういう経験が『無い』。
正直、この場合はどうすればよいか全くわからん。
冒険者として泊まるのなら、彼女をベッドに一人で寝かせ、俺は床にゴロ寝が一番……いや、主従関係を考えると逆か。でも、女性を硬い床に寝かせるのは憚れる。
「否」
彼女は一体どんな気持ちで、俺をここまで引っ張ってきたんだ。
彼女の気持ちを無下にする。それこそ、彼女の心を大きく傷つけてしまう。
しかし、俺から手を出すのも……何か違う気がする。
「うーん……」
ぐるぐると思考が巡るだけで結論は出なかったため、俺はベッドに横になって、彼女が風呂から上がるのを待った。風呂場には背を向け、こちらの表情が伺えないようにした。
いわゆる、寝たフリである。
この場は、彼女にすべて委ねることにした。
俺がすでに寝ていると知れば、そのまま彼女も、何もせず床につく可能性もある。
もし彼女にその気があれば……その時は、そのままそれに応じるだけだ。
男としての『逃げ』に走ったような気もするが──。
なお決して、
そんなことを考えていたら、風呂からナツが出てきた。湯浴み場には背を向けているため、扉の開閉音と、きしむ足音、そして、彼女が召す服の刷れる音だけが聞こえていた。
ぎし、ぎし。
彼女の足音がさらに近づく。
「……起きて、ますぅ?」
背中からナツの声。しかし、敢えて答えない。なぜなら狸寝入りだから。
「……失礼、しますぅ」
(……!!!!!)
すると、俺の背中に突然のぬくもりが。
ベッドがゆっくり沈み、彼女が乗ってきたと思ったら、急に抱き締められたのだった。
一瞬、脳裏に彼女の【剛腕】スキルが浮かび、体が自然と硬直する。しかし、その予感とは裏腹に、彼女の抱擁は柔らかく、そして暖かく、俺を包んだ。
意図せず、自然と胸が高鳴る。
「今回は、力加減を間違えません……」
ギュッ。
彼女の包容にさらに力がこもる。しかし抱かれている側も心地よい力加減だ。湯上がりのぬくもりが背中越しに感じられた。
「……ランジェ、様……」
ナツはそのまま、俺の耳元で囁いた。普段聞く声色であるが、吐息が耳に当たりくすぐったかった。それが更に、俺の心臓を強く波打たせた。
(ここここ! これは!! 辛抱堪らん!)
「お休みの間に……少しだけ……私のワガママに……お付き合いください……」
さらに彼女の手が俺の体をまさぐった。
くすぐったさより、興奮が勝る。
「ナツは……お慕いしております」
普段の喋り方に比べ、色っぽさが数段上だ。俺の興奮のバロメーターは、今にも降りきれんばかりだ。
「ヴァリヤーズ家で幼少期を一緒に過ごしたとき……ナツは、
(こ、こ、これは告白か!!)
甘いにおい。風呂上がりの石鹸とはまた違う、異性の香り。
心臓の鼓動は自分もビックリするくらい激しくなった。ナツにも聞こえてるだろう。
「ナツは、ランジェ様のことを……」
(……ナツっ!!)
ここまで据え膳を添えられて我慢できる男など居るのだろうか。いや、居ない。
しかしここは一旦堪えた。
今にも飛びかかりたい衝動に晒されるも、ここで、俺から仕掛けるのは賢くない。
ナツ側から施してもらうことで、彼女側の同意を得られたに等しくなるのだ。
「ランジェ様のことを……」
さあ! さあ!
さらけ出せナツ! 俺に、思いの丈を放つのだ! さあ!
「……『弟』のようにお慕い申しております」
……。
あれ?
弟?
「ナツは、『実姉』のように、ランジェ様に御使いできれば幸甚です……」
……。
……。
……。
ちくしょーーーーーーーーっ!!!!!
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