11.お花を売りに
「……開花宣言、咲き誇れ──」
俺の宣言によって、裏庭の野草が一斉にざわめき、そして、開花した。
「──すごい! すごいですランジェ様っ!!」
先程まで緑一色だった裏庭が、突如、花畑へと変貌した。色鮮やかな花々が一度に花開き、風にそよいだのだ。
これが、俺の本当の能力、【開花宣言】。『咲く時期が判る』を超越し、『咲く時期を自由に操り、あらゆる花を咲かせることができる』のだった。
……。
うーん……。
やっぱ、【勇者】に比べたら見劣るな。農業に使えればなんとか……といった感じ。見た目は派手だが効果は地味である。
「キレイですぅ……」
そんな即席花畑を、ナツは膝をつき愛でていた。幸せそうなその横顔を見て、俺も頬が緩む。
(世界は救えなくても、一人の女の子を笑顔に出来るなら、上出来かな)
***
……全て、ナツが作り方を知っていた。やるやん。
「よっこいせ」
俺は、籠にいっぱいの花を入れて背負った。
園芸用にも使えるようにと、一部は根と土ごと掘り起こし、布で包んでいる。
「ほいっ」
ナツは、持ってきたリュックの他に、両端に籠を下げた棒を担いだ。籠にはフルーツが山盛りだ。
それらも軽々と持ち運べるとは、さすが【剛腕】女子。
「こんないっぱい果物が出来るんですね~」
「花が咲けば、実が成る。俺は『きっかけ』を与えただけさ」
食用、そして種子採取用にと、別荘到着後すぐに、果樹の花を咲かせておいたのだ。実が出来るのに1ヶ月くらいはかかるかと思ったが、早々に実がなり熟したものが採れたのは幸いだ。
(……能力で無理やり咲かせたからかな?)
花を咲かせた後の植物の成長は、著しかった。だがお陰で、売り物になりそうな果物をゲットできたのだが。
そう、俺たちは今から、花や果物を村に売りにいくのである。
路銀がゼロなのだ。村まで降りて、そこで馬車代くらい稼げれば御の字である。
「じゃあ、行こう!」
「はいっ!」
俺たちは、5日ほど世話になった廃墟を背に、農村に向かったのだった。
なお巨大なボードゲームは、昨晩、焚き付けに使用させてもらった。
***
草木を掻き分け、森を抜ける。俺が最初に来たときよりも、道は綺麗だった。ナツが、剣で草刈りをしながら来てくれたためであった。
「ありがとう、ナツ」
「えへへ〜〜」
褒めれば褒めるだけ、ナツは嬉しそうに顔をほころばせる。見ていてこちらも癒やされるのであった。
そんな道中を過ぎ、俺たちは目的の村に到着した。俺が最後に宿泊した宿が有る農村だ。
意外と宿泊した宿はしっかりとした作りで、冒険者も迎え入れられるようになっていた。宿の近くには、冒険グッズを取り揃えたよろず屋も構えていた。
村全体としては、酪農を営んでいたり、野菜と思われる畑も多く見られた。自給自足を行える、普通の田舎村である。
「……ん?」
さて、村に来たには良いが、どうやって花を売るか……と思慮していると、どうも村の様子がおかしいことに気がついた。
冒険者用の宿の前で、年配の人たちが何やら会話している。井戸端会議にも見えるが、話をする人々の顔は、いずれも険しいものであった。
なんとなく興味が轢かれて、俺は、彼らに声をかけようとした。が、それより先に声を掛けられた。
「おお!? ギルドの依頼を受けた冒険者……じゃ無いか」
無精髭の中年男性の、俺を見ての第一声だった。
確かに、カゴいっぱいの花を担いだ男と、さらに多くの荷物を担いでいるデカいメイドのパーティが普通の冒険者と見られるには無理がある。
「どうされたんですぅ〜?」
厳しい顔の集団を前に、非常に間の抜けた声が掛けられた。ナツだ。
おいおい、緊張感も何も無いな。
「……夜中に、ゴブリンが出てしまってな」
ナツの一声は、しかし、凝り固まった彼らの気持ちをほぐしたのだろうか。眉間に皺は寄っていたが、その男の声のトーンは落ち着いていた。
俺はそのまま、彼らの話を伺うことにした。
どうやら最近、深夜にゴブリンが頻出しているようだ。
ゴブリン単体であれば、村人でも退治できるらしいが、今回は数が多いとのこと。
「最近のゴブリンの動きは異常だ。夜に、しかも集団で来たことなど今まで一度もない」
話を聞きながら、酪農をしている場所に案内された。するとそこには、犬の死骸があった。
「……ゴブリンの仕業、ですか」
「最初に番犬を殺られた。奴ら、個体では大した知恵は無いが、集まれば集まるだけ無駄に知性が上がる」
三人寄れば文殊の知恵とは、よく言ったものだな。
「先程、僕らをギルドの冒険者と間違えましたが」
「ああ、今日にでも来るはずなんだ。ゴブリン退治を依頼している」
「そうですか」
なら俺たちは、これ以上首を突っ込む必要はないな。
「……ランジェ様、ナツは──」
「ダメだよ、ナツ。俺たちの目的は、あくまで路銀稼ぎだ。あまりトラブルに巻き込まれたくない」
ナツが小声で、俺に何か言おうとしたが、それを制した。心優しい彼女のことだ。困っている人がいたら手助けしたくなったのだろう。
「しかし、困ったよ。ゴブリンは甘い匂いが好きだからな……」
……おや?
「花畑も数日前、一部蹂躙された。満開の花の匂いに惹かれたんだろう」
……おやおや??
「家に、花すら飾るのを忌避している状態だ」
……おやおやおや???
「実が熟した果樹園なんかも危険すぎて。本当に困った」
……おやおやおやおや????
「えっと、俺たち、花と果物を売りに来たんですけど……」
「そりゃ無理だな。そんな甘い匂い漂わせてたら、ゴブリンに襲撃されるぞ」
間接的に大ピンチである。まさかゴブリンの襲来が、こういった形で弊害になるとは思わなかった。
口をあんぐりとして情けない顔を露わにしていた俺を、ナツが覗き込んだ。
その彼女の顔は、何故か嬉しそう……いや、これは『ドヤ顔』『したり顔』というやつだった。
そして次にナツが発する言葉は、彼女の性格から容易に予想できたのだった。
「ランジェ様っ! ゴブリン退治のお手伝いする名目が出来ましたねっ!」
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