第20話 次の道を探さなくちゃ
伯母は複雑な顔をしていた。セバスは明らかに不満で、伯母が止めてくれなかったら、怒涛のようにフリージアの王都行を勧めたに違いない。
でも、私は今のまま、フリージアに戻らず、伯母のところで暮らしたいと思った。
ロビア家の財産は、マラテスタ侯爵家のものになる。
伯母は、餓死寸前の鳥みたいなガリガリの醜い娘に住むところを与えてくれた恩人だ。これで恩返しができる。
伯母は父の姉。
ロビア家を継承するのにこれほどふさわしい人物はいないと思う。
私は隠れ家での暮らしを思い出した。
イアンの思い出で埋め尽くされた暮らしだ。イアンを思い出すのはつらかったけれど、唯一、何か値打ちがあったとすれば、それは自分で作ったジュースや、温かいどんぐりの袋なんかだった。
「できることなら、私は、ジュースだの、ポーションなどを作る仕事がしたいですわ」
伯母は渋い顔をしていたが、私の決断に特に何も言わなかった。
ただ、それなら魔法の勉強をしなさいと言った。
「あなたの魔力は膨大よ。人を助けることが出来る。誰かの役に立つわ」
私は、伯母の言葉に真剣にうなずいた。
こんな私でも、何かの役に立つというなら、少しだけうれしい。
「私がここにいる間、教師をしてあげるから、よければ勉強しなさいな」
「ありがとうございます、伯母様」
伯母からしばらくの間、伯母の大邸宅にいるように頼まれた。
「伯父様にまだ会っていないでしょ? ひと月ほどしたら戻る予定なの。顔を見せてあげてちょうだいな。とても喜ぶわ」
伯母は忙しい人だったので、次に会ったのは、翌々日だった。
「あなたの身の回りの世話をさせる女性に来てもらったので、紹介するわ」
叔母が合図をすると、叔母くらいの年廻りの小柄な女性が現れた。
私はちょっとびっくりした。
ここ三年くらい、私に使用人などついてなかった。
「大丈夫ですわ、伯母様。私、一人で掃除も洗濯も料理もできます」
そう言うと、伯母は何だかさらに心配そうな顔つきになった。
「そういう問題じゃないのよ。あなたにそんなことをしてもらうつもりはないわ」
ええ? 私の唯一のとりえなのに。
「説明するわね。メアリは、昔、私の元で働いていましたが、裕福な商人と結婚して辞めたの」
そんな人をどうしてわざわざ呼び戻したのだろう?
「夫が亡くなり、私は息子に商売を譲りましたが、奥様に呼び戻されたのです」
メアリは、伯母の顔を見て補足してくれた。伯母が続けた。
「あなたはポーションを作りたいと言っていましたね。私は魔法は使えるけれど、商売には詳しくないの。あなたもよね。ポーションは作った後が問題だと思うのよ。メアリにいろいろ教えてもらいなさい」
なるほど。
さすがは伯母様。
だてに年は取っていない。
確かに、私が一番困っていたのは、ポーションの作り方ではなかった。売り方の方だった。
私の作った商品を買い占めて転売する人たちが後を絶たず、なんだか不安だった。
商売の相談先と言うことか。まあ、顧問と言った位置付けなのかな?
