09.ランジェの記憶
「すいません! つい勢いで、クビを200度ほど回してしまいました!」
よく生きてんな、俺。
首を擦りながら、そして、なぜ生きているのか不思議に思いながら。
彼女の平謝りを一身に受けていた。
彼女が、治癒術を使えてよかったよ。さすがは『トモエさんの娘』だ。
確か名前は──。
「──ナツ?」
俺が彼女の名前を呼ぶと、ナツは驚き、そして笑顔になり、今度は泣きそうな顔になった。
「覚えてて……くれてたのですねっ!」
そして彼女は、抱きついてきた。エアバッグよろしく、彼女の豊満なものが俺の顔に押し付けられた。
「ランジェ様っ!! ナツはっ! ナツは幸せモノです!」
グイグイと、彼女が俺の体を締め付ける。
最初は気持ちよかった。柔らかく包み込まれ、ほんのり良い香りもした。極上の至福がそこにあった。
が、彼女が力を込めるたび、そこは劣悪な地獄へ移行した。彼女の怪力は、俺の骨をギシギシと軋ませ、内蔵は強く押しつぶされ、さらに彼女の胸肉は俺の顔を圧迫し、呼吸器を完全に塞いでいた。
「ナツ……タンマ、息が……」
「ああっ! ごめんなさい、ランジェ様!」
ばっ! と彼女が体を離してくれたが、圧迫から開放された俺の鼻から、鼻血が勢いよく吹き出すこととなった。
***
そう、俺は、
しかしながら。彼女──ナツのことは、結構しっかり覚えてる。
「……? ナツの顔に、何か付いてます?」
頭にハテナマークを浮かべ、小首を傾げた。その姿はまるで子犬である。短めのツインテールが動物の耳を想起させ、余計にそう見えてしまう。
しかし彼女は、子犬と呼ぶには、全てがデカかった。
大女……というのは流石にデリカシーの欠片もないが、こう形容するのが一番わかりやすいのだ。
年齢は、
物心ついた頃から、ある程度大きくなるころまで、彼女とは屋敷でよく遊んでいた。
しかし俺よりも、彼女の体は
体も、声量も……なんなら、バストサイズもケツもデカい。しかし一方、ちょっと『抜けて』いるところも見られるのが難である。
「……いや、ナツ、なんでそんな格好してるのかな、って思ってさ」
彼女が着ている服は、何故かメイド服であった。どうやらそのフリフリ付きミニスカ姿で、馬車で3日かかる旅路をやって来たようなのだ……。
「え、そ、それはぁ。ナツが、ランジェ様をお世話する係だからです!」
どうやら、遅れてやってくる使者とは、彼女のことだったらしい。
「──えーと、言っている意味分かる?」
「はいっ! ナツは、ランジェ様の使用人になるべく、馳せ参じました!」
「現状、周り見てみてどう思った?」
「んー、とても個性的なお家ですね」
「これね、廃墟っていうの」
「住めば都というやつですね!」
ちょっと会話のキャッチボールができない。なんならドッジボールに近い。
「現状、かなり生活水準が低い。生きるのもやっとな状態なんだ」
「そう思って、ナツ、いろいろ持ってきましたっ!」
そういえばさっきから、彼女の後ろには巨大なリュックサックが見えていた。
そう、大きさは大人が一人くらい入りそうな、それくらいの大きさ。
彼女は、コレを担いで、ここまで来たのだ。──彼女の持つスキル【剛腕】の成せる業だった。
「たしかに、荷物は助かる」
「ですよね! まずは……じゃーん! ボードゲームです!」
「ゲーム」
「はいっ! お暇していると思いまして! なんと超巨大なデラックス版です! 多人数でのプレイ対応!」
「多人数」
「結構大きくって、リュックの半分を占めちゃってますけど、それに見合う面白さです!」
要らない。
過剰梱包で廃棄に困る通販の緩衝材くらいに要らない。
友人の結婚式で配られた二人の写真入り飾皿並みに要らない。
ただただ、頭を抱えることになった。俺は無言で、特に言い返せるような気力も無かったため、うつ伏せになったまま静かに涙を流すのだった。
ちなみにそのボードゲーム。二人でやっても全然面白くなかった。
「後はですねぇ……」
ゴソゴソと、既に残り半分になったリュックを弄るナツ。
「もう何も期待しない」
不貞腐れる俺。横になり、ただ毒を吐いていた。
「あー、残りはナツじゃなくて、お母さんが用意したものばかりです」
「確変抽選来たな」
俺は起き上がり、リュックの中身を見た。すると、有り難いことにサバイバルに必要そうな道具や、簡単な調味料や香辛料などが詰まっていたのだ。
嗚呼……さすがトモエさん、分かっている。貴方に足を向けて眠れません。
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