第6話 お金がない

今からどうしたらいいものやら。


屋敷はすてきなお家だった。伯母はこの小さな屋敷を隠れ家と呼んでいたが、魔力のない者は招待されない限り入れないので、ピッタリの名前だと思う。


家は、手入れをしなくても、花が咲き乱れる美しい庭に囲まれていた。

一階には広い台所と小さな客間、二階には寝室。だけど特筆すべきは地下室で、そこには秘密のドアが付いていた。


昔、伯母さまが教えてくれた。


「何かあったらここからお逃げなさい。私が南のマグリナ国にいることは知っているでしょう?」


ちびっこの私はうなずいた。


「王都に小さな秘密の家を持っているの。ゴチャゴチャした街中にね。そこに出られる。魔力のある者しかこのドアは使えない。絶対に安全だから」


「大丈夫よ。何もないわ!」


その時、私はそう元気よく答えたものだった。


いやいや、人生何があるかわからない。私は地下室にある古びたドアを見つめながら、この先どうしたものか考え込んでいた。


地下室には意外に食品の貯蔵が少なかったのだ。


それはそうだ。


食べ物は腐るもの。


そして私にはお金が無かった。


早い話が、逃げ出すことには成功したものの、食べるものがないのだ。


マグリナ国の王都のゴチャゴチャした街中へ行けば、働くところはあるのかしら?



色々考えた末、私は魔法薬を作る作業場に向かった。

働くことは難しい。

だって、私は所詮は屋敷内でしか働いたことがない。


どこかのお屋敷で、住み込みの侍女か女中で雇ってもらうわけにもいかなかった。

だって、社交界デビューをしていなくても、親にくっついて出たパーティは数知れずある。

たとえ、ここが隣国マグリナだとしても、貴族の婚姻は網の目のように広がっている。筆頭公爵家の令嬢とバレたら、即、あのバーバラ夫人が捕まえにやって来ると思うの。


でも、もし、平民に紛れて売れば、私の魔法薬は売れるかもしれない。


昔、伯母の手伝いで教会のバザーに、疲労回復のジュースを作って出品したことがある。

すっきりしていておいしいうえ、本当に疲労回復の効果があると、大変な人気で、私はちょっぴり得意になった。その時は、もちろん伯母の作ったジュースということになっていた。

魔力のある娘だとばれてはならないから。


でも、伯母が言った。


「リーナ、あなたには、ポーション作りの才能があるわ。素晴らしいわ。魔力は人それぞれ得意分野があるのよ。貴方のはポーションね。多くの人の命を救えるかもしれないわ」


その通りだった。私はポーションで、今から自分の命をどうにか助けなくてはいけない。



伯母の家の地下室には、深めのシンクと水の出る蛇口、グツグツに混むのに適した深鍋と、魔力で火加減が調整できるストーブがあった。


あと、色々な大きさのガラスの容れ物が。ポーション入れには、もってこいだ。薬ビンにもピッタリだ。


「ポーションか……薬なら……」


だけど、よく考えたら、無名の私の薬なんか売れないだろう。変なものでも混じっていたら、危なくて飲めないしね。


「もう夏だわ」


私は庭に出てみた。うん、ってる生ってる。


よくあるように屋敷裏は野菜畑と果樹園だった。正面には花を植え、裏庭には生活に必要な野菜などを植える。


果樹園は広かった。リンゴやナシは全然まだだったが、木苺やそのほかのベリーが実を付けていた。


私はここで、やってみたことのないことをした。


これまで、人目があって絶対できなかったことだ。


果樹園で、腕にかけた籠を差し出し、私は気合を込めた。


『熟したベリー、集まれ!』


そんなことしても何にも起きるはずがない……やってみたかっただけなのよ……と思っていた私は、次の瞬間、籠の重みで頭から地面に突っ込んで転んだ。


土の中に顔を突っ込んだ私は、呆然として籠を見つめた。


木苺が特に多くて、他の種類も混ざっていた。とにかく一杯。こんなにたくさんあるだなんて。


「まさか……」



つまんで食べてみる。おいしい。あ、ほんと、おいしい。


「食糧難からは、これで解放される……」


訳がなかった。絶対に日持ちしない。それに果物ばかりを食べているわけにはいかない。


私は持ち上げることなど絶対無理な重さの籠を、一日かけてズルズル引きずって屋敷の地下室に持ち帰って悩んだ。


「ジャムにするか……」


そして悩んだ私は、ジャムではなくて謎のジュースの素をこしらえて、これまた謎なマグリナ国の王都で商売を始めることにしたのだった。











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