今後、商品開発するつもりの私にとってはありがたい。伯母の配慮に感謝した。
「ところで、お嬢様、最低限のお召し物の手配はさせていただきとうございます」
最後にセバスがとても未練がありそうに言った。
「今は亡き奥様があんなに一生懸命デビューのご用意をなさっていたのに。公式な会合には、お出にならないのかもしれませんが、昔のお友達やご親戚のお茶会などなら、参加されるかもしれないでしょう。準備だけはさせてくださいまし」
いらないと言おうとしたが、伯母が引き取った。
「それはそうなさいな、リナ。今みたいにお茶を愉しむために会いたいわ。いい気晴らしよ。あなたに会えて本当に嬉しいわ。侯爵が戻ってきたら声をかけるわね」
「ありがとうございます、伯母様」
私はその後、伯母の豪華な屋敷に滞在した。
メアリはどうやら私の監督らしかったが、人のよさそうな夫人で、特に何かをしなさいと命じることはなく、ポツポツ街の話などをするくらいだった。
レモネードを売った時、ワトソンさんのご子息を勧められたと聞くと、ちょっと驚いていた。
「まあ、ワトソン商会は決して小さな商会じゃありません。そこのご子息にみそめられたと言うのですか?」
私はあわてて首を振った。
「みそめられた訳ではないと思っています。私にはわずかに魔力があります。それが、ジュースやレモネードに混ざってしまい、魔力持ちだとバレたんじゃないかと思いました」
「ワトソン商会が魔力がらみの仕事しているとは聞いたことがありませんが……」
「今後、なさるおつもりかも知れませんわ」
メアリ夫人は考え考え言った。
「魔力がらみの商品は、王家またはそれに近い家の専売特許ですわ。それ以外の家が扱うと、闇商売になってしまいます」
「えええっ?」
私はびっくりした。
「では、私はこれまで闇商売を……」
メアリ夫人はクスリと笑った。
「普通のジュースとレモネードの値段で売ったのですよね? 闇商売にはなれないと思いますわ。魔力の含まれた商品をそれなりの値段、つまり高い価格で、王家が監督している機関を通さずに販売すれば、闇商売でしょうけど……」
ははあ。
なるほど。
「魔力のある人たちは、王家に登録しています。その能力は希少で、とても貴重なのです。登録して自由がなくなると考えられるかもしれませんが、一方で、本人たちも王家に守ってもらう方が安全です。悪い人たちに狙われないようにね」
私は考え込んでしまった。
ロビア家を出てから半年、何事も起きなかった。伯母の家、隠れ家は、魔力のある人間以外見えないからだろう。結局、私は伯母の魔力と政治力で守ってもらっていたのか。
では、今後はどうしたらいいかしら?
「それを決めるために、私が付いたのだと思います」
真面目な様子でメアリ夫人が言った。
「私は、マラテスタ侯爵夫人にお仕えしていましたが、その後、商家に嫁ぎ、商売を手伝って参りました。私は、貴族のしきたりも商家のやり方も知っています。例えば、もし、リナ様が魔力を使って商品開発や販売なさるなら、王家への登録が必要ですわ」
「勝手にはできないのですね」
「そうですねえ。魔力を使った商品でなければ、そこまで王家に遠慮することもないのですが。例えば、ワトソン商会のような大商人になれば、商品の護衛も自分で手配できますし、税金以外は王家とは無縁なのではないでしょうか」
全然、知らなかったわ。
「王家への登録と言っても、ギルドに登録すればいいだけです。ギルドが王家の代わりに管理しているのです」
魔法商品以外にも、各職業別にそれぞれのギルドがあり、会員の管理もしているが、会員が病気になったときは救済したり、会員がトラブルに巻き込まれたときは代わりに交渉したりしているそうな。
メアリ夫人は、説明してくれた。
「リナ様が、これまでに何か作ったことがあるなら、それを売り込むこともできますし、仕事の依頼や、商品の開発の依頼は他のギルド同様、たくさん来ています」
へええ。そうなのか。
ちょっと胸がどきどきしてきた。
「私に出来そうなものがあるかしら?」
メアリ夫人はニコリと笑った。
「さあ、私はリナ様の魔力を知らないので、なんとも言えません。でも、奥様のあの秘密の隠れ家に簡単に出入りできるくらいなら、魔力は相当にあるのだと思います」
他人から褒められて、私は嬉しかった。
考えたら私はここ何年か、ほめられたことが全くなかったのだ。いつもけなされ、文句を言われ、出来損ないだの、仕事が遅い、気が利かないと叱られてばかりだった。
仕事を受ければ、お金にもなるし、誰かが喜んでくれるかもしれない。
「何かできることがあれば、うれしいわ」
「もちろん、できることは多いと思います。でも、リナ様は王家の魔力ギルドに登録されていらっしゃらないので、仕事は受けられませんよ?」
そうだった。
忘れていた。
私はまだ自分の魔力をよくわかっていない。
メアリ夫人はためらいがちに言った。
「奥様の許可があれば……魔法ギルドを見に行きますか? まずは、どんな仕事や依頼があるのか見てみますか?」
なんだかワクワクしてきた。
「行ってみてもいいかしら? 見てみたいわ!」
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