13.名付けてGホイホイ

 宿のレストランで、俺たち4人はテーブルを囲い親睦を深めていた。と、聞こえは良いが、俺はだいぶ絶望の縁に立たされていた。


 この宿は、冒険者用に整備されている。どうやら全盛期には、ひっきりなしに冒険者が訪れていたらしいが、別の街道が整備されたため、こちらに来る人は減ったとのこと。


「人が減ると、ゴブリンは増えますからねぇ」

 ナツは、出された芋のフライをモサモサと頬張っていた。

 俺もできることなら、久々の『料理』を味わいたかったが、料理よりも眼の前にある問題が大きすぎて、食欲が湧いてこない。


 あ、ちなみにここの食事代と宿代は、村が出してくれた。タダ飯タダ宿にありつけたのは、嬉しい誤算である。


 しかし、村の人たちの情報では、明日明後日にはまたゴブリンが襲来しそうとのこと。

 今夜来られても万全な作戦を立てておく必要が──。


「ふっ! たかがゴブリン。楽勝さ!」

 チキンレッグに齧り付きながら、ファンダが言い放った。


 すごい。これ程まで『私はこれからゴブリン集団に○されます』って書かれたフラグを振り回すキャラがいようとは。


「ゴブリンは単体よりも、集団が怖いですねぇ」

 そんなファンダに、ナツが横槍をいれた。ナツもナツでさっきから、芋のフライばかり手をつけている。大好物らしい。


「じゃあなんだい……ングング。何か作戦……モグモグ。……っくん。あるのかい?」

 口に物を入れてしゃべるな。はしたない。


「クウさんは、何の術が使えますか?」

 俺は、先ほどから口を開かない彼に意見を求めた。

 固いパンをスープに浸し、柔らかくして食べていたクウが、食事の手を一旦止めた。


「ボクは……炎と風の初期術と、あと閃光フラッシュくらいですね」

「フラッシュ……目眩ましか」

 何かに使えそうだ。などと思うも、それを見透かされたかのような答えが、ナツの口から発せられた。


「ランジェ様、ゴブリンは鼻が利きますから、あまり目潰しは効果無いかもしれません」

「ありゃ」

 流石、ゴブリン退治の経験者である。ナツの意見が一番的確だろうし、それに頼ることになってしまっている。


「ん? まてよ」

 鼻が利く、か……。そういえば『あの時』も、この方法が通じたな。


「なあ、みんな。だったら、こういう作戦はどうだ?」

 俺は、嬉々として自分の作戦を伝えた。



 ***



「十分な大きさだな」

「中で、立ち回りもできますねぇ」


 俺たちは村人に掛け合って、使ってない納屋を紹介してもらった。大きさは十分すぎるほどだった。壁は朽ち柱も腐っていたが、元々、取り壊す予定とのことだったので、なおさら都合がよい。


「この建物の中心に、奴らゴブリンをおびき寄せるのさ……ナツ、お願い」

「はい、ランジェ様」

 ナツは、背負っていた編み籠から果物を取り出した。それはほどよく熟しており、甘い匂いを醸し出していた。


「ただの果物でか?」

 ファンダの疑問は概ね正しい。そこで一工夫だ。


「これらを焼くのさ。炙って匂いを引き立たせ、ゴブリンをおびき寄せ……んで、こいつを、と」

 次に、俺の背負っている籠から、根と土を布で包んだ一株の苗を取り出した。


「蕾? ゴブリンちゃんにプロポーズでもすんのか?」

「ちょっとファンダ……ランジェさん、それは昼寝花ナップスですか?」

「そ。詳しいなクウさん。これをこう、果物の近くに植えておく」


 この花粉には強烈な入眠作用がある。ゴブリンに効果があることは、数日前の夜に実証済みだ。


「いやいやいやいや。何寝ぼけてんだランジェ。そんな都合よく咲くわけけないだろ?」

 ファンダが笑いながら頭を振った。そりゃそうだろう。甘い香りに誘われたゴブリンが集まったタイミングで開花し、そして花粉をばらまくなんて、都合の良い事は起こり得ない。……普通なら。


「大丈夫、それは保証するよ……ほい、開花宣言──咲き誇れ」

 俺は、背中の籠から別の苗を取り出し、ファンダとクウの眼の前で『宣言』を行った。すると『ポンッ!』と小さな音とともに、蕾が瞬時に色鮮やかな花を開かせた。


「へええええええ! すげえ! おもしれぇ!」

「これは……一体どういう……」

「いつ見ても、鮮やかですぅ!」

「ぶっちゃけ、仕組みその他は俺もよくわからん! けど、これで信じてもらえたろ?」

 三者三様の驚き様は、見ているこちらも悪い気分にはならない。

 この花を咲かすだけのスキル。通常はぶっちゃけ手品と大差ないが、今回、この能力がゴブリン討伐の要になる。


「ゴブリンが何匹来ようが、昼寝花ナップスを一気に開花させて花粉の海に沈める!」

 あとは、寝ているゴブリンを一網打尽だ。


 村人の証言では、5〜6匹のゴブリンが確認されているとのこと。それくらいの数なら、4人がかりで全部の寝首を掻くくらいできるだろう。


「ま、数が多いなら、納屋に火を放って、閉じ込めるだけさ」

 そのために、取り壊して良い納屋を選んだ。ちょうど、藁草や牧草を集めていた建物のようで、よく燃えそうな干し草が残っていた。


「名付けて……Gホイホイ大作戦!」

 ドヤ顔で作戦名を宣言した俺。ふふん! と鼻息を荒く、パーティ側を望んでみたが……。


「わーぱちぱち」

 話を最後まで聞いていたのは、ナツだけだった。


 クウは、俺の能力で咲いた花を未だに不思議そうに見ていた。

 ファンダに至っては、作戦用の果物をかじっていた。


「おうランジェ! この果物うめぇ! お前農家になれよ!!」

 相当甘く美味かったらしい。凛と目を輝かせ、無邪気に悦んでいた。


「不安しか無い」

 俺の口から、本音が溢れた。




 ****




 今宵の月灯りは、森の中に佇むその女の顔を照らしていた。しかしその女は、キツネ目のお面を身につけていたため、素顔を伺うことは出来なかった。


「さ、お食べ」

 女は、ゴブリンたちに『何か』を食べさせていた。果物の芳香を加えられていたため、ゴブリンたちはそれを貪った。


「ゴフッ……ガハッ!!」

 すると、それを食べたゴブリンたちが一斉に泡を吹いた。急激に苦しみだす個体もいれば、そのまま静かにうつ伏せに倒れたものもいる。


「……どうかしら」

 それを、その女はただ眺めていた。バタバタと倒れるゴブリンたち。

 だが、彼らはゆっくりと起き上がった。目は血走り、口からよだれを垂らし、小さな唸り声をこぼしていた。


「うん、ゴブリンにも効くのね」

 女がゴブリンに食べさせたのは、強烈な気付け薬だった。


「さ、後は適当に暴れて頂戴。村の一つや二つ無くなっても構わないわ」

 いつの間にかその女は、木の上に避難していた。気が高ぶり、狂戦士化したゴブリンたちのターゲットにならないよう、彼らの視角から外れ、森の奥に消えていった。


「ゴフッ、ガホゥ!!」

 森から出た彼らは一斉に、僅かに香る甘い果物の匂いを感知した。

 その狂った集団は、匂いにつられ脇目もふれず、村の外れの納屋に突き進んだのであった。


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