第15話 私の生きる道
商店主の夫婦二人はあわてた。
「閉めろとは誰も言ってないよ」
「変な連中に狙われていると言うなら、余計にワトソンさんに迷惑が掛かります。一旦、店を閉めてから、また、考えたいと思います」
「一旦閉めてからって……ワトソンさんの若旦那は、すっかりあんたに夢中なんだよ。もの静かで無茶は言わないお人だ。その人が熱心にお話を持ってこられているんだよ」
「でも、私はたかがジュース売りの娘ですわ。そんな
どこの世界も同じ。
思うとおりになんかならない。だが、それはワトソン家の御曹司も一緒だろう。
「いやさあ。まあ、若旦那は評判もいいし、悪い器量でもないしね。でも、押し付けるのはどうかと思うんだよ。だから、まずあんたの意向を聞いてる訳で……」
私はにっこり笑った。
「考えてみますわ」
みんないい人たちなのだ。
ジュース屋の娘が、王都の大商店の妻に望まれたら、大出世だ。
こんな商店主が推すくらいなのだもの。ワトソン商会は、きっと評判の悪くない店なのだろう。
この話が全く受け入れられないのは、今はもうどうにもならないロビア家の娘だったと言う思い出。
無駄なプライドなんだろう。
だけど、一番大きな理由はイアンがいるからだ。
イアンの笑い、イアンのくせ、何もかも大好き。イアン以外の男性は全然考えられない。
全員、ジャガイモ。
痩せ騎士様は、今や誰よりも大切な人になっていた。
その目を思い出すだけで、心の中にポッと灯がともるようだ。ずっと一緒にいたい。なのに……
「では、また」
商店主のおじさんは、まだ何か言いたそうだったけど、私は店じまいした。
「また! また店を出すだろう?」
「もちろん、そのうちに」
そう。そのうちにまた、店は出すかもしれない。
店のドアを閉めて、しばらくここには来ないつもりで、私は部屋のあちこちを片付けながら考えた。
やっぱり危険だった……
誰か一緒にいてくれる男衆はいないのかと言われて、真っ先に思い浮かんだのはイアンだった。だけど、イアンだって、私の護衛が務まるかどうか。それに、私はイアンを私の犠牲にしたくないのだ。
私は彼を後押しして、元の騎士か、彼が望む地位に帰る手伝いをしたい。
どうしてもそれだけはしないと。気になって仕方がない。
「拾ったものは元の場所へ」
残った私は、もちろん悲しいけれど、自分の道は自分で見つけないと。私なんかにイアンの将来を縛り付けるわけにはいかない。
何回も何回も、私は同じことを思った。
イアンと私が決定的に違うのは、イアンは領主としての道が確実にあると言うこと。
そして私には何もない。エミリが何もかも取ってしまった。
社交界にしても、私の親族にしても、私の味方をしなくてはいけない理由なんかない。
それより、現にロビア家の権力を実際に握っているバーバラ夫人に逆らう方が面倒くさいだろう。
「どこへ行っていたの?」
隠れ家に戻ると、珍しくイアンの方が先に帰っていた。
「街の家の整理に行っていたのよ。たまには掃除くらいしておかないと。あと食料品も買い足してきたの」
イアンは、ひとりではドアを通れない。魔力がないからだ。
「言ってくれれば、一緒に行ったのに。荷物、重かっただろう」
私は首を振った。
「イアンこそ、どうしたの? いつもより帰りが早いのね」
「雪が本格的に降って来た。もう猟に出ない方がいいかもしれない」
私は窓の方を見た。雪が本ぶりだった。
街の家とこの屋敷は、地下室でつながっているので、外の様子はわからないのだ。
「雪だ。街の星祭りは、もうすぐだね」
イアンが熱を込めて行った。
「結婚式の衣装も何もないけど、教会には行こうよ」
「そのことだけど、イアン」
私は言った。
「あなたは、自分のおうちに戻るつもりはないの?」
「家?」
イアンはしかめつらをした。
「ないね。何の意味があるって言うんだ。変な結婚相手が待っているだけだと思う」
「じゃあ、騎士に戻ることは?」
「え?」
「体も十分元に戻ったわ。騎士の方がずっとお給料がいいのではなくて?」
「街に住みたいのかい?」
「どこでもいいわ。でも、あなたは猟師にはもったいない気がして」
「猟師をなめてはいけない。なかなか大変なんだぞ」
イアンが冗談めかして言った。
「結婚してから考えよう。そうだね。子どもでもできたらもっとお金が必要になるかもしれない」
それから彼は、急に真っ赤になって照れた。
「早すぎだな。今の忘れて」
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