第29話 生存証明のためにパーティに出席する
「リナ様、いかがでしたか?」
王城から帰ってくると、セバスが心配そうに聞いてきた。
「毒よ」
私は簡単に答えた。
「国王は毒を盛られたの。死なない程度の軽い毒」
セバスは、はた目にもわかるくらいものすごく驚いていた。
「まさか。今もですか?」
毒を盛るとすれば、カサンドラ夫人の勢力だ。
だが、今、彼女たちは国王に死なれては困るはずだ。
「毒なら、盛るのを止めれば……」
「止めても治らないと思うわ。国王は高齢。体に入った毒を外に出す力はない。食事もとれなくなっていった。力がないの。どんどん弱って行って死ぬのを待つばかりよ」
「医師団は、それを知っているのですか?」
「あの中に、毒を盛った人間が混ざっていれば、事情は分かっていると思うわ。でも、毒を盛るのは簡単でも、高齢の王を回復させることは難しい。原因がわかっていても、助けられないのだと思う」
「リナ様!」
セバスが突然叫んだ。
「なんてご立派になられて!」
セバスは、私の足元に膝まずき、涙ぐみ始めた。
いや待って、セバス。ここは、この国の国王の心配をするべきシーンなのでは?
「それはどうでもいいです」
え……? あ、そう。
「バーバラ夫人とエミリにあらぬ噂を立てられた時は、対抗できなくて本当に悔しい思いをいたしました。密かに呪いもかけました」
多分、セバスの魔力では呪いになっていないと思うけど。
「あんな目に遭わされながら……ウチのお嬢様はこれほどまでに卓越した能力を、内に秘めておられたのですね」
まあ、要するに社交界向けではない能力ですね。
「そうよ。だから、王家のパーティに出たら私は帰るの」
セバスは悩み始めた。
彼の望みは、社交界にロビア家の令嬢として燦然と輝く私の姿を見ることである。
そのほか、何でもいいので、優れたところがあったら、セバスは嬉しい。
しかし、私の卓越した能力は社交界の女王の座と、どうやら相性が悪いらしい。
社交界で薬作成能力を自慢したら、令嬢としてはキワモノ扱いだろうし、そもそもプロの薬師は社交界に出入りする時間が多分ない。
「最初からそう言っているではありませんか」
翌日、私は律儀に国王の容体を見舞いに行った。
今度はズルをした。ズルとは治癒魔法だ。
国王は呼吸が安定してきたそうで、少なくとも悪くはなっていないらしい。
毎朝通って、ズルをした方がよいのだが、王宮のこんな奥まったところへ毎日来るのは面倒くさい。
そう言えばイアンには必死で治癒魔法をかけたっけ。
大勢が見ていると掛けにくいな。
たまってしまっている毒素の塊を肺に集める。口や鼻から出て行くように。
一緒にいる医師団に悪影響が出るかもしれないが、薄まっているから、さほどのことはないだろう。
「しばらく、このまずい薬を飲ませて、それがなくなったら、使いを寄こしなさい。別の薬に変えますから」
例のジュースでも飲ませておこう。意識がはっきりしたら、さすがにあの薬は嫌だろう。ホットレモネードやホットジンジャーの残りがある。
「多分、四、五日したら、もっとはっきり成果が出ます」
正直、今晩あたりからぐっと良くなるはずだ。完全に毒素が出て行くまでは、一年くらいかかるかもしれないけど。
私は国王陛下の治療に、ずっと関わり合いになることは出来なかった。何しろ、例のパーティが近付いてきたからだ。
私の生存証明を行う、恐怖の会だ。
「できるだけ大勢の方が出席される会がいいと思ったの。王家のパーティに参加することにしたわ」
伯母がさらりと恐ろしいことを言った。
「バーバラ夫人とエミリには、リナを出席させろと通告したわ」
「それで、なんと?」
「パーティ嫌いの変人で、家で爪をかじって、髪の毛を自分で一本一本抜くのが趣味なので、表に出せないと言っていたわ。あと、男好きなので、好みの美しい男を見るとドレスを脱ぎたがる悪い癖があるので、とても表には出せないって」
何ですって?
「下男たちが怖れているって。猟師でもやっていそうな、体格のいい男がことのほか好みで、こっそり服を脱がせてみたり、腐ったジュースを飲ませたがったり、錆の浮いた剣をプレゼントするので、みんな辟易しているそうよ。その話、お友達のマゼラン夫人が言っていたわ」
私は黙った。
妙に、当たっているような気がしてきた。
なんだか、ますます行きたくなくなった。
「外出嫌いで、人前では口が利けないので困っていますって。それに、エミリの美しさをとても妬んでいて、自分が醜いのですっかり性格がひねくれてしまって、まともな会話が成り立たないって」
「伯母さま、私、パーティに出るのが嫌になってきましたわ。皆さま、きっと珍獣でも見に来るつもりなのでは……」
「魔術ギルドに登録できなくなるけど、それでもいいのかしら?」
……………
議論の余地なく、私はメアリ夫人に、伯母が懇意にしているドレスメーカーに引きずられて行った。
そして。磨いたり、くしけずられたり、マッサージされたり、気が遠くなるような時間を過ごした挙句に、その日は容赦なくやって来た。
「はいッ、お嬢様、背筋を伸ばして!」
そしてギリギリと締め付けられて、髪もぎっちり結い上げられて現在に至る。
しずしずと階下に降りていくと、使用人たちは、ほおおっとため息をついた。
「なんてお美しい」
実際に王宮に行ったら、どう言われるか。
そして、ロビア家のアンジェリーナだとばれたら、どんな風に手のひらを返すのか見物よね。
とりあえずは目指せ、王宮よ。
「本日の王宮主催のパーティは、国王陛下の病状がずっと良くなったことを発表するらしいわ。選りすぐりの、普段参加されないような方々も参加されることになったようよ」
伯母が最新情報を披露してくれた。
伯母の衣装は相変わらず豪奢。
豪奢なのがとても似合うわ。伯父は、エスコートを二人分こなすんですって。そんなのって、あるのかしら。
マラテスタ家の馬車が通ると、皆が道を開けてくれる。さっさと進む。
快感なのか、恐怖なのか。
伯母夫婦が無事に入場を果たした後、伯父が急いで戻って来て、私を王宮に連れて行った。
本当にドキドキする。
だって、私は王宮に、正式に招待されて入ったことがないのだ。
「ロビア公爵家令嬢 アンジェリーナ様」
名前が大声で呼ばれると、事情を知っている人たちが、振り返る。ひどく驚いた顔で、私を見ている。
その表情を見て、一人、また一人とこちらを向く人たちが増えていく。
こんなことを気にしてはいけない。
私は姿勢を正して、緩やかに微笑みながら、視線を浴び、そして礼をした。
大規模パーティなので、次の人がつかえている。私は微笑みを張り付けたまま、何気なさそうに伯父に向き直った。
「さ、参りましょう、伯父様」
「リナ」
伯父は感極まったように言った。
「君は、美人かも知れないけど、それだけじゃないね」
他に何かあるんでしょうか?
「度胸あるよね。それとなんだかわからない何かがあるよ。君のファンになってしまいそう」
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