26.勇者、推参?
刹那、月が望む窓ガラスが派手な音と共に砕けた。クウのパートナーであるファンダだ。彼女は、愛用の円盾を前に構え、俺たちの部屋に突っ込んできたのだ。
「なーっはっはっはっ!! 勇者ファンダ、ここに推参……うげおろろろろろろ……」
そんなスキを、プロの暗殺者が逃すわけがない。
仮面の女の鋭いローキックが、ファンダの鳩尾に寸分違わずクリーンヒットしていた。
「おぶっ……」
口から吐瀉物を撒き散らしながら、彼女は白目をむき、前のめりに突っ伏し沈黙した。
しかし、襲撃者2人の意識……てーか、この場全員の意識は、確実に
ヘイト集めとしては十分だった。
『ヘル・ウィンド!!』
……どごぉっ!!
重厚な作りだった部屋の扉であったが、彼女の気合の籠もった発声と同時に、蝶番が外れ、内側に吹っ飛んできた。
「なにっ!!」
完全にファンダに意識が持っていかれていた侵入者は、突然飛んできた扉にたじろいだ。しかし、さらにその扉に隠れて、彼女が部屋に飛び込んだ。
「『
扉の前で詠唱を終えていたのだろう。クウの握る樫の杖の先端から、強烈な光が爆発し、部屋を白く染めた。
「ぐっ!」
「わっ!」
「があっ!」
全員が全員、その刺すような閃光に例外なく目を眩ました。
襲撃者2人と、俺とナツも、である。
「クソッ!」
「はああああああっ!」
ガン! キン!
俺の手から女の拘束が解かれた。と同時に、激しくせめぎ合う音が響いた。
樫の杖と、曲刀とがぶつかり合う音だ。
クウと狐面の女が会戦したのだ。
俺も閃光に目を当てられて何も見えていない。音と気配だけが頼りだった。
「ちっ!!」
「あっ、待てっ!」
「……ぐへぇぇっ!」
未だに目の前がホワイトアウトしているが、幾分、調子が戻ってきた。
そして目をこらすと、狐面の女がちょうど、ファンダを踏み台に、窓枠に飛び乗ったのが見えた。
「分が悪いわね」
そう、女が漏らすと、そのまま窓から飛び降りた。黒尽くめの服は闇夜に紛れ、そして消えていった。
「お、おい! 何が起こっている!!」
男の襲撃者のほうは
「はあっ!」
「おあっ! ……ぐはっ!」
それに気づいたナツが、戸惑う男の手をつかみ、綺麗な一本背負いを決めた。固い床に『ドダッ!』と、思い荷物を床に叩きつけたような重い音と振動が響く。
カラン、と、男が持っていた長剣が床に落ちた。
「くっ、うおおお!」
男はすぐに立ち上がるも、今度はブンブンと、両腕を振るった。見境無く無造作に振り回される腕は、男を捕らえようとしたクウとナツには厄介なものだった。
俺も閃光の効果から十分に抜け出せていない。ぼんやりとは見えているが、音を便りにせざるを得なかった。
がしっ!
すると、男が何か掴んだ。
「きゃっ!」
ナツの小さな悲鳴が聞こえた。
……奴め、ナツに掴みかかったのか!
「ナツ!」
俺はナツのいた方向に向き、目をこらした。
輪郭がわかる程度であったが、ナツに男の手が伸びていたことが理解できた。
すると、男もナツを掴んだと判断したのか、彼女を引き寄せようと強く引き寄せた!!
『びりぃっ!』
「あ」
『……ぷるぅん』
「お」
『たゆん……ぽゆん……』
「え」
絹を裂く音。
小さなナツの声。
そしてまるで、水風船がぶつかり合い、弾むような音。
俺の思考が、瞬時にそれが何かを判断し、理解させた。
……そんな音が鳴るもの、この場面においてひとつしかない。
……いや、『ふたつ』しかない。
(み、見え……ない!)
この時、俺はただただ悔恨した。
何故この場面で、ステータス異常【盲目】を患っているのかと。
その世界は磨りガラスの如く。
目に映るは、わずかに認識できる輪郭のみ。
(ちっくしょーーーー!!)
「あ……いゃゃゃゃゃゃっっ!!!」
ナツの巨大な悲鳴。しかしそれは命の危険とかではなく──羞恥に晒されたときの悲鳴だった。
と同時に。
がっし!
ぐるん!
ごきゅん。
「あ」
「ひゅっ」
何処かで聞いたことのある音が、部屋に響いた。
一週間前。体の中から響いた音と、相違無かった。
なんならムラムラしていた俺は、あのときの激痛と恐怖を思いだし、いわゆるタマヒュンした。
どさっ。
そして大人一人が、力無くぶっ倒れる音。
暗がりに、黒尽くめの男がうつ伏せに倒れた……のに、顔はなぜか上を向いているようだ。
……間違いない。
今しがた被害者は、ナツの【剛腕】によって、首が200度ほど回ってしまったのだった。
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