10.復讐開始、そして頓挫
「……肉……塩味……うめぇ……」
塩という調味料が、コレほど有り難いと思ったことはない。俺は涙を流しながら、柔らかく煮たウサギ肉を頬張った。臭み消しの草と塩で煮ただけであったが、肉体的にも精神的にも擦り減っていた体には染みわたった。
「ふっふっふ! どうです、ナツの狩猟と料理の腕前は!」
「狩猟は認める。味付けは俺だ」
副菜の、菜花のおひたしにも手を伸ばしながら、俺は言った。
彼女は狩猟が出来たのだ。リュックにナタなども入っていて、それを用いて、ウサギを一羽ゲットした。
さらにナツは、屋敷裏に自生していた竹──こっちの世界では『ブランチー』というらしい──をしならせ、先端に輪っかを拵えた。
「このピンに当たると、しなったブランチーが元に戻り、一緒に輪っかが締まるんですぅ」
ニコニコと説明してくれたが、つまりは簡易なトラップだ。
小動物が引っかかれば、俺たちの食料となる。ゴブリンにとっては、夜襲を妨げる防壁である。
「助かる。マジ助かる」
「にへへ〜」
俺が彼女を褒めるたび、ナツの顔が面白いほどゆるくなる。それが面白くて、ついつい多く褒めてしまうのであった。
***
食後のまったりとした時間帯。俺は、ナツのリュックを改めてチェックした。
「……剣、と、盾?」
「はいっ! ランジェ様をお守りするのも、ナツの役目です!」
鞘に収まったブロードソードと、木の板と鉄の枠で組まれた、丸いラウンドシールドだ。
そうだ思い出した。彼女は一緒に、ヴァリヤーズ家で剣術を学んでいたんだ。当時の腕前は、俺より上で、弟のキストより下。
幼い頃のランキングであるため、今ではその強さは不明であるが。
「見ててください……よっ! はっ!」
彼女は、剣と盾を携え素振りした。その姿は非常に様になっていた(メイド服である部分は除く)。体が大きい分、重心が上がりがちだが、それを見据えてかなり低く構え、振るう剣先は素早く、そこから鳴る風斬りの音は鋭かった。
「ゴブリン単体なら、退治した経験あります!」
なるほど心強い。聞くところによると、俺が12才になる頃から屋敷への出入りは禁止されたとのこと。逆に、それまで特例で屋敷に入り浸っていたのは、トモエさんが信頼されていた証明か。
その後は、トモエさんの知り合いのところで、農作業とか手伝っていたらしい。そしてその際に、ヴァリヤーズ家で学んだ剣術を生かし、野良ゴブリンの駆除も受け持っていたという。
「……なるほどな」
「はい! なので、ナツがランジェ様の使用人に立候補したんです!」
「ウソ、だな」
うすうす感じていた疑問を、俺は口にした。
「──えっ」
急なウソ発言に、ナツが吃った。驚きの表情から、むりやり明るい表情に戻そうとして逆に顔がひきつっている。
昔から彼女は、素直すぎる人物だった。
「捨てられたんだろ、俺。使用人として来たいうのは建前で、本当は誰もここには来ないはずだった」
「そ、それは」
「そもそも、なんでナツなんだよ。屋敷のメイドを寄越すだろ普通は」
「ほ、ほら皆さんお仕事が」
「ウソ言わない」
「……はい」
しゅん……と、ナツは萎れた花のようにうなだれた。
思ったとおりだ。彼女は、ヴァリヤーズとは無関係に。個人的にやって来たのだった。
「お母さんから、事情を聞いて……居ても立っても居られくなりまして」
「その服は、信じてもらうため、か」
「はい。……どうです、信じました?」
信じるも何も、ずーっと違和感の塊だった。
メイド服で来たという事実も去ることながら、その服のサイズは全く合っていない。パッツンパッツンだったのだ(胸以外)。
「トモエさんの服を借りてきたな」
「うっ……はい」
さらに顔を項垂れ、しょんぼりとするナツであった。
しかしこれで、ハッキリとした。俺は明確に『捨てられた』んだ。
(そうか。勇者じゃなきゃ本当に用無しなんだな)
スローライフを行うにも、圧倒的にスキル不足。自分の命すら守れない。
俺は悲しさよりも、虚しさが前面に出てきていた。
俺は、ナツに声を掛けようとした。『もう帰っていいよ』の、その一言を伝えるつもりだった。
「……うっ、ひっく、ひっく……」
「ナツ、もう帰っていい……って、泣いているのか!?」
「ナツは
するとナツは、堰を切ったように泣き始めた。大女の大声が屋敷の中にこだまする。
「ちょ……!!」
彼女の泣き声に、
(そうか、ランジェお前……ナツのことが……)
俺は、泣きわめくナツの頭を優しく撫で、抱きかかえた。
「……ふぉえっ!!!!」
思いがけない俺の行動に、ナツの口からよくわからない声が漏れた。
「ゴメンな、ナツ。君を泣かせちゃったよ」
「ら、ら、ら、ランジェ様!?」
抱きしめているナツの頭が、明らかに熱くなってきた。耳の先まで真っ赤だ。
俺はナツから体を離して、彼女と向かい見つめ合った。赤面のナツであったが、俺の真剣な眼差しに、姿勢を正した。
「決めた。ナツを泣かせた奴に『ざまぁ』言わせるぞ」
「はぇ? それってつまり……」
「おう、
この提案に、ナツはどう反応するか。俺は予想が立てられなかった。仮にも莫大な領地を持つ公爵家のトップであるし、彼女の母親の上司でもある。
謀反を起こしたとなれば、成否に関わらず、今の生活と地位は追われるだろう。
「ランジェ様……ナツは、貴方の使用人です」
それが、彼女の答えだった。その微笑みは暖かく俺を迎え入れてくれた。
「ありがとう。そうと決まれば、早速、帰宅の準備だ」
「はいっ! ……でもランジェ様。その──『ざまぁ』? と言わせる心当たりは有るのですか?」
「ああ、任せろ!」
ウソだった。
そんなネタ、有るわけ無い。あったらとっくにそのカードを切っている。
「すごい! さすが私のご主人さまですぅ!」
きゃっきゃっと喜びながら、ナツは尊敬の眼差して俺を見つめた。
あまりに純粋無垢な視線が、嘘を付いてしまったという良心にぶっ刺さる。
「ま、ま、まあな……それはそうと、ナツ」
「はいっ!」
びしっ! と、まるで軍隊よろしく背をただした。
「路銀の残りを」
「……?」
「いや、『?』じゃなくてさ」
「ランジェ様の持ち合わせは……?」
「荷物盗まれたから、無いんだよ。ナツこそ、ここまで来たってことは、路銀があるってことだろ?」
「……??」
どうも話が通じない。さも彼女は『なんで手持ちがあると思ったのだろう?』という顔だ。
……ナツ……もしかして……。
「こちらに着いた時点で、ナツ、お金ゼロですよ?」
俺のリベンジは、瞬く間に頓挫した。
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