第42話 再会

「アンジェリーナ嬢」


きちんと夜会服を着こんだ若い男性だったが、浮かれた感じが全くしなかった。

パーティーにダンスしにきたと言うより、軽く見物にきたみたいに見えた。


「マーク・ローです。覚えてらっしゃいますか? マーゲート伯爵夫人のお茶会でご一緒した」


「ええ。覚えていますわ」


「ダンスを断ってらっしゃいましたね。お許しがいただければ、少しおしゃべりしませんか? まだ、パーティは中盤ですよ」


マーク様は飲み物や食物を持ってきてくれた。


「ああ。王子殿下が希望者全員と言葉を交わすのが終わりましたね」


「王子様って大変ですね」


私は思わずつぶやいた。


王子殿下はようやく仕事が終わったと言う様子で、側近と一言二言交わしてから、段を降りて来た。


「体力だけはあるって、本人が自慢しているそうですよ」


「気力もいりますわね。もうお疲れでしょう」


「誰かと踊る気はあるようですよ?」


マーク様の態度は気楽だった。シンデレラ・パーティの傍観者と言う感じだった。私と一緒だ。


「フロアに降りてきたところを見るとそうみたいですわね」


私はなんだか楽しくなってきた。


いよいよシンデレラの選抜だ。


どの娘が選ばれるのかしら?


「もしかしたら、もう何人か候補を選んでらっしゃるのかもしれませんね」


ちょっとおもしろい。


「さあ、どうでしょう。でも誰かと踊ってみるつもりのようですねえ」


王太子殿下がダンスをしないと、シンデレラ・パーティの名が泣くしね。


一体、誰と踊るのかしらね。


「まあ、こちらの方に来ますわ」


私はあたりの令嬢たちを見回した。誰がターゲットなのかしら。みんながイアン王子を見つめている。


これがイアンと言う名前でなければ、もう一声、楽しめたのに。まあ、仕方ない。


王子はこちらの方に歩いてくる。私は顔をそむけた。元の婚約者だ。見られたくない。青のリボンが翻った。


「おや。見ないんですか?」


「だって、元の婚約者ですのよ。全然、気にしていないので、誰を選ぶのかすごく興味はありますけど、向こうが覚えていたら嫌ですわ」


「でも、見つかってしまったらしいですよ」


マーク・ロー様がにこやかな調子で言った。


「え?」


誰に?


「王太子殿下ですよ」


私は殿下を見た。


周り中が左右に分かれて、一歩ずつ下がり、王太子殿下が進む道を開けている。そして、全員が殿下の目線の先を一緒になって追っていた。


背の高い男性がこちらに向かってくる。真面目な顔をして。


私を見つめている。その目が私を捉えて離さない。


黒い髪、灰色の目、全部、知っている。


「リナ」


王太子殿下が言った。


同じ顔、同じ表情、同じしぐさ。そして、この声。


「みつけた」


胸の中で何かが……何かが、爆発して、指先が冷たくなって、私は、彼から目が離せなくなった。


マークがスッと立ちあがると、いかにも丁重に椅子の後ろに下がった。


イアンは、本物の王子様らしい立派な服を着ていた。でも、目は同じだった。


王太子殿下が近付くと、周りはさらに距離を取った。私たちを中心に円が出来てしまった。誰も何も言わなかった。異様なような視線が痛いほど突き刺さる。


その中で、イアンは跪いて、私の手を取り、顔を上げた。


「一曲踊っていただけますか?」


回り中で悲鳴にならないような悲鳴が上がっていた。




「愛しいアンジェリーナ嬢。ようやくあなたに再会できた」


私は何も言えなくて、答えられなくて、それでも殿下に手を取られて、椅子から立ち上がった。唇が震えた。


「ずっとずっと探していたんだ」


ああ、それは私も。探していました、あなたを。私の心を持って行ってしまった人。


彼は私の手をぐっと握った。痛いわ。


「離さないよ」


彼は緊張したような表情から、心からの微笑みに変わった。


「父の命を救ってくれてありがとう」


思いがけないことを言われて、私は驚いた。


「激マズの栄養剤」


あれ?


「僕も飲まされた。同じ味だった」








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