16.ナツの思い

 ヴァリヤーズ家で教わった剣術は、『護り』に特化したものでした。


 乳母としてヴァリヤーズ家に雇われたお母さんに連れられて、私──ナツも、公爵家に入ることを許されていました。ヴァリヤーズ家長男のランジェ様とは年も近く、幼い頃から、ランジェ様の遊び相手として育ちました。


 物心ついたときには、ランジェ様とキスト様、そしてカーリア様に混じって、教養や武術も一緒に学ばせてもらえました。お母さんがヴァリヤーズ家に真摯に勤め上げ、信頼を勝ち取った賜物だと思います。


 特に剣術においては、ナツは成長が著しく、ランジェ様には負けたことはありませんでした。……キスト様は其れ以上に才能を開花させ、逆に一度も勝ったことはありませんが。


 ナツはそのこともあり、このまま公爵家に、メイドか兵士として勤めるものと思っていましたが、それは叶いませんでした。


 12歳を境に、公爵家への立ち入りを禁止されました。しかし、特に驚きはありません。元々平民の子供が、公爵の子供たちと同じ教育を受けていた事自体が特例だったのですから。


 それでも多少なりともショックを受けました。もう、ランジェ様たちにお会いできないと思うと、胸が締め付けられる思いでした。


 その後、ナツはお母さんの親戚を頼り、町外れの農家で細々と働き始めました。

 ナツは幸運にも、生まれつき【スキル:剛腕】というものを神様から授かっていたようで、力仕事は大人のそれに負けじとも劣らず。それでいて、ヴァリヤーズ家で学んだ剣術は、野良ゴブリンを退治するのに非常に役に立ちました。


 そのまま月日は流れ、ナツが15歳になった頃。お母さんから、ランジェ様が公爵家を追放されたことを聞きました。


 ナツはいても立っていられず。そして反面、またランジェ様にお会い出来るという期待もあり、家を飛び出しました。


 これを機に、ランジェ様の元で従者メイドとして務められるかも、という喜びもありました。


 そんなこんなで、お母さんからランジェ様の幽閉先を聞き出し、あの別荘にたどり着いたのでした……。



 ***




「あばばばばばば……ひいっ!!!」

「お上手です、ファンダさんっ!」


 円形の盾を使って、ゴブリンの攻撃を受け流すファンダさん。

 ナツは、彼女の背面に立ち、もう一方から襲ってくるゴブリンを相手にします。


「ぐぎゃあっ!!」


 錆びたナタを振りかぶり、ゴブリンがナツに飛びかかります。ですが、大振りなほど対処しやすいため、とてもありがたいです。


 円盾をナナメにして、振り下ろされたナタを真横に弾きます。

 そして、がら空きになった急所……今回は、頸動脈に目掛け、長剣の先端を突き刺しました。


「ぎゃふ……」

 声帯を貫かれ、声にならない声が漏れます。

 しっかり脛椎まで刃が入った手応えを覚えたので、ゴブリンを蹴り飛ばし、剣を抜きます。


 大量の出血とともに、そのゴブリンは絶命しました。


(これで……3!)


 1対1の戦いなら、ナツは、ゴブリンには負けません。彼らは基本、武器を持っても振り回すだけですので、それを受け流し、急所を突くだけです。


 ですがこの戦法は、大多数の敵を相手にする場合は有効打に欠けます。

 なので今回は、ナツの背中側はファンダさんに預けました。


「ひいいいい! ひいいいい!」

 ガイン! ガイン! と、ナツの後方で、ファンダさんがゴブリンの攻撃を弾いています。

 攻めず、とにかく、盾と剣で、攻撃を防ぎ続けてください。と、ファンダさんに『全力で防御』をお願いしていました。


 右手に炎の壁が来るように位置取りし、背中はファンダさんが命がけで守りに徹しています。

 これで、擬似的に1対1に持ち込む格好となり、なんとか3体のゴブリンを葬ることが出来ました。


(ですが……そろそろキツイですぅ!)


 熱に当てられ、ナツは汗だくでした。ああ、お風呂に入りたいです。

 そして熱さは、ナツの集中力を容赦なく削いでいきます。


(……いけない、集中!)


