第21話 魔力ギルド

私はイアンと涙の別れをして、今頃、伯母の雪に埋もれた寂しい屋敷……隠れ家で、一人ポツンと涙に暮れているはずだった。


だが、伯母が来てくれたことから、話は全然変わってしまった。


一人で泣いているどころか、私はギルドの仕事内容などについて、熱心にメアリ夫人に向かって次から次へと質問を繰り出していた。


メアリ夫人はものすごく困った顔をしていた。魔力のない夫人にわかるはずがなかった。


「奥様に、お許しをいただいてきますわ。魔力ギルドは、ほかのギルドと違って、相当特殊だと聞いたことがあります。ギルドへ行って、ご自分でご確認いただくのが、一番手っ取り早いですわ」


伯母の許しが出たので、私はメアリ夫人のお付きの侍女として、魔力ギルドの見学に行くことになった。


ただ、行く前に、私は伯母からみっちり、魔力を垂れ流さない魔法を仕込まれた。


「魔法ギルドへ行くのですって? まあ、別に止めませんが、魔力持ちだとばれると面倒だわ。魔力持ちの数は少なくて、ギルドは優秀な魔力持ちは見逃しませんからね。まあ、魔法ギルドにだって、魔力持ちの出入りはほとんどないから、気がつく人もいないと思うけど、万一ってこともありますからね」


伯母は結構厳しくて、なかなかOKが出なかったが、ようやく行っていいとお墨付きが出た。


「私が顔出しすると、一挙に場が緊張するから、ついて行ってあげられないのよ」


伯母が困った顔をしながら言った。


メアリ夫人も困った顔をした。何があるのかしら?


「どうしても受けて欲しいと頼まれている依頼が一件あるのですよ。でも、お引き受けしかねるのでね」



一体、どんな依頼があるのだろう。

私は好奇心ではちきれそうになりながら、トコトコとメアリの後ろをついて歩いた。

目立ってはいけないので、今回も下位の侍女姿である。メアリ夫人の下の侍女……侍女見習いみたいなものだ。


背中の方でセバスが悔し泣きをしているのが猛烈に気になったけれど。セバスは、私に令嬢姿に戻って欲しいのだ。

どっちにしたって、ドレスはこの間、発注したばかりで、仮縫いもまだなのだから、令嬢姿なんか無理に決まっている。


私はセバスは無視して、女中帽で顔を隠してギルドの中に潜入した。


「おや! これはメアリ夫人!」


だが、あっという間に誰かに見つかってしまった。


上目遣いにちょっと見ると、それは太鼓腹の恰幅のいい中年男性だった。顔半分がもじゃもじゃの黒ひげに覆われていて、目つきが悪い。太り過ぎていて、上着のボタンが飛びそうだ。

即座に私は知り合いになりたくない人認定をした。


「マラテスタ侯爵夫人はご機嫌いかがでしょうか。隣国からのたってのお願いの依頼の方を受けていただけるとか?」


依頼、依頼ってどんな依頼なのかしら?


メアリ夫人は明らかに困惑していた。


「まあ、来て早々副ギルド長にお目にかかるとは……人の命を伸ばすような万能ポーションなど作れないと、奥方様はおっしゃっておいでですわ」


「まあ、それは……依頼が少々漠然としていて、理不尽だと私だってわかっておりますが、あなたがお越しになったらお願いしないわけにはいかなくて。返事がどうなるかは重々承知しているのですがね」


人の命を伸ばすような万能ポーション? 誰だろう、そんな無謀な依頼を掛ける人とは? しかも、あの伯母に無理を言える人物からの依頼らしい。


「今日は、それで、どんなご用件で?」


「大した用事ではありませんわ。先日納入した薬の領収証を届けなくてはいけなかったので」


「おお、マラテスタ公爵夫人にお受けいただいた頭痛薬ですな! カサンドラ夫人はこれがないと眠れないと、大層お気に召しておられて……」


「そうですか。頭痛のタネがなくなって、薬が要らなくなる日が来ることを祈っておりますわ」


メアリ夫人は、副ギルド長には割と塩対応だった。


「ところで、ずいぶんとおかわいらしい侍女を、今日はお供に連れていらっしゃるのですね」


副ギルド長に言われて、私は縮みあがった。


「新しく雇ったのです。今後、私の代わりにお使いをさせるかもしれないので、ちょっと一周案内してきます」


副ギルド長の目がキラッと光った。


「ギルド内の案内ならお任せください。なんという名前なのですか?」


「まあ、マラテスタ公爵夫人お気に入りの娘ですのよ。万一何かありましたら、夫人が黙っていませんわ。何かあっても夫人にはお見通しですわ。夫人の魔力はよくご存じでしょう」


「何かだなんて、とんでもない。それこそ、逆と言うものですよ。これほど美しい娘さんなら、きっと良縁をお世話できると……」


「ご自分の使用人の世話は、マラテスタ侯爵夫人がお考えになることです。モロ副ギルド長、今の発言は侯爵夫人に伝えておきます」


「あっ、えっ、それだけは、ちょっと!」



さっさとその場を離れてメアリ夫人は奥へ入っていった。


「まったく。美人を見るといつもあれですよ。マラテスタ侯爵夫人の使用人だとわざわざ断っているのに! ギルド長に言いつけておかなくては!」


魔術ギルドは獲物が搬入されるわけでもなければ、競り市が行われるわけでもないので、ただの事務所でカウンターと待合があるだけだった。


ただ、待合の椅子やテーブルは豪華だった。王家の肝いりなのと、所属メンバーが希少で貴重だからだろう。


「あら。珍しい。普段は誰もいないのに」


数人の人が座っていて、白いエプロンを付けた若い女性がお茶や簡単な食事を出していた。

あれが魔術ギルドの登録者か……私は好奇心にはちきれそうになって、見ていないふりをしながら、そっちを眺めた。

一人は中年で副ギルド長に負けないくらい太っていて、後の二人は若い人たちだった。


「登録した魔術師たちは、とても尊敬されて暮らしているの。そのせいで、少々傲慢で態度の悪い者もいるから、注意が必要よ」


メアリ夫人がこっそり教えてくれた。


カウンターには同じく若い女性がいて、メアリ夫人向かって、にっこりとあいさつをしていた。


「こんにちわ。メアリ夫人。今日はどういったご用件でしょうか?」


「こんにちわ、タマラ。先日の頭痛薬の領収書を持って来ました。この子を私の代わりにお使いに出そうかと案内してきたのですけど、どうも無理そうね」


タマラと呼ばれた若い娘は、私をチラリと眺めて言った。


「こんなに美人では無理でしょう」


二人は申し合わせたかのようにため息をついた。


「副ギルド長があれではね」


私はタマラ嬢がどうして無事なのか不思議だったが、メアリ夫人が説明してくれた。


「タマラの夫は凄腕の武力特化の魔力持ちなのよ。副ギルド長もそれはよく知っているから、手を出したりしない。命が惜しいからね」


やはり、人相通りの悪人だったか。イアンがいてくれたら、多分、私のことを守ってくれたのだと思うけど。


幸せな結婚をしたらしいタマラ夫人を、私はうらやましそうに眺めた。


「魔力持ちは貴重だから、玉の輿なのよ」


メアリ夫人が教えてくれた。


「収入も庶民と比べたら全然違いますからね」


へえ。そうだったのか。


ちょっとだけ、タマラ夫人が得意そうな顔をした。

いや、私自身が魔力持ちなんで! そこはうらやましくもなんともないんで!


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