08.『敵』との遭遇
魔物である。
(魔王やら勇者がいる世界なわけで。いないわけないよな)
と思うも、現状、余裕はなかった。
肉が食べたくて、狩猟を試してみるも、如何せん知識も道具も無いため、ことごとく失敗。
結局、今夜も草で空腹を満たし、床についた。
そして、入眠する寸前に、ソイツらの気配に気づいた。
ゴブリンだ。
体は子供くらいであるが、頭に小さな角を持ち、目や口は釣り上がり、そして異臭を放っていた。手には槍状の武器を携えている個体もいた。
俺の別荘に、ゴブリンが合計三体、夜分に現れた。
そりゃ、扉の鍵なぞ無いし、壁の一部も無い。入ろうと思えば誰でもウェルカム状態だ。
しかし俺は、そんな輩は招待した覚えは無いし、もし戦闘になったら武器すら無い。
数も一対三と明らかに不利だったため、俺は必死に息を潜め、見つからないように願っていた。
(念のために設置した罠が、役に立っちゃうとはなぁ)
そう。何かあったときのために、俺は『罠』を仕組んでおいた。
ゴブリンが建物のエントランスをうろうろしている。どうやら、焚き火の跡や、人間の匂いに気がついたのか、家探しを始めていた。
(さあ、うまく咲いてくれよ!)
その時、ゴブリンの足元に生えていた植物の蕾が、花開いた。と同時に、黄色い花粉をゴブリンたちに撒き散らしたのだ。
(眠れっ!)
その草は、
そして、彼らも例に漏れず、急に膝を付き、うつろな目をしたと思ったら、ゆっくり体を横たえて眠りについた。
大成功だった。このまま奴らをやり過ごし、その間に安全な場所に避難を……。
……他に安全な場所が思い浮かばず、結局、俺はこの場から距離を取るだけで、屋敷の中で一晩を過ごした。
幸せそうな顔で寝息をたてるゴブリン。隙だらけなので、命を奪うことも可能だと思う。だが、一匹に手をかけている途中で、他の二匹に目覚められたら、元も子もない。なにより、こちらには武器がない。
そのため、俺ができる選択肢は『放置』しかなかった。おかげで、夜は一睡もしていない。人を襲うゴブリンが近くにいるところで、睡眠を取れるほど俺の神経は図太くない。
そして、朝日に照らされ目覚めたゴブリンたちは、『よく眠れた!』と言わんばかりの清々しい顔で、屋敷を後にしたのだった。
「あ、死ぬ」
一方の俺は、蓄積される疲労が限界を迎えようとしていた。昨夜の睡眠不足も祟り、眠気と疲れに襲われ、遂にぶっ倒れてしまった。
疲労困憊である。僅かに持つサバイバル知識と、使える自分のスキルを駆使したが、とうとう力尽きた。
「せめて……武器が欲しかった……」
盗まれた荷物に、護身用のナイフが入っていたことが悔やまれる。
刃がついた武器の一本でもあれば、狩猟に、工作、さらにゴブリン退治も出来たかも知れない。
あまりの眠気と空腹のダブルパンチに、意識が遠のいてしまう。
「腹減った……最後に、肉食いたかった」
まるで走馬灯のように、目の前に肉料理が並んだ。
多分まだ死ぬことはないっぽいけど、空腹が俺に幻覚を見せたのだろう。
それは、前世の記憶。
部活帰りにつまんだ唐揚げ。
学食で出た薄いステーキ丼。
職場近くの豚生姜焼き……。
僅かに思い入れの有る食べ物が並ぶ。
その中でも、ひときわ目を引いたのが、柔らかい鶏もも肉。
「──様っ! ──様っ!」
こんな肉食べたこと有ったっけ?
あんまり覚えていないけど、その鶏もも肉に、異常なまでに惹かれていた。
「──ジェ様っ……! ひゃぁっ!!」
俺は、その肉の幻覚に手を伸ばした。
まるで本物のような手触りだ。柔らかく、しかし張りと弾力があった。
「……あんっ、だ、だめ……はうっ!」
揉みしだいて、肉の柔らかさを再確認。
上等な鶏もも肉……いや、これは鶏胸肉かな。
どうせ幻覚だから何でもいい、もう限界だ。
朦朧とした中、俺は、その肉にかぶりつくのだった……。
「いただきます」
「! それは、まだダメですぅっっ!!」
がっし! ぐるん! ごきゅん!
あまり聞き慣れない音と共に。
景色が180度、右向きに回った──そんな気がした。
そう、気のせいであることを願いながら、俺の意識はさらに遠のいていったのだった……。
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