 再度ゴブリンが襲いかかりました。今度のは、どこで拾ってきたのか、長い槍を持っていました。

 しかし今回も、錆びた槍先にだけ気を付け、それを盾で弾きます。

 槍はリーチが長い分、一歩踏み込んで、斬りかかる必要がありました。今度はゴブリンの脇腹を狙います。


 が、横に薙いだ長剣は、ナツの想定以上に、ゴブリンに深く刺さりました。


「あ……マズいですっ!」


 剣が、手からすっぽ抜けたのです。


 先ほどと同様に、ゴブリンを蹴り飛ばして剣を抜こうとしたのですが、手汗と返り血で滑ってしまいました。


「おいナツ! どうすん……ひええっ!」


 ファンダさんが悪態をつこうにも、ゴブリンの攻撃がそれを許しませんでした。


 蹴ったゴブリンの死体には、ナツの長剣が突き刺さったままです。取りに行こうにも、それは残ったゴブリンたちの方角に転がっており、簡単ではありません。また、ここでファンダさんとの連携を解くわけにもいきませんでした。


「くっ……」


 このピンチを、ゴブリンたちは見逃してくれませんでした。

 武器をなくしたナツたちに、ここぞとばかりに、ゴブリンたちが襲いかからんとします。


「……光よThgil盾となれOd Dleihs、プロテクション!!」


 半球状の光の壁を作り出す、防護の術です。

 ナツとファンダさんを包むように、光の壁を生み出しました。


「むぎぃっ!」

「ぎぃぃぃぃ!!」

 その壁に取り付き、ゴブリンたちはガンガンと殴りかかりました。プロテクションの術を叩き割ろうとしているのです。


「た、助かった……って! ナツ! こんな技あるなら最初から使ってくれよ!」


「時間稼ぎしかなりませぇん!」


 炎の熱は完全に遮断できません。じわじわと、確実に、ナツたちを焼き始めました。

 また、今にも崩れ落ちそうな建物の中で、動きを止め防御に回ることは、あまり賢い対応とは言い難いです。


 それに……。


 ぴしっ! 


「ひっ……おい、いま、ヒビか……」

「はいぃ……ナツ、体力限界ですぅ……」


 ぴしっ! ぴしっ! 

 凍った湖面にヒビが入るかの如く、半球状の光の壁が割れ始めました。

 このプロテクションは、カーリア様に戯れで教えていただいたものなので、それこそ『付け焼き刃』の術です。硬さに保証はありません。


「ひぃぃ……終わった……やっぱり、アタシの人生終わったんだ……」


 ひざを突き、またしても全てを諦めたファンダさん。顔面蒼白で天を仰ぎ、口をパクパクさせていました。

 プロテクションの真上から覆いかぶさるゴブリンが光の壁を叩く度に、ファンダさんは、あまりの恐怖からか、引きつった笑みを呈していました。


(……ランジェ様っ!!)

 正直、ナツも、ファンダさんほどではないですが……覚悟を決めていました。

 武器を弾かれ、後ずさり、プロテクションで護りに入った時点で、ナツの戦いは負けていました。


(ランジェ様……どうかご無事で……)

 プロテクションを維持しながら、炎の壁のその先を望みます。ランジェ様とナツを分け隔てた炎の壁です。炎の先では、きっとランジェ様はまだ生きているはずです。


 ナツは死ぬのは怖かったのですが、それ以上にランジェ様のことが気がかりでした。


 形容しがたい、もやっとした感情です。ランジェ様のことを考えると、いつも心の奥底がくすぐられる思いでした。

 短い期間でしたが、従者として旅ができたことは、近年で最高の喜びでした。


「……ランジェ様っ!!」

 しかし心残りも多々あります。せめて……最後に、ランジェ様のお顔を拝みたかったです。



 ……。



 もし叶うなら。


 ランジェ様がまるで本物の勇者様の如く。


 ナツのピンチを助けに来てくれると、幸甚の至りではございますが……。



(もう……限界ですぅ)


 びしっ! ……ぱああん! 


「ひいいいいっ!!」

 そして無常にも、光の壁は砕かれました。同時に、ファンダさんの悲鳴が響きます。


 壁が割れたと同時に、ナツは一気に気が遠くなり、膝から崩れ落ちてしまいました。

 ですがナツは、まだ願っていました。

 ナツが『勇者様』と信じた、あの人が助けに来てくれると。


「ランジェ様……っ!!」





「吹っ飛べぇええぇっ!!!!!!!」





 その声と同時に、ナツの目の前のゴブリンが吹き飛ばされました。


「え?」

「へ?」


 その攻撃は、炎の壁の奥から発せられました。ぽっかりと炎の壁に穴が空き、そこから『何か』が飛び出したのです。


 それは、ナツの目の前のゴブリンを、二匹同時に蹴り飛ばしました。

 くの字に圧し曲がったゴブリンの体が、真横に飛んでいきます。



「ランジェさま──あれ?」



 ナツの望みとは少し違っており、ちょっと腑抜けた声が出てしまいました。



 炎の壁を突き破り、先のゴブリンを蹴り殺したのは……。



 ファンダさんのパートナーである、クウさんだったのです。

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