第28話 王様の薬師
王宮の内部、国王の寝室の辺りは静かで、警備が厳重な気がした。
先に陛下に処方する薬は全部渡してあって、陛下の薬師たちが毒見や検分は済ませているはずだった。
「症状を聞いたうえで、どれを処方するかが、リナ様のお仕事となっております」
まあ、最初に容体を聞いて、自分で手をかざせば大抵のことはわかるんだけど。
陛下の医師や薬師たちは、隣国マグリナの魔術ギルドから派遣されたと言う私を、ものすごく胡散臭そうな目つきで出迎えた。
そりゃそうだ。
彼らだって手を尽くしたはずだ。
それでも治らないものを、いかにマグリナの方が、この件に関しては先進国と言われているにせよ、簡単に治してもらっては困るかも知れない。
とはいえ、現在の情勢では、どうしても治ってもらわないと都合が悪いらしい。
勝手な話である。
イアン王太子とカサンドラ夫人の仲は悪いらしいから、国王が亡くなって王太子があとを継ごうものならカサンドラ夫人派は、全員処分されるだろう。
でも、もしかして、国王の病状が回復しても、果たして国王陛下はカサンドラ夫人の味方になってくれるのかしら。よくわからない。
武芸系の魔術なんかやったこともないので、マラテスタ家の騎士を何人も借りてきた。
一人で乗り込む度胸はないわ。
「では、失礼して……」
ギンギンに睨みつける十人ほどもいる医師団の前で治療の真似事をするのは度胸がいるわ。
「では、まず、こちらを飲ませてください」
激マズの滋養強壮剤だ。
どこが悪いんだかわかりゃしない。
わかる訳ない。
とにかく今日明日の命ではない。まあ、どうにかなるだろ。
「なんですかな、それは」
疑り深そうに医師団の代表らしいのが聞いてきた。
「まあ、万能薬ですね」
仕方がないから解説した。
なんにでも効く滋養強壮剤。この場合は、弱った体に直接、栄養を注ぎ込むようなものだ。別に薬ではない。
国王は弱っている。
「そんなものはありません!」
医師団長は顔を真っ赤にして反論してきた。
まあ、そんな薬、ある訳ないわな。
「では、飲ませない責任はあなたがお取りなさい」
私の知ったこっちゃないから。……とは言わなかったけど。
「じゃー、私たち、帰ります」
飲ませたら飲ませたで厄介だ。
効いたの、効かなかったの、それくらいならとにかく、悪化したとか言われたらたまらない。
「飲まないんなら、結構です」
私はマラテスタ家から付いてきた護衛の騎士に合図した。
護衛の騎士は多分どうでもいいと思っているのだろう。まったくの無表情で、一緒に部屋を出て行こうとした。
「お待ちくだされ!」
医師団長ではない、別の白い髭の男性が切羽詰まったような声を出して止めに来た。
「効いても効かぬでも、害さえなければ! 国王陛下の容体は日々悪化するばかりで!」
振り返ると、医師団は深刻な顔をしていた。医師団長のみ、何かをのどに詰まらせたみたいな顔をしていた。
「いえ、それがあるんですよね、害」
仕方がないから私は白状した。
「はい?」
全員、蒼白になった。
「まずいんです、この薬」
「え? ま、まずいくらいなら。それは仕方ないんでは?」
私は国王陛下に飲ませるつもりだった薬を、ほんのぽっちりコップにとって、かわいそうなマラテスタ家から付いてきた騎士に渡した。
「飲んでごらんなさい」
騎士はかなり面食らったらしいが、グッと飲んで思い切り顔をしかめた。
「どう?」
「まずいです。苦いです。匂いが変です」
私も黙って一口だけコップにとって飲んだ。
「ブエエエ」
それから、この一部始終を息をつめて見守っている医師団にも一口ずつ渡した。
「ブッ。まずい」
「これはまずい」
「うっわっ、まっずっ」
「まずいんですよね」
私も言った。
全員押し黙ったが、飲むのは国王であり、自分達ではない。
率先して私も飲んだので、毒でないことだけは明らかだ。
「の、飲ませてみましょうか……」
医師団のうちでまだ若い男が、白髭の医師に向かってお伺いを立てた。
「欠点と言えば、まずいだけですから」
「そうじゃな。まあ、毒ではないし、欠点と言えばまずいだけ……」
「いや、ホントまずいですね。グエってなりますね」
しのごの言っていたが、もう何でもいいから試してみるレベルまで追い詰められていたらしい。
寄ってたかって、どくどくありったけを国王に飲ませていた。大丈夫かなあ。
「あのう、量を飲ませればいいってもんじゃないので、それくらいで」
私は止めて、残りの薬は全部引き上げた。
「明日朝、状況を見に参りますので」
丁重にそう言うと、医師団も丁重に頭を下げてきた。
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