第43話 シンデレラ・ナイトとその続き

激マズの栄養剤!


そんなところから、わかったのかしら。私が私だって?


「おかげであなたを見つけられた。愛する人」


その言葉に私は真っ赤になった。


私はずっと後悔していた。

イアンと無理矢理離れてしまって。


イアンには事情がありそうだと思ったの。だけど、後になってからこんなに悲しいのなら、偽りの生活でも、のちになって死ぬほど後悔をすることになっても、あのまま一緒に暮らせばよかったのかもと、役に立たないことを思ったりした。



彼の目が私の目をとらえた。見つめて、言った。


「会いたかった。やっと会えた」


その目とその言葉に、飢えていた私の心が満たされていく。




温かなイアンの手が、しっかり私の手を取って、会場の真ん中の方へ私を誘導していく。


ダンスパーティに参加しているすべての人の目が、私を見ているような気がする。


普段の私なら、注目を浴びるのを嫌がって、恥ずかしがって逃げただろう。


でも、今夜は違う。この愛を逃したりしない。この人は私のものなの。誰のものでもないの。


私はイアンと連れ立って、大広間の真ん中へ進んだ。


イアン王子こそが今夜の主人公。その人が、大広間のすみっこでダンスなんて許されない。


至る所でザワザワと話し声が沸き起こっていて、人々は、まるで潮が引くように私たちが通れるよう場所を開けてくれた。




「会いたかったの」


歩きながら私はつぶやくような調子で言った。


「僕も。もう二度と会えないかと思うと胸が苦しかった。僕は猟師になって生涯を終える覚悟を決めたのに」


まさか、本当に、一生猟師のつもりだったの?


「そうさ。君と暮らそうと思ったんだ」


そう言っていた。でも、恋心は揺れ動く。信じたいけど、信じきれないみたいな。


「二人きりで森の中で暮らしたかった。結局無理だったけど」


「無理だった?」


「無理だったと、君に締め出されてから、わかった。君の方が正しかった」


イアンは下を向いて答えた。


「やらなきゃならないこと、僕にしかできないこと、全部捨てて君に溺れようとしたんだよ」


イアンは私の手をぐっとつかんで、私の顔を見た。


「でも、二度と会えないように追い出してまで、僕にそんなことやらせようとする残酷な恋人っている? 義務を忘れるなって」


観衆は私たちを遠巻きに見守っていた。


「僕を嫌いになったのかと思った」


「そんなことは……」


本当は、ずっと心の中で後悔していたの。


「僕は君を好きだったのに。でも、君も泣いていたって。ずっと泣いていたって聞いて、それで僕は……」


ちょっと待って。それ、どこから情報?


イアンは話し続けた。


「ああ、リナは僕の物だ。僕のために泣いているんだって知って、うれしかった」



イアンは私の手を取って口づけた。

今度は大悲鳴が沸き起こる。大勢が見つめている。


ちょっと? これでいいの? 


もう少し地味な発表方法はなかったんでしょうか。


イアンは意地の悪そうな顔をした。


「ここまで大げさに、隣国にまで響き渡るような大パーティの結果選ばれた花嫁だ。もう変更なんかできない」


彼は続けた。


「一生、木こりでも猟師でもいいからそばにいたいと思った、世界中でたった一人の人だ。そして今や僕は王太子殿下だ。すべての権力を使って、君を離さない」


独占宣言……



音楽が始まった。


イアンは私に向き直った。


「ロビア公爵令嬢、あなたの一生を僕にください」


私たちが踊り出すと周りは誰も踊らなかった。


ただただじっと見つめていた。


二曲目、三曲目とダンスは続き、その頃には他の人たちも踊り出したり、自分たち同士で話をしたりしていたが、イアンは一晩中私のそばを離れなった。


「リナ、愛している」



夢見心地で、王家の馬車でロビア家に送られた私はクタクタで、直ぐに寝室に逃げ込んだ。







翌朝、起きると、とても嬉しそうなハリエットがすぐやって来た。


「お嬢様。お目醒めですか? イアン殿下から花が届いています」


イアン……?


