第34話 どうしてもダンスパーティに行きたい(伯母)

あの重大発表から数日後のある日、私は伯母と一緒にお茶を楽しんでいた。


あのパーティは、エミリのおかげで……あとオスカーのせいで、私が元気で(そこそこ)普通の人だとわかってもらえたと思う。


髪の毛を抜く趣味があったり、男を見れば裸になる、なんて令嬢でないことだけは、認識してもらえたと思う。


「見ないと思ったら、ずっとマラテスタ家に行ってたのね、くらいに思ってもらえるといいのですけど」


「無理じゃない?」


伯母は否定した。


「あの連中、すごく変なことやってたんだ、くらいに思われたんじゃないかしら」


あの連中というのは、バーバラ夫人とエミリと、例のオスカーである。


「あの人たち、あなたに向かって、今すぐ家に戻れって騒いでいたじゃない」


今すぐ家に戻れってことは、勝手に出て行ってしまってることがバレちゃっただろう。勝手に家から出られないのは、軟禁されているからだ。


私はがっかりした。エミリが私につかみかかるなんて、結構派手な騒ぎになってしまった。私のせいじゃないけど。


伯母はいかにも貴婦人らしく上品に、しかしどう見ても悪そうにニヤリとした。


「それより後の王家の発表の方が、とっても重大だったから、印象薄れてると思うわ」


伯母は生き生きとして言った。


私たちは、王家主催のパーティーに出席して、皆様に私が元気なことを知らしめたのちは、すぐにマグリナに戻る予定だった。


これで、私は念願の魔術ギルドに登録できる。


今日にでも帰りたいくらいだったが、伯母がちょっとゆっくりしましょうよと言い出したのである。


前代未聞の、完全ロマンチック版王子様の花嫁探しイベントが始まったため、この国を離れがたくなってしまったらしい。


「まずは摂政の座について、国王陛下の補佐。それから一年後に即位の儀式」


伯母は、どこかから手に入れた王家の予定表を、楽しそうに読み上げた。


「王太子妃選抜パーティは、年齢制限がかかってるところがポイントね。でも、覚えのある者は、年齢が少し違っても参加しても構わないんですって」


覚えって、なんの覚えだろう。


「全然無関係で殿下の顔も知らない人たちが、大勢、着飾ってやってきそうですね」


絶対エミリとか行くだろう。


「パーティー開いて探すってことは、真実の愛の相手が誰だか全然わからないって意味ですよね」


「これから、探すってことじゃない? 国中から、若い娘を集めるのね」


単なる美人コンテストでは。


その割には、五歳年下という年齢制限の意味がわからない。


アレキサンドラ嬢を断ったことで、浮上した王子の評価が、またちょっと下がった。


「それで、そのパーティーは一年後ですか?」


「いいえ。譲位と摂政着任を公式に宣言するパーティーと一緒にやるそうよ。つまり三ヶ月後」


そう先ではない。


「ドレスメーカーが大変そうですね」


候補者は、今頃、どう着飾るか血眼だろう。


「ええ。今から色めきたっているらしいわ」


伯母の話を聞きながら、私はマグリナのギルドの登録申込書に目を通していた。


私の国籍はフリージアだけど、外国人でも登録できるらしい。


「とりあえず、登録はできるようですわ。伯母様、私、早めにマグリナに戻ろうかと思いますの」


「お城のダンスパーティの登録の話ですよね?」

「お城のダンスパーティは? 出ないつもり?」


あの晩以来、やたらに機嫌が良く一層うやうやしい態度になったセバスと、伯母が、喰いつくように聞いてきた。


「お城のダンスパーティ?」


はて?


「お城のダンスパーティよ! イアン王子主催の! 恋人探しの!」


「は……」


なぜ、そんなものに出なくてはいけないのだろうか。私は眉を吊り上げた。


「いいですか? 伯母様。私は婚約者です。すでに不採用で却下された後です」


「なんなの、その言い方。実は王太子殿下をよく知らないでしょう? 王太子殿下とは子どもの頃、何回か会っただけではありませんか?」


私は怪訝な顔をした。記憶にない。会ったことはない。


「そう……。覚えていないの。まあ、まだ小さかったからねえ。でも、大きくなってからも会ったこと、ないでしょう? 向こうも顔を知らないかもしれないわ」


顔も知らない婚約者。


政略結婚、ここに極まれり。……顔がわかる上半身の描かれた肖像画を送ってくればいいものを。


「知らない同志、あっという間に恋に落ちるかもしれないじゃない」


「ないと思います」


「でも、アレキサンドラ嬢も出るそうよ」


アレキサンドラ嬢って、誰だっけ?


「いやねえ。ほら、イアン王子にお断りされてたカサンドラ夫人の娘だか姪だかのご令嬢よ」


その並び、まるで敗者復活戦みたいじゃないですか。それに、私、復活したくないので。


「いいじゃない。行きたくない? そのお城のダンスパーティ。面白そうだわ」


「行きたくありません」


「私は行きたいのよ!」


遂に伯母が本音を言った。本気で行きたいらしい。


「行けばいいではありませんか。マラテスタ家に招待状が来ないはずがないでしょう!」


「摂政就任式の招待状はもちろん来るわよ。だけど、シンデレラ・パーティに出席できるのは本人と付き添い一名のみなのよ!」


「え」


「つまり、年齢的にもぴったりなあなたが行かない限り、私も見に行けないのよ」



恩人の伯母が、妙なものに関心を持ってしまった。とても行きたそうだ。困ったわ。三ヶ月も魔術ギルド登録を先に延ばしたくないのだけど。


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