第32話 パーティでの顛末 3

これで終わりだった。


人々は、まるでバーバラ夫人やエミリ、それからあの下品なオスカーなど、最初からいなかったかのように、完全に無視した。


厳密に言えば、オスカーはその場から連れ出されてから、どこへやられたのか知らないが、その後会場では見かけなかった。


エミリは女騎士に、私に対しての狼藉行為について話を聞かれはしたようだが、ロビア家の中でのいざこざなので、会場から追い出されるようなことはなかった。

でも、見事なまでに、壁の花になっていた。誰も話しかけないし、そばに寄らない。

もう、家に帰ればいいのに。



「あんな下品で、口の利き方もしらない男に馴れ馴れしくされた! 鳥肌が立った!」


伯母が忌々しそうに言った。


「あ、私もですわ」


私も言った。平民同志だったとしても、女性に向かってあんな馴れ馴れしい口の利き方はないわ。ましてや、相手は貴族、さらに全然知らない人物だと言うのに。


礼儀作法が何のために存在するのかわかった気がしたわ。


「虐待されていただなんて知られたくなかったわ。どうせ、フリージアには住みませんから、王宮や社交界に出入りすることはないでしょうけど」


「それじゃ一体、あなたはどうするつもりなの?」


伯母が聞いた。


私は胸を張った。


「ついに魔術ギルドに登録しますのよ。今日のパーティへの参加はそのためですもの」


パーティーに出て、皆様の目の前で、バーバラ夫人やエミリといった親族からもアンジェリーナとして認められた。

生存確認が取れれば、ロビア家の跡取り問題はとにかく、市民権は確認できる。魔術ギルドに登録できる。


まあ、身分は平民になるかも知れないけど、その時は、これまでの平民相手にジュース売りをしたり、猟師のイアンと一緒に暮らした経験が生きてくると思う。


「私は、今や平民としてなんの違和感もないと思いますの。もう、今夜限りで、社交界とは縁がなくなると思います」


伯母は疑わしげに言った。


「あのオスカーを許せないくせに、何を言ってるんだか。私には、どう見ても貴族のお姫様にしか見えませんけどね」


「伯母様、私、掃除洗濯料理、なんでもござれですのよ?」


「そうなの? 最初の頃は知らないけど、たいていは魔法でどうにかしてたんじゃないの?」


……言い返しにくいけど。


一連の騒動が済んだ後も、何事もなかったかのように、大勢の令夫人や令嬢たちが私のもとへ話しかけに来た。


「あなたに話しかけに来た方々ね、あの方たちは、これまでバーバラ夫人たちに話しかけたことは、一度もなかったのよ」


私はびっくりした。


「でも、あなたには話しかけてきたでしょう?」


「え。ええ」


「実はみんな、ロビア家のお家騒動は知っていたのよ。エミリが当主ではないってこともね。そうでなければ、エミリは、今頃、結婚していたでしょう。でも、誰も縁談なんか持ち込まなかった。だって、あなたがいるのだから」


「私ですか?」


伯母は満足そうに笑った。


「マゼラン伯爵夫人も、マーゲート伯爵夫人も、にこにこ笑っていたわ。あなたは大丈夫なのよ。当主として問題はないと、認められたということなのよ」


でも、私は、もうここに用事はないのだけど。





「あら。国王陛下がおいでになるわ」


そう。本日のパーティのメインは陛下の病気が治ったことの披露だった。


「完治と言う訳ではないのですけど」


私は伯母に向かって言った。


「それでも、ようやく快方に向かい始めたのよね。よくやったわ、リナ」


陛下が姿を見せると、大きな拍手が沸いた。


これまで、長いこと人前には出てこなかった国王が、王家主催のパーティーに出てきたのだ。


後ろからは、カサンドラ夫人が付いてきている。

なんだか堂々としていて偉そうだ。


「快方に向かわせたのは、自分の手柄だと言いたいようね」


「私のおかげですわ」


私はいたずらっぽく言った。


まあ、どうでもいい。でも、誰かが健康になることは、とても嬉しい。


国王は、自分で歩けるほどまで回復したらしい。


あの後、激マズの栄養剤もしばらくは我慢して飲んでいたようだし、ジュースやホットレモネード、ホットジンジャーなども、かなりの量の追加注文を受けた。

もしかして、医師団が味見……ではない毒見と称して、自分たちが消費していたのではないと疑いたくなるくらいの量だった。


「多分、そうじゃない?」


後ろから功労者としてついてきている医師団長は、つやつやしていたから。


本日は国王の演説が、メインイベントだった。

断じて、エミリ嬢のご乱心や平民オスカーの弁舌ではない。


だが、国王が入場してきた側とは反対側から、一人の人物が堂々と壇上へあがってきた。


自然な動きの人物で、それはつまり、その人物が非常に身分が高いことを表していた。国王陛下の前で、自由に振る舞えるほど。


国王が、支えられながらも、真ん中に据えられた椅子に座ると、その男は当たり前のようにスッと国王の後ろに立った。


「王太子殿下だ」


「殿下だ。殿下が戻って来られたのだ」


興奮した囁きが、次から次へと沸き上がり、やがてどよめきに変わっていった。



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