私はハッとして、昨夜の夢のようなシンデレラパーティーを思い出した。


イアンに会えた。


私のイアンに。


あとのことはどうだってよかった。イアンはイアンだ。私のことを好きで、私も彼とずっと一緒にいたい。


彼が誰だろうと。木こりでも、猟師でも、王子様でも。


……あれ? 王子様?


「王子?」


私はベッドからガバリと起き出した。


「しまった! 職業は王子だった!」


朝の支度の準備をしていたハリエットが怪訝な顔をした。


「ただの王子様ではございません。王太子殿下ですわ」


余計まずいわ!


どこかの領主なんだと信じてた。


それなら、ロビア家の娘なら十分だと思っていた。

だけど、王太子はハードルが、ちょーっと高いかなー?


「ロビア家なら十分でしょう」


朝食の席で、恐る恐る伯母にお伺いを立てると、伯母はちょっと怒ったように言った。


「そうでしょうか」


実際に会ってみると、こんなに恋しいなんて。毎日でも会いたい。

今日も会えないかな。

昨夜は夢だったのかな。


「あんなにずっとべったりだなんて。品がないわねえ。まあ、いいけど」


夢じゃないらしい。


でも、王子はないわー。

ハードル高すぎて、めまいがするわ。


もういっそ、イアンにジョブチェンジしてもらって、どっかの騎士でも猟師でもなってもらおうかと。


私は悪辣なことを考えた。

王太子妃は、いやかも。

薬作れなさそうだし。


「ダメです。イアン王子には執政をピシリとやってもらわないと!」


そう言うと、伯母に猛烈に叱られた。


「前王は病気のせいで、あのカサンドラ夫人のいいようにされていたのです。今、国を背負えるのはイアン王子しかいません!」


「ええ〜」


せっかく前王の病気を治したのに? 前王、役に立たないの?


「見習い期間がなければ、いくら優秀なイアン王子でも無理ですから! 立派な王太子妃がついていてもです」


「立派な王太子妃?」


首をひねって聞いた私に、伯母はニヤリと笑った。

なんか悪いことを考えている顔だわ。


「ホーッホッホッホ。王太子妃は決まったわ! まあ、他に決まりようがなかったんですけどねっ」


そこへセバスが顔を紅潮させてやってきた。


「奥様、アンジェリーナ様、王家からのお使いです」


「まあっ。ますますシンデレラね! ガラスの靴が要るようですよ」


伯母はカラカラと高笑いしたが、笑いはそこまでだった。


「リナ!」


部屋へあいさつもなくダッシュで飛び込んできたイアンが、抱きついた。


「ねえ、昨夜のダンスが夢じゃないかと思ってさー」


「イアン! 何するのよ!」


「ねーねー、外行こう。二人きりになれるところへ。これまでのこと、話したくて話したくて」


イアンの目が踊った。


「これで君は僕の婚約者。おいしそうだから、ぜひ食べたい」


えーっと、実家にいる娘とその親族に向かってそのセリフはないのでは?


「あらあ。品がないわね、イアン殿下」


伯母は口だけだった。なんだか、笑っていた。


私たちはあっという間に馬車に乗り、しかし、イアン殿下の希望ですぐに降りた。


「行けるんだよね? あの隠れ家」


何も変わっていない。キラキラした目、ちょっと小意地悪そうな顔つき。


「ねえ。ぜひ」


ロビア家の屋敷から程遠からぬ例のあばらやへ案内し、私たちは二人だけでその家に入った。

護衛騎士と侍女は周りを囲んでいたが、そんな狭いところでナニするんだろうと思っているに違いない。


「心配なら、入っていいから」


いとも気軽にイアン殿下は言ったが、それはそれで問題なような。


だって、あの隠れ家に行くつもりなんでしょう? 護衛騎士と侍女が捜索に入っても私たち、居ないわ。王太子殿下失踪事件の発生よ。


心配になった私は護衛騎士と侍女に言った。


「何かあれば伯母のところへ」


「え? それはやめようよ。踏み込んでくるよ」


ごちゃごちゃ言いながら、イチャイチャ家に入る。


「行けるのかな? もう一度、あの家に」


イアンはワクワクしているようだ。


「行けるわよ」


私と一緒で、不可能はない。

私たちはドアを開けて、そして中に入って閉めた。






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